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「その後子爵はセシアの保護者を解任、第二王子たる俺が後見人に就き、彼女の謹慎を監督した」

「…………ひょっとして、首席入学の為の勉強合宿のことですか」

 セシアがまた小声で囁くと、マーカスは無言で微笑んだ。


 王子が後見に付いて学園に入学するのだから入学試験は満点での首席入学が当然、奨学生になる為にその後も成績をキープ、と言われて王都の別邸でクリスと複数の講師の監視の元、セシアは試験対策をさせられていたのだ。

 ディアーヌ子爵が領地に引っ込んだ所為で住む家を無くしたセシアとしては、衣食住を保証されて勉強だけしていればいい環境はこれまでに比べて天国のようだったのだが。


 その間に学園の不正がらみの事後処理が行われた為、その騒ぎにセシアを巻き込まない為の口実かと思っていたが、あれが謹慎期間だったとは。

 信じられない、とセシアが目を見開いて彼を凝視するが、マーカスは相変わらずこちらを見ない。しれっとした顔がまだ憎たらしい。


「分かるか?つまり、セシアの罪は既に司法によって裁決が下されていて、更に彼女はその罰を既に受け罪を償っているんだ」

 スラスラとマーカスが言うのを、セリーヌは勿論その場にいる誰もが呆然とそれを聞いていた。

「さて、ここまでで質問は?うん?」

 ぐるりと見回して、彼は朗々と語る。

「無いようだな。では結論を言おう、セシア・カトリンは今現在このエメロードの司法において罪人とは見做されない!」

 ハッキリとした、声だった。


 シン、となったホールに、レインの声が響く。

「そ、それでも……それでも、セシアが過去罪人だったということは事実です」

「……そうよ!元罪人であろうと現罪人であろうと関係ないわ!セシアは王子妃に相応しくないのよ!!」

 ロイは素早くレインに沈黙の魔法を掛けた、これ以上余計なことを言われては収拾がつかなくなる。だが一歩遅く、案の定セリーヌが再び甲高く叫んだ。

 もはや聴衆には話に付いて行くのが精いっぱいだ。

「……この事を公にしていなかったのは、そう指摘されれば俺が痛かったからだ」

「?」

 突然脈絡が感じられないことを言い始めたマーカスにセリーヌはそこで眉を寄せたが、話の先に気付いたレインはハッとして顔色を変えた。

 因みにセシアは、この後事後報告が過ぎるマーカスを殴ろうと心に決める。


「セシアがもはや罪人と呼べない存在なのに、王子妃に相応しくない、などと呼ばれるのは結婚相手が俺だからだ」

 確かに、平民相手ならばセシアの経歴を相手が気にしなければ、何の問題もなく結婚出来るだろう。


「分かるか?セシアを責める理由がもうないのならば、結婚出来ない要因は俺の方にあるということだ」

 彼の言葉に、周囲もセシアもハッとする。もしもレインが沈黙の魔法を掛けられていなければ彼は間違いなく、続くマーカスの言葉を制止していただろう。


「セシアと結婚する為に、俺が王子であるということが障害になるのならば、俺はその座を降りようと思う」


「ダメです!!」

 セシアは何も考えず叫んだ。マーカスの腕を掴んで、馬鹿な考えは止めるように促す。

「そんなの、絶対にダメです。陛下や、王太子殿下だってお認めにならないに違いありません」

「だが、このままでは俺はセシアとは結婚出来ないらしいが?」

 彼は意地悪く片眉を上げて見せる。セシアは今すぐこの美丈夫の頬をひっぱたいてやりたくてたまらなくなった。

「それとも、俺と結婚するのを止めるか?」

 問われて、セシアははっきりと首を横に振った。


「止めません。あなたを、愛しているから」

「それはよかった。俺もだ。王子の座を退いてでも、お前と結婚したい」

 熱烈な言葉だが、セシアは青ざめるばかりだった。


 彼はこんな場面で人を試すような悪い冗談を言うような男ではない。ということは、本気なのだ。

 あれほど王子として自分の能力を遺憾なく発揮してきた人が、セシアの過去の問題の所為で天職ともいえる場所から降りようとしている。

「とにかく、ダメですそんなの……他に方法を探しましょう」

 セシアは首を横に振って、彼に考えなおすようにもう一度言う。その必死な姿に周囲の者は思わず彼女を応援したくなった。


 エメロードの王子は皆、形式上騎士爵を授爵している。そしてマーカスは形式だけではなく騎士訓練にも参加していてこの場にいる騎士は彼と親しく話をしたことがある者も多い。

