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後日侯爵家で開かれた夜会に、セシアはマーカスにエスコートされて出席していた。
深い青地に銀の糸で刺繍されたドレス、真珠の髪飾りは彼女の黒髪によく映える。マーカスも共布のタイを付けていて、二人は揃いの装いだった。
主催の侯爵に挨拶をしてから、ダンスフロアに手を引かれて一曲踊る。
いつかのように二人きりではなく大勢の人に見られながら踊ることにセシアはひどく緊張したが、マーカスのリードに任せてなんとか踊り切った。
「緊張しました……」
ダンスの輪からゆっくりと離れながら、セシアが小声で呟くと、マーカスはくすりと笑う。彼女は本番に強いタイプで、なかなか堂々としたものだったが本人の内心は冷や冷やものだった。
「上手く踊れていたと思うが」
「ありがとうございます……でも、他の方を見ているとまだまだだと痛感して……」
ひたすら恐縮するセシアに、マーカスはちょっと眉を上げる。やけに悲観的だ。
ここ最近のセシアは、王子妃として完璧にこなそうとするあまり本来の彼女の良さが押し込まれてしまっているように感じていた。だが当然それはマーカスの為に頑張ってくれていることなので、彼の方から必要ない、と強く言うことも躊躇われる。
貴族として生まれ育ちずっと貴族として生きて来た者達に、つい先日まで平民として過ごしてきたセシアが一朝一夕に敵う筈がない。それを加味して考えても、十分に及第点、と言ったつもりだったのだが。
「緊張して疲れただろう、少し休憩するか?」
「でも挨拶回り……いや、王子様なんだから向こうが来るんですか?とにかく、挨拶とか色々ありますよね。お忙しいのでは?」
セシアの方も眉を顰めて返してくる。
おおまかな夜会での行動の流れは学んでいるが、それは令嬢や夫人の動きであって王子のそれではない。何にどこまでセシアが婚約者として付き合えばいいのかは、マーカスに聞くしかなかった。
「挨拶を受けるのは俺一人でやるさ。今までだってそうだったんだし、今夜はセシアにこういう場に慣れてもらう為に出席してるんだから徐々にで構わない」
彼はセシアの手を引いて壁際に移りながらそう説く。
どんな訓練も、始めから飛ばしていては無理が来る。徐々に慣れて行けば、彼女ほどに能力があり努力家ならばなんなく溶け込めるだろう、とマーカスは踏んでいた。
「……そうですか」
マーカスの思惑がどうであれ、セシアはついしょんぼりとした声を出してしまう。あり得ないことだが、例えばここにいるのがジュリエットであったり別の貴族令嬢として育った婚約者ならば、マーカスは挨拶を受ける際に伴ったのではないだろうか?
先日まで平民だったセシアだからこそ、置いて行こうとしているのだ。それが悔しい、しかし確かに今の自分では挨拶に伴われたところで如才なく振る舞える自信がない。唇をきゅっ、と噛んだものの、セシアは出来るだけなんでもない事のように頷いてみせた。
「では、お言葉に甘えて少し休ませていただきます」
「ああ。すぐ戻る」
セシアが意識して笑ってみせると、マーカスは優しく彼女の頬を撫でてからその場を去って行く。その背が人に紛れて見えなくなるまで見送って、セシアは背筋を伸ばした。
社交界には当然セシアの友人などいない。皆が彼女に注目しているが、それは概ね好意的なものではないことも勿論分かっている。
頼もしい王子様が傍にいない現状、セシアは孤軍奮闘する意気込みでいた。が、周囲の者は皆彼女を遠巻きにして、話しかけてもこない。
相手にされていないのか、マーカスが会場にいる以上ちょっかいを掛けようとも思わないのか。しかし確実にこちらを気にしている所為で皆ぎこちなく緊張している雰囲気が伝わってきた為、セシアは少しその場を離れることにした。楽しい夕べの邪魔をしたいわけではないのだから。
彼女がホールを出ると、背後であからさまにホッとした空気が流れるのを感じて内心で肩を竦める。
セシア自身、自分がどう振る舞えば分からず混乱しているがそれはどうやら周囲も同じようだ。どう接すればいいのか、皆まだ決めかねているのだろう。
庭へと続くポーチに出ると、中の籠った空気から解放されて少し息がしやすくなった。
夜なので庭園の細かな部分までは窺い知ることは出来ないが、どこかから芳しい花の芳香がしてセシアの心は慰められる。
「……しっかりしなきゃ」
ぽつりと呟いた。
マーカスは、セシアは十分務めを果たしている、と言ってくれるが、それでは駄目なのだ。彼と一緒にいる為には王子妃になるしかなく、王子妃になるならば及第点では足りない。
世の令嬢達の手本になるぐらいじゃないと駄目なのだ。
誰にもマーカスの隣を譲りたくないし、セシアの所為で誰かにマーカスが悪く言われることも嫌だった。
ふと見ると、ベンチが設置してあったのでセシアはそこに腰かける。
座った位置からホールの中が見えるので、頃合いを見て戻れば問題ないだろう、と判断したのだ。
しかしそのように事が穏便に運ばないのが、セシアがセシアたる所以。背後で何やら言い争う声が聞こえて、彼女は何気なくそちらに視線をやる。
するとどうだろう、先日のガーデンパーティの際に木陰で行われていたことが再現されていた。
複数の令嬢が一人の令嬢を取り囲み、何やら目に見えて嫌がらせを行っていたのだ。
いけない、今はマーカスを待っているのだ、トラブルはいけない、と唱えつつもつい気になってセシアはそちらを見てしまう。
虐めている側の令嬢が相手の髪を引っ張りドレスのレースを引きちぎった時点で、ぎょっとして咄嗟に声を上げてしまった。
「ちょっと!いくらなんでもそれは酷いんじゃない!?」
何があれば、相手のドレスを引きちぎる展開になるのだ。
暗がりのベンチで目立たないように座っていたセシアが突然声を上げた為、令嬢達は双方驚いたが相手がセシアなのを見るとひそひそと話し出す。
「あれ、マーカス殿下の……」
「でもただの男爵じゃない……」
ひそひそ。得てして、こういう声は潜められていても耳に届いてしまうものだ。
「私が誰なのか、なんて関係ないわ。どんな原因があるにしても、相手の服を破るなんてもう暴行になると思わないの?」
セシアがハッキリと言うと、彼女達は鼻白む。
「……行きましょ」
リーダー格の令嬢が他の子に声を掛け、虐めていた側の少女達は足早にその場を去って行った。更に咎めようかとも思ったが、胸元のレースが引きちぎられた状態の令嬢を放ってはおけない。
そちらに近寄ると、俯く少女に声を掛けた。
「大丈夫?これ、戻すわね」
指先でレースを撫でると、魔法が作動して元の状態に戻っていく。すると、ふいに少女が固い声を出した。
「……余計なことをしないで下さい」




