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マリアが廊下に出ると、セシアは気まずそうに端に立っていた。
「マリア」
「さ、お出掛けしましょう!セシア」
「それ本気だったんだ」
セシアは困ったように笑うことしか出来なかった。そんな彼女の手をマリアは優しく握って、強く微笑む。
「勿論、本気よ」
その後。セシアはマリアと共に何故か荷馬車に揺られていた。
質素なワンピースに頑丈そうなブーツ、黒髪は三つ編みに結われている。近頃は重くて綺麗なドレスばかり着せられていた彼女にとっては慣れ親しんだ感触であり、無意識に深呼吸をした。
がたがたと石畳の上を進む荷馬車の馭者は、見慣れた赤毛の美女、マリアだ。
マリアもセシアと同じような恰好をしていて、赤毛も三つ編みに結われている。もしかして、お揃いを意識しているのだろうか。
「……どこ行くの?」
隣に座って手綱を握るマリアにセシアが訊ねると、朗らかな声が返ってきた。
「もうすぐ着くわ。眠かったら寝ててもいいのよ」
そう言われて、セシアはマーカスに言えていないことをマリアと会話をするのもなんだかおかしな気がして、彼女の肩に頭を預けて瞼を閉じた。適度で単調な揺れは、眠気を誘う。
うとうとと浅い眠りに入り始めたセシアの耳に、ちょっとだけ寂しそうな声が届いた。
「……マリアになら、甘えてくれるのね」
その時額に触れた唇は、どちらのものだったのだろうか?
しばらく馬車は穏やかな農地を走り、やがて王都の郊外にある孤児院へとたどり着いた。元は教会として建てられたのだろう名残のある石造りの建物に、広い敷地。干されたシーツや洗濯物が陽の光を浴び、風にはためいている。
「ここ?」
「そう、時々差し入れと様子伺いに来てるの。ほら、セシアも運んで!」
どさ!と渡されたのは古着の詰まった箱だったが、見た目よりも重くない。対して、マリアは野菜の入った籠を両手に抱えている。
「……もっと持てるよ」
セシアはそう言って唇を尖らせたが、マリアは朗らかに笑うだけだった。
孤児院の扉を開けると、子供達がわっと飛び出してきてマリアに抱きつく。
「マリアおねえちゃん!」
「久しぶりね、皆。野菜持ってきたよ」
「ありがとう!」
元気いっぱいにお礼を言う子供達は、次々にマリアやセシアの手から荷物を引き受け、荷馬車に置いてある分も分担して運び始めた。子供達の後に建物から出て来た老婆は、マリアを見て嬉しそうに目を細める。
「マリアさん、いつもありがとう」
「どういたしまして。たまにしか来れなくてごめんなさいね」
「いいえ……あなたが来てくれるおかげで、あの子達がどれほど助かっていることか」
老婆はセシアにも挨拶をしてから、子供達の方へと向かっていく。
「……こんなこともしてたのね」
「時々ね。ここは王都の外れにある所為で寄付が少ないの、もっと国から補助が出せればいいんだけど……」
言って、マリアは首を横に振る。その先は、王子としての悩みなのだろう、マリアは何も言わずにセシアと手を繋いだ。
「マリアお姉ちゃん、その人だぁれ?」
いつの間にか二人のすぐ側に立っていた小さな女の子に聞かれて、セシアは眉を下げる。
「彼女はセシア、私の大切で大好きな人よ」
マリアが恥ずかし気もなくハッキリと言い女の子がまじまじと見つめてくるものだから、セシアの方が照れ臭くなった。
「……堂々と言うのね」
「そりゃあ勿論」
セシアが顔を赤くしていると、その小さな女の子がセシアの手を引いた。
「セシアお姉ちゃん、遊ぼうー」
別の女の子も来て、両手を引かれてセシアは焦る。小さな子供に接したことなどほとんどない。彼女達を楽しませる方法なんてセシアは知らないのだ。助けを求めるつもりで見遣ると、マリアは微笑んで手を振っている。
