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 レインをロイに任せてマーカスが小部屋を出ると、キースがすぐ傍にいた。

 ぱっと目が合うと彼はすぐに頭を下げる騎士の礼をする。

「……同僚の叛意に気付かなかったことを、お詫びします」

「良い。レインのあれは正確には叛意ではないのだろうし……きちんと説明しておかなかった、俺の落ち度だ」

 マーカスが長い睫毛を伏せると、キースは首を横に振った。

「何もかもご自分の責任だと抱え込むのは、あなたの数少ない欠点の一つです」

「……唯一の欠点、とは言わないんだな」

 乾いた笑いをマーカスが溢すと、キースも僅かに唇を吊り上げて笑ってみせる。お互い、長い付き合いのレインの今回の行動に少なからず傷ついていたのだ。

 いつもの豪快で大雑把な雰囲気とはガラリと違い、キースは歴戦の騎士の顔つきをしている。

「誰かに自分の全てを理解してもらおうと言うのは傲慢です。殿下が言葉を尽くしておられたのは、二課の皆が承知しています。レインは、その上であのような行動を取ったのです……気付けなかった咎は同僚の俺にあって指揮官のあなたではない」

 それはキースなりの慰めの言葉だ。マーカスもレインも、互いにもっと話すべきだったのかもしれないし、キースの言うように誰かに完全に理解を求めることは傲慢なことであり、全てを話していたとしてもレインがマーカスの思い通りに動いていたとは限らない。


「……それでも理解し合うことを諦めるわけにはいかないな」

「諦めが悪いのは、殿下の美点です」

「美点か?なら、もっと褒め言葉っぽく言ってくれよ」

 ふ、と肩から力を抜いてマーカスは笑った。




 セシアはちらりと視線をやって、マーカスが小部屋から出て来たのを確認する。ロイが飛び込んで行った時は驚いたが、何かあったのだろうか?少し、マーカスが元気がないように見えるが。


 好き勝手にセシアを責め、周囲に声高に吹聴して回るセリーヌに対しセシアは拳を握っていた。

 替え玉の件を認めてしまったのは悪手だったかもしれない。それよりもさっさとセリーヌを不審者だと告げてフェリクス達かもしくは伯爵家の衛兵に委ねてしまえばよかったのか。


 セリーヌを目の前にすると幼い頃から虐げられてきた反動で怒りが蘇り、冷静にことを進めることが出来ない。つい反論してしまうし、思わず彼女を殴ってしまいそうだ。余計なことを言わないように唇を噛みしめて、思わず殴ってしまわないように拳を握りしめる。

 恐らく冷静になれば、セリーヌを攻略しこの場を切り抜けることも出来る筈だ。今は全くいい手なんて浮かばないけれど。

 この一年自分はそれなりに修羅場を潜ってきた。セリーヌのいいようにはさせない。

 そして、マーカスの隣も誰にも譲らない。


 セシアは、自分が過去にセリーヌの名で学園に通っていたことが明るみにでて罪に問われるのならば、ディアーヌ子爵とセリーヌの罪も白日の元に晒す覚悟でいた。

 マーカスに迷惑はかかってしまうかもしれないが、それでもただビクビクと怯えて隠れるようなことはしたくない。勿論悪いことは悪い。けれどそれを暴かれたからと言って、もうマーカスを失うことに怯えることはなかった。

 とことんまで戦う。罪を償う為に必要なことがあるのならば、全部こなす。マーカスのことも諦めない。


 マーカスがくれた言葉があるから、セシアはもう何ものにも負けないのだ。


「どこ見てんのよ!随分余裕ね」

 こんな時だけ勘のいいセリーヌに指摘されて、セシアは意識をそちらに戻す。

 どうやら彼女の持っている切り札は、セシアがセリーヌの名で学園に通っていたことのみのようだ。王子妃になろうという身では十分すぎるスキャンダルだが、平民のセシアにとってならば大した罪ではない。

 勿論罪は罪であり罰を受けるべきだが、それを判断するのはセリーヌでも今ここにいる聴衆達でもなく司法だ。あとはこの場をなるべく乱さないようにセリーヌを退場させて、場を落ち着かせることが肝要だ。

 何せここは、ロザリーの晴れの舞台なのだから。

 そのロザリーは、セシアが罪を認めたことに驚いたように目を丸くしている。フェリクスやエイダの方はもう見ることが出来なかった。彼らがこのことをどう感じているのか、知るのが怖い。


「私があなたの父親に命令されて、あなたのフリをして学園に通っていたのは事実よ」

 セシアそういうと、セリーヌは勝ち誇る表情を浮かべた。これで勝った気にならないで欲しいものだ。

「三年前に学園で大規模な不正が取り締まられた際に、セリーヌとして通った事実は成績や卒業資格の取り消しという措置を受けたわ。当のあなたとディアーヌ子爵が領地に逃げてそのことに触れられなかったので、未成年だった私はそのままマーカス殿下の後見を得て学園の入学試験を再度受験し、更に首席を維持して奨学生となりそのまま卒業したの。それが罪だというのならば、必要な罰は受けるわ」

 カッ、とわざと踵を鳴らす。

「ただし、私に罰が降るというのならばその不正を主導したディアーヌ子爵とその対象であるセリーヌ、あなた達にも当然罪の報いを受けてもらうわよ!」

「……お父様はともかくわたくしは何もしていないわ」

「そんなことが通るわけがないでしょう、セリーヌ」

 セシアは彼女に言い聞かせるようにして言った。彼女は三年前からまるで成長していない。子供のままのようだ。

 確か結婚したと聞いた覚えがあるのだが、こんなことで女主人が務まるのだろうか。




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