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 そして、また五年が瞬く間に過ぎた。


 十五歳になったエドウィンとビアトリスは、今年から学園に通うことになっている。

 浮き浮きと楽しそうに入学準備をするビアトリスにつき合ってはいるのだが、実はエドウィンは、彼女を学園に行かせたくないと思っていた。

 しかし、さすがにそれは不可能だ。


(学園は、貴族社会の縮図だからな。ここでうまく立ち回ることを学習しなければ、将来彼女自身が困ることになる。卒業後の人脈作りにも影響が出るし……それに、自分たちの世界だけを重要視して、他に注意を向けなければ、前世の二の舞になる! もう同じ轍は、踏まない)


 悲劇を繰り返さないためならば、エドウィンはどんな手段も取るし我慢もするつもりだ。


(――――なのに、ビアーテは可愛すぎる! こんな無防備な寝顔を俺に晒すだなんて。ああ! 他の誰にも彼女を見せたくない! このまま城に帰ったら……やっぱりダメだよな)


 現在彼は、学園の入学式に出るため、ビアトリスと一緒に馬車で登校中だった。

 王室専用の馬車は、揺れも少なく乗り心地は抜群。数日前から張り切って入学準備をしていたビアトリスは、疲れているのか途中で眠ってしまった。

 彼女が倒れぬようにと、すかさず隣の席に移ったエドウィンは、愛する女性にピッタリ寄りかかられるという現状に舞い上がりながらも、必死に自分の煩悩と戦っている。

 ずっとこのまま馬車を走らせていたいのだが、そうもいかないだろう。

 渋々と、本当に渋々と、眠れる彼女に声をかけた。


「ビアーテ、いい加減にしないと、私が君を抱き上げて運ぶことにするよ」


 内心、それもいいなと思う。

 ハッと気づいたビアトリスは、慌てたように目を見開いた。

 大きな緑の目が、今日も最高に愛らしいと思う。


「おはよう、いや、おそようかな? ビアーテ」


「うげっ! っと、ああ、いえ………その、おはようございます。エドさま」


 起き抜けの『うげっ』には、ちょっと傷つくのだが、文句なく可愛いのでよしとする。

 これもビアトリスが、エドウィンに気を許してくれている証拠だろう。

 その後、二人は他愛のない会話をしていたのだが、急にビアトリスは、自分の髪に手をやった。


「ど、どうしましょう? 髪が……私、リボンが曲がったりしていませんか?」


 居眠りしたせいで、髪型が崩れていないか心配になったようだ。

 まったく大丈夫だったのだが、エドウィンがこのチャンスを逃がすはずがない。

 ビアトリスに潤んだ瞳で縋るように見上げられ、表情が緩まないようにとエドウィンは顔に力を入れた。


「ああ、大丈夫だから心配しないで。少し崩れているけれど、これくらいなら私が直せるよ」


「本当ですか? お願いします!」


 喜んでお願いされた。

 サラサラで美しい銀の髪を、エドウィンは手触りを楽しみながら整える。


「いつもありがとうございます。エドさまのおかげで助かりました」


 お礼を言いたいのは、エドウィンの方だ。


「どういたしまして。この程度のことなら、いつでも頼ってもらって大丈夫だよ。……それより、ごめんね。私がもう少し早く起こすべきだったね」


「そんな! 私が居眠りしたのが悪いんです。……私ったら、最近エドさまの前だと気が緩みっぱなしで、我ながら情けないですわ」


 申し訳なさそうに謝るビアトリスだが、そうなるように仕向けたのは彼である。


「それだけ私に気を許してくれているということだろう? そう思えば、嬉しいよ。……まあ、あまりに無防備すぎると、それはそれで複雑なところもあるけどね」


 今日みたいに二人っきりの場所でも、眠ったり自由に髪に触れさせたりと、ビアトリスはエドウィンを完全に信頼している。

 それが嬉しい反面、彼だって男だ。最愛の女性を前に、オオカミに変身する危険性がまったくないとは言えない。


 いや、むしろその可能性は、かなり高い方だと思っていた。


(今だって、抱きしめたり、キスしたり、それ以上のことも――――しないように懸命に我慢しているのに!)


 信頼しきった笑顔を向けてくれるビアトリスが、可愛すぎて、辛い。

 悶々とするエドウィンをよそに、馬車は順調に走っていた。


 ほどなく学園に着き、二人で馬車を降りる。

 その後は、ビアトリスと手を繋いだり、躓きかけた彼女の腰を引き寄せたりして、周囲の男子生徒を牽制しながら入学式の会場に移動した。



「ビアーテ、どうかしたのかい? 早く席に着こう」


 何故かキョロキョロしているビアトリスに着席を促す。本当はそんなに余所に視線を向けてほしくないのだが、独占欲を隠して笑顔を作る。


「え、ええ。エドさま。……あ、でも、その――――」


 彼女の態度がいつもと違った。


「誰か気になる人がいるのかい? でも、式がはじまってしまうからね。挨拶は後にしよう」


 再びエドウィンが促せば、ビアトリスは周囲を気にしながら席に着く。


(本当に、いったいどうしたんだ? ……まさか、誰かに一目惚れしたとか?)


 いやな予感に冷や汗が流れた。すると――――。



「あ! あぁ~!」



 突然ビアトリスが叫んだ。


「ビアーテ?」


 彼女の視線の先は、式場入り口。そこには、遅刻ギリギリでたった今駆けこんできた男子生徒と女子生徒が立っている。

 その男子生徒の方を確認したエドウィンは、微かに眉をひそめた。


「あれは、ベンじゃないか? こんなギリギリの時間にくるとは、なにをしていたんだ?」


 たしかベンジャミンは、エドウィンよりずいぶん前に登校したはず。間違ってもビアトリスと会わないようにと厳命したから、間違いない。



「――――ベン?」


 ビアトリスの声は、少し上擦っていた。


「ビアーテ、遅く入ってきた彼らが気になるのはわかるけれど、大丈夫、職員が案内してくれるはずだから。私たちは私たちの役目に集中しよう。……それに、ベン――――ベンジャミン・キーンは、ああ見えて私の側近候補だからね。こういった際の立ち回りは心得ている。心配いらないよ」


 遅刻した二人を気にかける優しいビアトリスを安心させようと、エドウィンは説明する。

 それを聞いた彼女は、ようやく前を向いた。

 キリリと引き締まる横顔は、いつもと同じように美しい。少し頬が赤いように見えるのは、光の加減か。



(でも、なぜだろう? 胸の奥底がモヤモヤする)



 理由のわからぬ不安に胸騒ぎを覚えるエドウィンだった。


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