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 しかし――――。


(なんで? どうして、エイミーは、この場にこないのよ!)


 ビアトリスは、今日も心の中で叫ぶ。

 入学式から一週間。

 ビアトリスの決意を嘲笑うかのように、エイミーとエドウィンはすれ違いを繰り返していた。


「――――風が出てきたね。たしかに君の言う通り綺麗な花の咲いている美しい庭で、いつまでも一緒に見ていたいけど、体調を崩したらいけない。そろそろ校舎内に入ろうか?」


「……はい。エドさま」


 ここは学園の裏庭で、校舎と校舎の影に隠れた人目につきにくいスポットだ。背の高い針葉樹が葉を揺らし、学園の庭師が趣味で咲かせた美しい花々が咲き誇っている。

 エドウィンと二人っきりでこの庭にいたビアトリスは、彼から差し伸べられた手をとった。

 歩きだしながらも裏庭の奥にチラリと視線を向ける。

 本来、ゲームならば、そこからひょっこりエイミーが姿を現していたはずなのだ。そして、一人でいたエドウィンと会話して好感度を上げるというイベントが、起こるはずだった。


(たしか『秘密の裏庭イベント』って名前がついていたわよね。休憩時間ギリギリまで話しこんでしまった二人が、慌てて戻ろうとしてヒロインが転びかけるの。それをエドさまが助けようとして、結局一緒に倒れこんでキスしてしまうんだわ!)


 キスとはいっても、微かに唇が触れる程度の軽い接触。現代日本ならば、幼稚園児だってもっとしっかりチュウするんじゃないかというくらいのキスだ。

 それでも、キスはキス。出会った二人がこれから恋を育む上での重要なステップになるはずだったのだが――――待てど暮らせどエイミーは現れない。


(いつも私の傍から離れようとしないエドさまを、なんとか説得して一緒に裏庭に連れだして、エイミーの姿が見えたらすぐに退散しようと思っていたのに……想定外だわ。もう、どうしてうまくいかないのかしら?)


 ビアトリスは、疲れていた。

 なぜならば、今回のような失敗が、今までもずっと続いているからだ。


(昨日の『秘密の図書館イベント』も三日前の『秘密の美術室イベント』もすべて空振りだったわ。まるでヒロインは、わかっていて避けているんじゃないかって思うくらい。……やっぱり、私が一緒なのがいけないのかしら? でもでも、エドさま一人では絶対行こうとしないんだもの!)


 そうであれば、ビアトリス自身が一緒に連れだすしかないじゃないか。


(ああ、本当にうまくいかないわ)


 未練たらしくビアトリスは、もう一度裏庭の奥に目を向けた。

 すると、視界の端にスカートの裾が、ヒラリと翻る。


(え? 誰かいる! ひょっとしてエイミー?)


 もっとよく見ようとして、ビアトリスは体をひねった。


「危ない! ビアーテ!」


「え? あ、きゃあっ!」


 無理な体勢になったビアトリスは、ついついバランスを崩してしまう。

 そんな彼女をエドウィンが、体を張って庇おうとした。

 結果、二人はもつれあいながら倒れこみ、下敷きになったエドウィンの上に、ビアトリスは体を乗り上げる。

 そして――――お約束と言えばお約束と言うべきか、ビアトリスの唇がエドウィンの唇に触れて、二人はキスしてしまった。


(う、うそっ! どうして私とエドさまがっ?)


 これはヒロインとのイベントのはず。悪役令嬢と攻略対象者の間で起こるはずがない。



(あ、あ、あ、あ、ありえないでしょう!)



 ビアトリスは、慌てて立ち上がろうとした。頬はカッカと熱いから、きっと熟れたトマトよりも赤くなっていることだろう。


「ご、ごめん、ビアーテ。ケガはない?」


 エドウィンの頬も赤かった。


「だ、大丈夫で――――って、痛っ!」


 倒れたときにくじいたのか、立ち上がったビアトリスは足に痛みを感じ、またエドウィンの上に、うずくまる。

 王子さまを、がっつり下敷きにしているのだが、不可抗力だ。仕方ない。


「ビアーテ!」


 そんなビアトリスの様子を見たエドウィンは、焦った様子で体を起こした。

 そして、なにをどうしたのかわからないうちに、彼女を抱き上げてしまう。


「へ?」


 背中と両膝の下に、エドウィンの腕があった。思ったよりも力強く、しっかりしていて安定感がある。


「私の首に手を回して掴まって」


「あ、はい」


 軽くパニックになっていたビアトリスは、言われた通りに手を動かし、ギュッとしがみついた。

 少し遅れて、ハッとする。


(……え? でも、ちょっと待って! この体勢って、いわゆるお姫さま抱っこじゃない?)


 まさしくそのものだった。

 しかし、ビアトリスの理解が追いつかないうちに、エドウィンは走りだしてしまう。

 女性とはいえ、人一人抱えているというのに、体がふらつく様子もないのは、さすがだ。


「エ、エドさま?」


「すぐに保健室に連れて行くから、しばらく我慢して」


 間近で見る彼の顔は、すごく真剣だった。どれほどビアトリスを心配してくれているのか、よくわかる。

 ビアトリスの胸は、ドキドキと高鳴った。


(って! 違う! そんな場合じゃないわ。こんなところをヒロインに見られたりしたら、ますますイベントが遠のいちゃうじゃない! 早く下ろしてもらわなきゃ!)


「エドさま! 私、自分で歩けます!」


「ダメだよ。たぶん捻挫だと思うけど、軽く考えてはいけない。無理をしたら治りが遅くなるからね。このまま私に任せて」


 正論である。

 間違いなく正論なのだが、このままでは、ビアトリスは足の捻挫よりも、心に大きなダメージを負ってしまいそうだ。


(せめて顔を隠したいわ!)


 そう思った彼女は、顔をうつむけ頭ごとエドウィンの胸に擦りつけた。少しでも周囲から見えないようにしようと、グリグリ押しつける。



「……ビ、ビアーテ。……大丈夫だよ。私が君を必ず守るから」


 少し掠れた低い声が、耳に届いた。


(なんでもいいから、早く保健室に連れてって!)


 そしてお姫さま抱っこから解放してほしい!

 心の底からそう願うビアトリスだった。


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