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 いつだったか、セシアが自分はマーカスに見出されアニタがジュリエットに見出された分岐点について考えていたが、まさにマーカスも同じようなことを考えていたのだ。

 全ての子供を助けることは出来ない。しかし、目に映る、手の届く範囲にいる子供のことをマーカスは自分の力の及ぶ限り助けたい、と考えているのだ。


「アニタのことは……どうしようも出来なかった」

 だからこう言ってしまうこと、マーカスの敗北だ。彼が顔を顰めているのを見て、レインも同じく悲しそうに顔を顰める。

「ええ、アニタは罪を犯し過ぎていました。あれではどれほどあなたが奔走しようと、もう取り返しがつかない。何せ直接エメロードに害を為していた先鋒だったのですから」

「……」

 レインは労わるような優しい視線をマーカスに向けた。

 彼は経理監査部二課を立ち上げる際に、キースと共にマーカスがスカウトしてきた最古参メンバーだ。言わずとも、十分にマーカスの理想も願いも知り尽くしている存在なのだ。その葛藤や、後悔も全て。

「殿下、何度も言いますが全てを救おうとするあなたの考えと姿勢は素晴らしい、ですが人には不可能があるのです」

 諭すような言い方に、マーカスは真っ直ぐレインを見る。そんなことは勿論分かっている。


 分かっているからといって、手を伸ばさない理由にはならないのだ。

 ほんの少しでも、更に先に手を伸ばし続けたい。

 それまで届かなかった誰かに、手を差し伸べられるように。


「あなたの理想はとても尊いものです。俺はあなたに見出され、助けられたからというだけではなく、あなたの理想に感銘を受けたからこそ従っているのです」

 レインの言葉に、マーカスも僅かに頷く。

「だからこそ、その邪魔になりそうな要因は遠ざける必要があると考えています」

 そう言われて、再び話が戻ってきたことが分かる。


「……セシアの存在が俺の望みを妨げると?」


「ええ。あなたが直接悪くなくとも、王子妃が罪人だと知れ渡ればあなたの動きを制限しようとしてくる者もいるでしょう。それを理由に、あなたの望みが叶わない時が来ることが許せないのです」

 レインの言いたいことはわかる。だが、その為に今のマーカスの望みは打ち切られても構わないというのだろうか。

 確かに大義の為にマーカスは尽くすつもりでいる。だがそれは、滅私の精神で何もかもこなそうと思っている訳ではないのだ。

 マーカスは聖人君子ではない。自己の楽しみや快楽も常識の範囲内で優先している。

 自分が楽しくないのに、他人の為に尽くすことなど出来ない。それが、彼が公人としての王になれないもう一つの理由でもあった。

 人生は楽しくないと。


 その為に、ようやく巡り合えた愛する人を手放す気はマーカスにはなかった。

 そして少し予定よりは早かったが、セシアが台頭すればいずれ誰かが彼女の過去を掘り起こすだろうということも予想してしていた。

 セシアはマーカスの瑕疵になりたくない、と言った。その為に彼女は立場を実力で勝ち取った。

 ならばこの先その場所を守るためのは、パートナーのマーカスの役目でもある。


「お前は、アニタにしたように俺にセシアのことも切り捨てろとでもいうのか」

「ええ。ですが、セシアは一般人としてならばこれからも生きていくことは出来ます。男爵位を返上しても、今の彼女にはあなたが与えた知識や力があり、平民として生きていくのに何も不足はありません」

 レインの言葉に、マーカスは困ったように首を傾げる。

「……では、俺がセシアを王子妃として娶るのを防ぐ為に、お前はセリーヌを王都に

 呼び寄せ今回の騒ぎを主導したということか?」

「そうです。俺はあなたに完璧な王子でいていただきたいのです」

「……俺の意思は無視か」

「結果的に、それがあなたの望みを守ることに繋がる筈です」

 マーカスはますます困る。王子として生まれたからにはその生を全うするつもりで生きてきたが、これではレインの思い描く王子の枠から逸脱することが許されないということだろうか。


「……ではレイン、お前はこれをどう収拾つけるつもりなんだ」

 マーカスは、セシアとセリーヌの口論を遠くに見ながら眉間に皺を寄せた。

 まだセシアには余裕があるようだが、幼い頃から押さえつけられていた相手に対して徐々に興奮していっているのが見ていて分かる。

「収拾を付ける必要などないでしょう。このままセシアもセリーヌ・ディアーヌも警備部に連行してもらえば済みます」

「……協力者であるセリーヌ嬢を見捨てるのか?」

 マーカスが驚くと、何故彼が驚いているのか分からない、といった風にレインは首を傾けた。

「セリーヌ・ディアーヌも罪人です。今までセシアのおかげで免れていただけですよ、セシアが罰を受けるのならば彼女とその父親も当然罰を受けるのが道理でしょう」

 レインはセリーヌのこともあくまで罪を犯した者として扱っている。公平といえば公平なのだろう。

 しかし、あの様子ではセリーヌはそれを聞かされていない。セシアの犯した罪が明るみに出ても、自分は免れると思い込んでいるかのようだ。自分に都合よく思い込むとは、いかにもセリーヌらしい。

「……だとしても、他者を巻き込む必要があるか?この場で暴露する必要が」

 それこそ法廷の場で暴露するべきだったのではないか。ロザリーや伯爵家に迷惑をかけてまで、ここ暴く必要があったのか。


「そうですね……この場を選んだのは、あの女の浅慮です。そういう意味でも、セシアは彼女によく似ている……」

 レインは困ったように続ける、彼にとってもセリーヌの自己顕示欲とセシアに対する恨みは扱いにくかったのだ。


「しかし、殿下。あなたはセシアのことを本当に愛してしまっている」

「ああ」

「下手な方法でセシアを告発しても、今や男爵でありあなたの婚約者である彼女の経歴を隠蔽しようとする者もいるでしょう……それでは困るのです、過去は変えられない。後ろ暗い過去を隠したセシアを、あなたと結婚させるわけにはいかなかった」

 それを聞いて、マーカスはひたすら悲しかった。

 レインは真面目過ぎる。過去に罪を犯した者をただ排斥していくだけでは、ジュリエットの行おうとしていた自分にとって都合のいい世界にしかならない。


 罪を償い、更生した者を受け入れることも必要なことだと、マーカスはずっと伝えてきたつもりだったのだ。


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