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その後、とんとん拍子にビアトリスとエドウィンの婚約は、内定した。
「ビアトリス嬢だけが、私の目に輝いて見えるのです! 胸が熱くなって、目を離せない。彼女以外の婚約者はいりません!」
エドウィンの訴えを聞いた両親は、心から喜んでくれた。彼の事情を知る重臣たちも、ホッと安堵の息を吐く。
「第一王子エドウィンとムーアヘッド公爵令嬢の婚約を、速やかに進めよ。――――エドウィン、絶対ビアトリス嬢を逃がすなよ。彼女はお前の救世主だ」
国王の宣言に、エドウィンは深く頭を下げた。もちろん言われるまでもないことだ。
「ありがとうございます。私としては、婚約など抜きに、すぐに結婚したいくらいです」
「……いや。さすがに五歳で結婚は早すぎる」
彼の勢いに、国王は苦笑する。王妃の目には喜びの涙が光った。
初対面の翌日には王宮から正式な使者を公爵家に遣わせ、婚約を申しこむ。
あまりの早さに、ムーアヘッド公爵もかなり驚いていたが、王家からの婚約申しこみを断れるはずはなく、異論なしに受け入れられた。
その後も前代未聞の早さで手続きは進み、一月後には正式な婚約式が挙行される。
異例ともいえる短期間での婚約だったが、一日千秋の思いのエドウィンにとっては、長すぎるくらいだ。
婚約式でエドウィンは、彼の髪と目の色と同じブラックダイヤモンドの婚約指輪を贈った。自分のものは、ビアトリスの目の色と同じエメラルドを中心とした銀の指輪を準備する。どちらも目の玉が飛び出るほどの高価な品なのは、言うまでもない。
(互いの色の宝石をあしらった指輪を交換するのは、真実の愛の証。これでビアトリスを政略上の婚約者だと侮るものは出ないはず。……まあ、彼女は知らないようだけど)
ビアトリスが気にしているのは、あくまでブラックダイヤモンドの値段のようだ。
「これって、希少価値があるし、ものすごく高いわよね」
ブツブツと呟いているから間違いないだろう。
そんな姿も、エドウィンから見ればとてつもなく可愛いらしい。
ビアトリスへの想いが、溢れて止まらないエドウィンだが、残念なことに、この婚約にこだわっているのは、あくまで彼だけで、ビアトリスは、そうでもないようだ。
その証拠に、彼女は公務でエドウィンが呼ぶとき以外は、登城してこない。
(婚約者になったのだから、用などなくとも頻繁に会いにきてもいいのに。普通の貴族令嬢が王子の婚約者になったのなら、もっと自分の立場をアピールしようとするのでは?)
まだ幼いせいかとも思ったが、ビアトリスは普通の五歳児とは思えないくらい優秀だ。彼女の才能には、エドウィンのみならず国王夫妻や重臣たちも驚いている。
(まさか、俺が悠人だと気がついている? ……いや、どう考えてもそれはないな)
自分の前世を気取られるような行いをした覚えはない。
だとすれば、ビアトリスは、単純に王子妃という地位に興味がないのだと思われた。
(それもそうだ。千愛なら王子妃なんて面倒だと思うだろうしな。というか、絶対いやがるに決まっている。きっとなんとしてでも婚約破棄しようとするはずだ。千愛の生まれ変わりであるビアトリスが、同じ性格でも不思議じゃない。……でも、そんなことは絶対させないぞ)
その後、エドウィンは、ビアトリスを自分に繋ぎ止めるべく、たゆまぬ努力を行った。
公務がある日はもちろん、公務がない日も公務を作りだし、彼女を呼び寄せ共に過ごす。
どんなに私的な夜会でも公務と称し同伴を求め、その都度ドレスや宝飾品などの高価なプレゼントをした。
その資金の出所が公費だと彼女は受け取ってくれないため、起業し個人資産を増やすことまでも。
これらすべてを完璧に行うことは、ハイスペックなエドウィンでも容易いことではなかった。
なにせ、彼はまだ子ども。いくら優秀でもできることには限度がある。
それを乗り越えようと努力する王子の姿に、周囲はみんなエールを送ってくれた。
それほどにエドウィンは、一生懸命だったのだ。
城内外の王侯貴族たちの協力を得、ビアトリスの婚約者として過ごす幸福な日々が、あっという間に過ぎていく。
そして、五年が経った。