「花冠の作り方知ってる?」
「え、知らない」
子供らしい児戯をした覚えがほとんどないので、咄嗟にそう答えると少女達は嬉しそうに笑った。
「教えてあげる!」
白い小さな花の咲いている庭で子供達は駆けまわったり寝そべったりと思い思いに過ごしていて、セシアはその隅に少女達と腰を下ろして花冠の作り方を習った。茎を編んでいくのは簡単だったが、花のサイズを合わせたり中央に来る部分に一番見目の良い花が配置されるように編んだり、と気を配ることは意外と多く少女達にアドバイスをもらいながらセシアは冠を作る。
最終的には誰よりも綺麗な花冠を作れるまでに成長し、少女達に進呈した。
「セシアお姉ちゃん上手ね!」
「ねぇアン、お姫様みたい?」
平等を期す為に二つ作った冠をそれぞれ頭に乗せた少女達は、嬉しそうに笑ってはしゃぐ。
「うん……すごく似合うよ」
セシアもようやく肩から力を抜いて微笑むことが出来ていた。無邪気な少女達は、他の子供達に冠を自慢してくる、と向こうへと転がるように駆けていく。
その小さな背を微笑ましく見守っていたセシアは、その後冠職人として次々に強請られて花冠を作らされるハメになったのだった。
夕方。
今度は荷物を降ろして軽くなった荷馬車で、王城へと帰路に着いていた。
「休暇は午前だけだったのに、一日休んでしまったわ」
「それなら大丈夫、午後の予定は社会奉仕に変更しておいたから」
セシアが困った顔をすると、マリアが快活に笑う。確かに孤児院への寄付などの社会奉仕は、貴婦人の大切な仕事の一つ。
王子妃となるセシアが経験しておくべきことだが、当日の予定変更は講師への迷惑だったのではないだろうか。
セシアが言うべきかどうか迷っていると、マリアは珍しく皮肉げに唇を吊り上げた。
「権力を使うことは、悪いことじゃないのよセシア」
「分かってるわ。義務をこなしている殿下が権利として使うのは分かるけど、私はそんな存在じゃないのに、て思ってしまうの」
ここ最近の出来事に加えて二課でのレインの態度に、すっかり普段の勝気さを失ってしまったセシアは項垂れマリアは片手で隣に座る彼女を抱き寄せる。
親友であるマリアにそうされると、ついマーカスには言えない弱音がセシアの唇から零れていく。
「……今までは、きちんと努力していれば結果がついてきてくれた。その成果を足掛かりにして、次のステップに進めたわ」
「ええ」
「でも貴族の社会のことは、分からないことばかり。表面を取り繕うだけじゃ駄目なのは分かってる、ちゃんと意味を理解してその場その場で対応しないと失敗してしまう……でも、理解する際の条件が自分の中にまだ足りなくて、選択肢を間違っちゃう」
セシアは唇を噛んだ。
これまで体術も魔法も、簡単に習得出来たものは少ないが苦労しつつ苦手を克服しある程度は出来る、という自信を築き上げてきたのに、それが貴族社会では全く意味を成さない。
平民育ちのセシアはいつの間にか孤立し、何をやっても失敗するような不安が常に付きまとっていた。
「……失敗しない人なんていないわ。失敗してもいいのよ、セシア」
マリアは落ち着いた声で言い聞かせるように告げるが、セシアは首を横に振る。
「……私の評価が悪いと、殿下に迷惑が掛かるわ」
「マーカスはそんなこと気にしないわよ」
マリアがハッキリと断言する。
マリアはマーカス自身なのだからその言葉は彼の意思なのだろうけれど、セシアには簡単に頷くことが出来ない。その様子を窺ってマリアは言葉を重ねた。
「……他にも気になることがあるの?」
がたがたと揺れる荷馬車と、マリアの優しい声。日中、外で子供達と散々駆け回って遊んだセシアは、近しい人の声と体温にだんだんと気持ちがリラックスしてきて、弱った心を吐露していた。
「…………マーカス様に、嫌われたくないの」




