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その後、エドウィンは頑張った。
なによりも苦心したのは、ビアトリスの警戒心をゆるめることだ。
(前世では考えもつかなかったな。俺と千愛は幼なじみで、互いの存在が空気みたいに有って当たり前のものだったから)
ビアトリスが千愛だと一目で見抜いたエドウィンは、この世界でもそうなのだと無意識に思っていた。だから、まさか彼女が自分といることに緊張していたなんて気づかなかったのだ。
(ベンから『壁を作られていますよ』と教えられて、はじめて気がついた。考えてみれば、俺は王子で、ビアトリスは公爵令嬢。彼女が俺に身構えるのは、わかりきったことだったのに)
気づいてからは、今まで以上に一緒にいる時間を増やし、リラックスできるように気を配った。
雰囲気を柔らかくし、ビアトリスの様子をよく見て、緊張をほぐす。
他にも、言葉がけとスキンシップを意識して増やした。
押しつけがましくないように手を貸して、いつでも頼ってもらえるように、様々な知識を深める努力もした。
おかげでエドウィンは、公務に関することだけではなく、一般的な教養、果ては衣装のコーディネートや女性の髪型にまでも詳しくなった。アドバイスをしたことから、ビアトリスの髪に直接触れられるようになったことは、なによりの成果だ。その夜は、ベンジャミンと二人、ジュースで祝杯を上げた。
そして、なにより、『ビアーテ』、『エド』と愛称で呼び合えるようになったのが嬉しい。
ビアトリスが城で迷った際に、手を繋ぐ習慣づけができたのは、転生後の人生で最高といっても過言ではない快挙だった。彼女の柔らかな手や体に触れる度に、エドウィンの胸は、まるでうぶな少年のようにドキドキする。
(まあ、正しく少年ではあるのだが……中身は違うからな)
甘やかな言葉を囁く度に羞恥にかられたが、なんとか平静を装っていた。
(……前世日本人の俺には、ハードルが高いんだが)
イケメンで滅茶苦茶モテていた悠人だが、どちらかといえば彼は硬派。優しくしたり甘やかしたりは千愛限定だ。
彼女以外の女性に対し、自分がとても冷淡だった自覚が悠人にはある。
(千愛は、誤解していたみたいだが――――完全無欠の男なんて、いるはずがない。前世の俺は、千愛以外に興味はなかったし、関わり合いになる必要性さえ感じていなかったからな)
それゆえ、千愛はますます嫉妬を向けられてしまった。
このことを思い出す度に、悠人は未熟だった自分に対し、強い憤りと深い後悔を覚える。
彼は、千愛への嫉妬やいじめに対し、真っ向から相手を非難し叩き伏せる対処法しか取らなかったからだ。
(相手の機嫌を取って懐柔したり、なんなら千愛と一時的に距離を置いて騙したりする方法もあったはずだ。どんなに不本意で卑怯な手でも、千愛を守れるならば迷わず選択するべきだった。もっと周囲に注意を向けて、警戒するべきだった。……なのに、あの頃の俺は、こんなことをしたのが千愛にバレたら嫌われるかもとか、悲しませるかもとか躊躇って、硬派なんて気取っていたから、千愛を喪ったんだ!)
そう思えば、硬派だからハードルが高いだなんて言っていられるはずもない。
それに歯の浮くような甘いセリフを囁くのも。相手がビアトリスであれば、日本人の羞恥心など彼方に吹き飛ばすことができた。
(大丈夫だ。今のビアーテは俺の婚約者。俺が彼女にどれほど甘く接しても、それを咎める者はいない)
むしろ周囲はすべてエドウィンの味方だ。
そうなるように、彼はひたすら努力してきた。
そして、これからもずっと努力し続ける。
(今度こそ、誰にも邪魔されずに、ビアーテと幸せになる!)
エドウィンは、心に固く誓った。