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 様々な葛藤を抱きながらも、セシアは叫びだしたいような衝動を堪える。なるべく早く、これ以上大きくなる前に場を収めること、それに集中すべきだ。


 しかしそうやって耐えているセシアをセリーヌは嘲笑った。

「フン、いいザマね、セシア。王子様に見初められて貴族になったからって調子に乗ってたんでしょう?あんたはどう足掻いてもドブネズミのまま。あんたを見初めた王子や、爵位を譲ったっていう侯爵の気が知れないわね」

「……彼らを侮辱することは許さないわ」

 セシアの低い声が漏れる。紫色の瞳は怒りに燃え上がっていて、今まで爆発を耐えてつまらない反応しかしなかった彼女の明らかな変化にセリーヌはほくそ笑む。

 セシアが傷つけば傷つく程、セリーヌには心地がいい。セリーヌは、もはやセシアにとって代わりたいだとかそういった思考はなかった。


 自分よりもずっと格下だと思っていたパッとしない従妹にしてやられて王都を出ることになった時、何より我慢ならなかった。


 父親のディアーヌ子爵は、更なる罪の追及を恐れてセシアにはもう構うな、と強くセリーヌに念を押すばかり。その後田舎で金持ちの地方貴族と結婚したが、ちっとも幸せじゃなかった。

 華やかな王都で侯爵夫人になり、皆に傅かれて過ごす筈だった未来との落差にずっと惨めな気持ちだったのだ。

 そこに舞い込んできた、セシアが第二王子妃になるという報せ。

 腸が煮えくり返る、とはまさにあの時の気持ちを言うのだろう。我慢出来ずに王都に出て何もかもぶちまけてやろうと思っていた頃に、レインがやってきたのだ。


 そうして今、様々な巡り合わせの結果セリーヌはセシアの全てを奪う為にここにいる。地位も名誉も愛も。

 かつて全てをセリーヌが奪われたように、セシアからも奪ってやるのだ。


 その為には、決定的に誰の目で見ても明らかな醜聞が欲しい。過去の学歴詐称なんてケチな罪じゃなく、王子妃には相応しくない、と誰もが思うような無様な姿が。

 この場でセシアを激昂させて、セリーヌに暴力を働くシーンを聴衆に見せたかった。あの時のように魔法で気づかないようにそれをされては適わない為、大枚をはたいて魔法具を用意したのだ。

 三年前、人々の前でセリーヌが味わった苦渋をそっくりそのまま返してやりたい。


 彼女の思惑通り、セシアの拳はぶるぶると震えている。

 ここに来て随分甘やかされていたらしいセシアは、自分のことをどうこう言われるよりも王子や恩のある相手を侮辱された方が怒りを募らせているようだ。セリーヌはニヤリと嫌らしく笑み、更に言葉を重ねようとした。


 が、

「さて、その辺にしておいてもらおうか。セリーヌ・ディアーヌ」

 王子様が来てしまった。


 セリーヌの思惑にハマるものか、と耐えてはいるものの激昂している所為で考えが上手く纏まらず今にも殴りかかりそうだったセシアは、ヒヤリとしたマーカスの声にハッとなる。

「殿下」

 セシアの目の端に溜まった怒りの涙を見て、マーカスは安心させるように微笑んでみせた。それだけで、セシアの体から怒りと力が抜ける。

「まぁ、マーカス殿下。お久しぶりでございます」

 セリーヌが白々しくカーテシーを行う。マーカスはそんな彼女に鷹揚に頷いて、口火を切った。


「先程から興味深い話をしていたようだな?俺の婚約者が罪人だとか」

「ええ」

「少し情報が古いんじゃないか?」

 セシアはそれを聞いてぎょっとする。恐らく彼はジュリエットのことと勘違いしているのでは?と揶揄しているのだろうけれど、内容が洒落にならない。

 周囲の貴族達も笑うに笑えず奇妙な空気が流れるが、セリーヌは話をはぐらかせまいと首を振った。


「いいえ、殿下。間違ってなどおりませんわ。わたくしが言っている罪人はあなたの隣にいるセシア・カトリンのことですもの」


 びし!とセリーヌはセシアに指を突き付けたが、当のセシアは顔を顰めただけだった。マーカスが来た途端彼女が余裕を取り戻したことに、セリーヌは苛立ちを覚える。

 本当にセリーヌは学歴詐称の一点のみで突撃してきていて、後のことはこの公の場で暴露してしまえば単純なセシアが激昂しセリーヌに暴力を振るう姿を皆に見せる、というシンプルなシナリオを描いていたのだ。ジュリエット辺りが聞いたら眩暈を起こしそうな杜撰な作戦だ。


 対して、セシアはマーカスの翡翠の瞳を見た途端落ち着いた自分に驚いていた。

 状況は何も変わっていないのに、彼が来てくれただけで大丈夫だと感じる。思考はクリアになり、怒りが落ち着くと、メラメラと闘志だけが湧いてくる。

 おまけにこの食えない王子様。この悪童らしい笑顔を表情に昇らせている時は本当に悪いことを考えている時なのだ。

 思えば、彼のことを悪童のようだ、と初めて感じたのもこんな風に夜会でセリーヌに対峙している時だった。今回も、完膚なきまでにセシアを勝利に導いてくれるのだろう。

「準備はいいか?婚約者殿」

「勿論ですわ、未来の旦那様」

 いつもの呼び掛けに、いつものようにセシアが返すとマーカスはとても魅力的に微笑んだ。


 さて、反撃開始だ。


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