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「で、殿下……その、そちらの令嬢の仰っていることは本当なのですか?ヴァレン男爵は学歴詐称をしていたと……?」
彼らの周囲を取り囲んでいた貴族の内、厳めしい顔つきをした年嵩の男性が発言する。
「ノーウッド卿。その表現は正確ではない」
マーカスが返事をすると、ノーウッド卿と呼ばれた彼は顔を顰めた。
どうしても男性優位の騎士団に所属している歴戦の戦士達の中には、国の法律で認められていたとしても女性でありながら男爵位を授かり、王子の婚約者に突然躍り出た元平民のセシアに懐疑的な者は多いのだ。
結果的に騎士の多いこの場は、セリーヌに対してやや有利な場所とも言えた。その選別はレインがしたのだろうか。本当によく物が見えている男なのに、どうしてこうなってしまったのか。
マーカスは周囲を見渡して、ノーウッド卿と同様の考えの者達にも聞こえるようによく通る声を出す。
「今セリーヌ嬢が指摘しヴァレン男爵が認めた通り、ヴァレン男爵セシア・カトリンは、セリーヌ・ディアーヌ子爵令嬢の代わりにその名を偽って学園に通わされていた」
ハッキリと告げると、大きくその場が騒めいた。
セシアとセリーヌの口論ならば最悪何かしらの大きな力で揉み消すことが出来たが、王子であるマーカスが宣言した以上それはもう取り消しようのない真実だということになる。
セシアは僅かに唇を慄かせたが、マーカスを信じて引き結ぶ。彼はセシアを見捨てたりしない。そして彼がまずセシアの罪を認める発言をしたのならば、その先に突破口があるのだ。
マーカスはいつもセシアを信じてくれた。今度はセシアがマーカスを信じて任せる時だ。この人は自分のことを裏切らないと信じる、それがセシアの愛情の形だった。
マーカスの言葉は続く、
「しかし、それは叔父であり後見人であったディアーヌ子爵に命令されてのことであり、当時年端もいかない未成年だったヴァレン男爵は従わざるを得ない状況だったと推察される」
マーカスがそう言うと、ノーウッド卿は痛ましそうに眉を顰めた。騎士道は、か弱い女性や子供を守るものだ。
「未成年ならば許されるとでも仰るの?」
セリーヌがすかさず口を挟むと、一部の貴婦人達は顔を顰めた。そんな場合ではないかもしれないが、王子の話に差し出口をしたからだ。
「無論、罪は罪。だが情状酌量の余地がある、という話だ」
王子の言葉に、ノーウッド卿を始め騎士の面々が成るほど、という顔をした為セリーヌは内心で舌打ちをする。
以前もそうだった、この王子は弁が立つのだ。こうして一つ一つ布石を打って、最後には皆彼のペースに巻き込まれ話をひっくり返されてしまう。
「罪は罪だと仰るのならば、セシアに罰をお与えください!」
セリーヌが負けじと声を上げると、マーカスはにっこりと微笑み彼女はそれを見てゾッとする。整った顔が美しく微笑んだだけだ、なのに何故かセリーヌの背筋を悪寒が這った。
「俺は常々罪を犯した者はしかるべき罰を受けた後、償う機会が与えられるべきだと考えている」
「何を甘いことを……」
「ではどんな罪であろうとも罰を受け、一度罪人になれば二度と償いの機会は与えられないとでも?」
流れるようにマーカスに言われて、セリーヌは少し戸惑いつつ頷く。
「……ええ、そ、そうですわ!一度罪を犯した者は、罪人と呼ばれるのが相応しいと考えます。そうならないように、人は普段から己を律し正しい行いを心掛けているのではなくて?」
言いながら、これはなかなか正義を気取る騎士達も好みの口上なのではないかと思い至り、だんだんとセリーヌの声が大きくなる。
するとマーカスはそのまま引き取った。
「ではセリーヌ嬢。三年前、セシアに殴りかかった君も罪人というわけだな。何せ彼女は今や男爵であり、俺の婚約者だ。遡って罪を追及する、のだろう?」
ニヤッと嗤われて、途端セリーヌはしまった!と感じる。だが、今はセリーヌの話ではなかった筈だ。煙に巻かれてなるものか。
「わたくしのことは今はいいのです!今はその女が王子妃に相応しくない罪人だという話をしているのですわ!!」
何度も罪人呼ばわりされて、セシアは改めて顔を顰める。
うんざりと手首に触れて、物理で魔法具の腕輪が壊れないかをもう一度確認した。魔法を使えば、誰の目にも留まらぬ早さでセリーヌをぶっ飛ばす自信があるのに。
そんな物騒なことを考えている恋人を優しく見遣って、マーカスは仕上げに入る。
どうして誰も彼も、マーカスが愛するセシアを罪人などと呼ばれて平気だと思うのだろう。当のセシアすら自分は罪を犯していて、それに関しては素直に罰を受けるつもりでいる。
マーカスの愛は、あらゆることから愛する者を守る。そしてその根回しと労を厭わないのだ。
「セリーヌ嬢には否定されたが、エメロードは法治国家であり罪の大きさとそれに応じた罰は司法が判断している。当然、罪を償った者は再び同じ罪によって裁かれることはない」
アニタの場合は、その罪が重すぎた。どれほど情状酌量の余地があろうと、かつて未成年であったとしても、彼女の行いによって多くの命が奪われ過ぎていた。
だが、今回のセシアの罪に対して贖うべき罰はこれまでの判例からも想像がつく。
「学園に身を偽って通っていた罪。その後セシアは自身の名と実力で再入学・卒業しているので学歴の詐称は正確な罪状ではないだろう」
トントンとマーカスは顎を叩いて呟く。周囲もそれは確かに、と頷いた。事実、セシアは自力で入学・卒業を果たしているのだから。
「では司法が下した罰を公表する。相応の罰金と、保護者監督下による謹慎……」
「ちょっと待って!!」
セリーヌが叫んだ。
「……何だ」
さすがにマーカスが冷たい視線を彼女に向けると、セリーヌは怯みつつも吠える。
「司法が下した?何よそれ、それじゃあまるで既にセシアに罰が下ってるみたいな言い方じゃない!」
この展開にはセシアも表情に出さないようにしながら、内心で大いに頷いていた。ハッキリ言って覚えがない。
少し不安になってマーカスを見上げると、彼はこちらを見ないままにセシアの手を握った。
「言っていないからといって、無いものとして扱うのは浅慮だなセリーヌ・ディアーヌ」
「なっ……」
直截な罵倒に、カッとセリーヌの顔に朱が昇る。
「セシア・カトリンが身を偽って学園に通っていた件は、三年前に既に立件し罰が下っている」
「!!」
再び大きく場がざわめいた。フェリクス達は勿論、拘束されたままそれを聞いていたレインも当然大きな衝撃を受けていた。
「罰金……?」
セシアは小さな声で呟く。払った覚えがない。当然、謹慎も。
それを見て、マーカスは悪童らしい笑顔を浮かべた。
「セシア・ディアーヌ・カトリンの罰金は、当時彼女の保護者だったディアーヌ子爵が支払った」
「お父様が!?」
「保護者だ、当然だろう。それに、その分の金は本来彼女がセリーヌ嬢の代わりとして学園に通った報酬として支払われる筈だった金であり、それを子爵が支払わない場合は新たにセシアとの間の契約不履行を示し更なる罪が加算される恐れがあった所為か、快く支払ったぞ」
恐れがある、などとマイルドな言い方をしているが、当時絶対に立件するぞと脅したに違いない。この男はそういう男なのだ。




