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なんだかんだでメイヴィスはセシアに打ち解け、店を出る頃にはかなり距離が近くなっていた。
他に人目のない個室だったことが幸いしたが、城に戻ればセシアがこんな風に王女と親し気に話すだなんて不敬行為だろうから、これ以降は難しいだろうな、とも思ったが。
連れ立って店の外に出ると、
「馬車を回してきます」
アニタがさっ、と頭を下げて、きびきびと路地の角を曲がる。
近くに、馬車を待機させているのだろう。相変わらず有能な侍女長だ。
「あなたも一緒に乗せていってあげるわ」
ツン、とした様子で言われて、嫌なら誘わなければいいのに、とセシアは片眉を上げる。
「いえ、申し訳ないのでいいです。歩いて帰れる距離だし」
「まぁ、可愛くないわね!王女の申し出を断るっていうの!?」
「だって目立ちたくないし」
「ちゃんと使用人の寮から少し離れたところで降ろしてあげるわよ!」
ぷんぷんと怒るメイヴィスに、セシアは何故そんなに送りたがるのか理解出来ない。
「いえいえ、買い物もして帰りたいですし……」
セシアがそう言いかけたところで、男が二人こちらに駆け寄ってきて、その中の一人が突然メイヴィスの体を抱き上げた。
「きゃあ!?」
驚いたメイヴィスが悲鳴を上げるのを見て、咄嗟にセシアは王女を抱き上げた男の膝裏を蹴り飛ばす。
「うわっ!?」
まさか女に攻撃されると思ってもいなかったらしい男が、がくんと体勢を崩したのでセシアは両腕をメイヴィスの方に差し伸べた。
「こちらへ!」
声を聞いて、メイヴィスもセシアの腕に抱きつく。
だが、別の男に体当たりされて、二人は諸共地面に横転する。メイヴィスが怪我をしないように、下敷きになったセシアはふらつく頭を振って王女の体を抱き込んだ。
アニタは向こうに行ってしまったが、王族のお忍びだ。当然護衛がどこかにいる筈。奇襲さえ阻止出来れば、彼らが駆け付けてメイヴィスを守ってくれるだろう。
「おい、何やってる!」
「クソ、だってこの女が……!」
襲撃者達は荒っぽい様子で怒鳴りあい、こちらに腕を伸ばしてきた。
早く来い護衛!と内心叫びながら、お忍びで来ているのだから、と助けを大声で呼ぶべきなのかセシアは迷う。
思えば、迷うことなく叫べばよかったのだ。もしくは、魔法を使って彼らを吹っ飛ばすなりなんなり、反撃をすればよかった。
セシアが一瞬迷った隙を突くようにして、彼女は背後から現れた三人目の男に頭を殴られる。ガツッ!と音がして、気絶する寸前、メイヴィスの悲鳴が耳をつんざいた。
「セシア!!!」
・
次にセシアが目を覚ますと、粗末な部屋の床に彼女は転がされていた。
ご丁寧に縄で手足をそれぞれ拘束してある。
「…………いたい」
記憶を辿って最後に自分の頭が殴られたことを思い出すと、途端に頭痛が増した。
セシアが顔を顰めつつなんとか体を起こすと、傍に大人しく座っていたメイヴィスが顔を上げる。
「セシア……大丈夫?」
「頭を殴られたので、大丈夫かどうかはまだわかりません……私、王女様と一緒に誘拐されたんですか?」
現状を確認したくて聞いたのだが、メイヴィスはそれを聞いて表情を歪ませた。
「ごめんなさい。わたくしと一緒にいたから、あなたまで巻き込んでしまって」
「…………」
事実なので、セシアには慰めの言葉もない。しかも被害者は自分なのだ。
「悪いと思うなら、ここから無事に脱出出来たら償いをしてください」
セシアがそう言うと、悲壮な顔でメイヴィスは頷く。
正直巻き込まれたのは困るが彼女が犯人なわけでもなし、そこまで気に病んでもらう必要もセシアとしては感じないのだが。
「なんでもするわ……!」
「いや、そんな大層な……あの店のチーズケーキ、美味しかったのでまたご馳走してください」
あっさりとセシアが言うと、メイヴィスはきょとん、と大きな翡翠の目を丸くする。
「そんなことでいいの?わたくしの持つ、国宝級の宝石を進呈することまで覚悟したのに……!」
「荷が重いですよ、それ」
メイヴィスの覚悟に、セシアは苦笑する。換金しやすい宝石は大歓迎だが、国宝級のものなんて貰ってもセシアにはどうしようもない。
「いくつか気になることもあるし、まずはここから逃げることが先決ですね」
「…………そうね」
きゅっ、と唇を噛んで泣くのを我慢したメイヴィスに、自然とセシアは微笑む。気丈な子だ。ぎゃあぎゃあ泣き喚かないだけでも、さすがだと思う。
「ここに来る時、メイヴィス様は意識があったんですか?あの店からどれぐらい離れた場所か分かります?」
セシアが聞くと、メイヴィスは考えるように口元に手を当てた。
「……誘拐犯達があなたを気絶させた後、すぐ傍に停まっていた馬車にわたくしとあなたを乗せたの。でも、出発するとすぐに目隠しをされてしまって……ここがどこなのかは分からないわ」
申し訳なさそうにメイヴィスが締めくくったが、さすがに誘拐犯達もそこまで馬鹿ではないだろうから、セシアは王女の証言にそこまで期待はしていなかった。
そして思い出す。
確かに、農夫が使いそうな幌馬車が店の傍に停まっていた。
納品か何かで訪れていたにしても、裏口の方に停めるものだろう、と貴族街には珍しかったのでセシアも気にはなっていたのだ。
そして恐らく、その幌馬車が停まっていた所為で、メイヴィスの迎えの馬車は店の前で待機出来なかったのだ。
だとしたら、犯行は予め周到に計画されていて、犯人はただ貴族街を歩く令嬢を狙ったのではなく、ピンポイントでメイヴィス王女殿下を狙ったことになる。
「私のことは、付き添いか何かだと勘違いしたんでしょうか」
「そうね……あなた、わざと粗末な服を着て、王女の侍女だと目立たないように変装している……かのような恰好だし……」
「人の普段着を粗末とか言っちゃダメですよ。両耳引っ張りますよ」
じろっ、とセシアがメイヴィスを睨むと、彼女は慌てて耳を両手で隠す。
悪い子でないのだろうが、ナチュラルに失礼なことを言う王女様だ。
「だっ……大体、あなた縛られてるんだから、耳なんて引っ張れないでしょう!?」
メイヴィスはそう言うが、耳は隠したままだ。
その強気なんだか弱気なんだか分からない姿勢に、フッ、とセシアはニヒルに笑ってみせた。
「縛られている?」
ぐっ、と腕に魔力を乗せて、身体強化して手首を左右に離す。
ぶちぶち!と鈍い音がして、縄が引きちぎられた。
「……私を捕まえるなら、魔法錠ぐらい用意して欲しいものですね」
「か、怪力……!」
「耳引っ張りまーす」
わきわきとセシアは両手の指を動かした。