 そもそも、エメロードの民は皆マーカスのことをどこに出しても恥ずかしくない、自慢の第二王子だと思っているのだ。

 それが高じてレインのように彼を守る為に余計なことをしてしまう者がいる程に。


 そんな彼が一人の愛する女のために王子の座を降りるという。そして彼女の罪は、今や償いが済んでいて罪と呼んで糾弾するには弱い。

 だとしたら、ここで彼らの愛する王子様を失うことは、ただの損失なのではなかろうか?


 彼らを代表してノーウッド卿が声を上げた。

「殿下」

「……何かな、ノーウッド卿」

 マーカスは勿体ぶって彼を見遣る。セシアは必死にノーウッド卿にアイコンタクトを送っていた。

 どんな手を使ってもいいから、彼を王子の座に留まらせる方法を教えて欲しい。


 彼女のそんな必死な視線にノーウッド卿も頷いた。ここにいる者は皆、マーカスの味方だ。

 セシアの味方、という訳ではないが今この瞬間に限定すれば彼らの目的は一緒だった。


「我々エメロード国民は、既に罰を受け罪を償ったヴァレン男爵のことを罪人だとは思いません」

 ノーウッド卿が総意であることを示すように両手を広げると、周囲にいた貴族達も頷く。マーカスはそれを見て、わざとらしく首を傾げた。

「そうか?先程まで貴公らはセリーヌ嬢を支持していたように見えていたが?」

「我々は自由と公平を尊ぶエメロード国民。罪を償った方が更生しようとなさることは、勿論素晴らしいことだと考えます」

「貴公にそう言ってもらえると頼もしいな」

 それを聞いて、マーカスは嬉しそうに微笑んだ。ノーウッド卿はそれから恭順を示すように膝を折った。

 騎士に連なる者は皆同じ礼を取り、女性達も皆淑女の礼をする。


「……エメロード国騎士団長、グラン・ノーウッドの名において申し上げます。ヴァレン男爵は、殿下の婚約者として相応しいと考えます」


 セシアは光景にドキリとした。

 その場にいた皆が、マーカスに王子でい続けて欲しいと望み、彼の願いを汲み取ってセシアの罪をこれ以上追求しない、とハッキリとした態度で示したのだ。


「……殿下」

 セシアが呆然と彼を呼ぶと、マーカスは微笑む。

 恭順の意を示した者の中にはフェリクスとエイダ、ロザリーもいた。彼らの中の大部分はセシアを認めてくれたのではない、マーカスの為にセシアを受け入れたのだ。

 けれど、そのマーカスがセシアを切り捨てることは絶対にしない、と宣言したからこの光景が広がっている。

 彼女は瞳が熱くなるのを感じた。


 ロザリーが今夜言っていたことを思い出す。セシアは権力を嫌っているけれど、それが使い方ひとつで自分を守る盾にも武器にもなるのだと。

 マーカスはいつも揺らぎなく微笑む。

 それが、彼を守る武器になるのだ。


「セシア」

 マーカスに促されて、セシアはそろそろと顔を上げる。紫色の瞳が彼の翡翠の瞳を見つめた。強くて、優しくてしなやかな人。

 セシアは彼に並び立つ人になりたいのだ。


 コクリと頷いて、フェリクスとエイダの方を見遣って口を開いた。

「バーンズ、エイダン。セリーヌ・ディアーヌを拘束してください」

 今、セシアに出来る最大限の威厳を持ってそう言うとフェリクスとエイダは弾かれたように動き、セリーヌを拘束した。

「セリーヌ・ディアーヌ。あなたはこの場を混乱させたとして、警備部に身柄を引き渡します」

「こっの……ドブネズミが……!」

 セリーヌが忌々しげに吠え、セシアに向かって飛びかかろうとするがフェリクスとエイダが止める。セシアは怯んで体を引くこともなく、堂々と立っていた。

 そして、告げる。


「私はヴァレン男爵、セシア・カトリン。逃げも隠れもしません、あなたの私に対する行動はこれから司法の下、公平な判断が下されることでしょう」


 魔法とも体術とも違う武器が、セシアを守り、強くした。


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