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その後、なんとか保健室に辿り着いたビアトリスは、残りの授業を欠席することになる。
彼女に対してたいへん過保護なエドウィンが、動くことを禁じてしまったからだ。
「どうしても授業に出たいっていうなら、私が抱き上げて教室まで連れていく。もちろんその後の移動も同様だよ。一歩たりとも歩かせないからそのつもりでいてね」
そこまで言われては、諦めざるをえない。付き添うと言い張るエドウィンを、放課後までの絶対安静を誓って教室に戻し、ようやくひと息ついた。
白いパーティションで囲まれた白いベッドの上。白い天井を、ビアトリスはジッと見る。
せっかくなので、動けないこの時間を利用して、もう一度ヒロインについて考えることにした。
(ここまでイベントが起きないなんて、いくらなんでも異常だもの。もちろんこの世界が乙女ゲームとは似て非なる世界で、ゲームのシナリオなんて全然関係ないっていうのであれば、当然なのかもしれないけれど)
しかし、ビアトリスも含めて周囲の人間は、ほぼゲームと同じ。ここまで同一のキャラクターが揃っていて、まったく無関係はないだろう。
(まあ、私の性格とかは、原作とは違っているけれど。……でも、それは私が転生者だからだし)
そこまで考えて、ハッ! とした。
ビアトリスがゲームと違うのは、彼女が転生者だから。
ならば、ヒロインにも同じことが言えるのでは?
(ひょっとして、エイミーも転生者だったりして?)
前世で読んでいたラノベの中には、ヒロインと悪役令嬢両方が転生者だったというストーリーも多かった。可能性は皆無ではないだろう。
(でもでも、だったらどうしてエイミーは、エドさまを攻略しようとしないのかしら?)
転生ヒロインが狙うのは、メイン攻略対象者か逆ハーレムというのが、セオリーだ。
(どうせ狙うなら王子さま! っていうのが、一般女性の心理じゃないの?)
まあ、ビアトリス自身はそうではないが、自分が少数派だということはわかっている。
(私みたいな『モブ担』そうそういるはずないものね)
エイミーは、徹底してエドウィンイベントを外している。
だとすれば、彼女の目的は他の攻略対象者なのかもしれなかった。
(でも、どの対象者とのイベントも起こしていないみたいなのよね? ……ひょっとしたら隠しキャラ狙いなの?)
このゲームにも隠しキャラがいる。
ゲーム後半で出てくる隣国の第二王子で、イケメンインテリ眼鏡さまだ。
(ええ、うっわぁ~、本気であのキャラ狙いなの? たしかにエドさまと張り合えるくらいのイケメンだけど、彼のルートはものすごく面倒くさいのに)
隣国のお家騒動に巻きこまれ、暗殺者に狙われたり、誘拐されたり、果ては隣国の内戦を未然に防いだりと、大忙し。一気に気の抜けない超ハードモードゲームになるのだ。
(それに、ベンさまの出番もグッと減っちゃうのよね。だから、私はあんまり攻略しなかったわ)
モブキャラベンジャミンは、エドウィンの友人B。一番登場シーンが多いのはエドウィンルートであるため、千愛はエドウィンルート一筋だ。
おかげで、隠しキャラルートの詳細は、よくわからない。
(ルートの派生条件は、なんだったかしら? エドさまを攻略したらダメだっていうのは覚えているんだけど)
もしもエイミーが転生者で、なおかつ隠しキャラ狙いなのだとすれば、エドウィンイベントを避けていても不思議じゃない。
まだまだ憶測にすぎないが、可能性は高いと、ビアトリスは思った。
(ああ! でも、それじゃあ私がエドさまに婚約破棄してもらえないじゃない!)
いくらヒロインに心酔しやすいエドウィンでも、出会いイベントがなければ、恋愛できるとは思えない。
(攻略しなくていいから、どれかひとつだけでもイベントを起こして、ちょっとだけエドさまと会話してくれないかしら? 婚約破棄さえしてもらえるようになったら、私が隠しキャラルートを応援してもいいわ! 私はベンさまと、ヒロインは隠しキャラと、それぞれハッピーエンドになるために協力しあえたら最高じゃない!)
我ながらいい考えではないかとビアトリスは思った。
どちらもWinWinな交換条件として、ありなのではないだろうか?
まあ、まずは、エイミーが転生者かどうかをたしかめなければならないことではあるのだが。
(よし! 今後は、転生ヒロインかどうかに注意してエイミーを探りましょう! うまくすれば、彼女と協力関係を築けるもの! ヒロインを味方につけた悪役令嬢なんて最強なんじゃないかしら!)
なんとなく未来が明るくなってきた。
このときのビアトリスは、本気でそう思っていたのである。