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71(4章)

 


 柔らかな陽射しが木洩れ日を零す、穏やかな昼下がり。

 空気はどこかから招いてきた花の香を纏っていて、ふんわりとしていた。

 その空気を一刀両断に引き裂く声。


「あなた生意気なのよ!!」


 お決まりのフレーズが聞こえて、セシアはハッと身構えた。

 ぱしゃんっ!と水音がするが、彼女には何も影響がない。



 不思議に思って周囲を見渡すと、木陰の方で数名の令嬢に囲まれた質素なドレスの少女が、紅茶を浴びせかけられて泣きそうになっているのが見えた。

 セシアがいるのは高位貴族の婦人ばかりのテーブルで、そんな隅の出来事には気付いていないようだ。

 駆け寄って行って助けてあげたいけれど、このテーブルで新参者に位置するセシアが離席すれば後で何を言われるか分からない。


 表情に出さないようにしながら少し考えて、セシアは今は自分付きの侍女を務めているロザリー・ヒルトン伯爵令嬢を手招いた。

「どうかなさいましたか」

 ロザリーはちょっと釣り目だが、華やかな美貌の令嬢だ。

 王立学園卒の才媛であり、こんな風に人に仕えなくても一生優雅に暮らしていけるだけの身の上で元々は令嬢としての箔をつける為に貴人の侍女をしていたのを、最近では職業意識に目覚めて期間限定でセシアの侍女を務めてくれている。


「あちらの令嬢にこれを」

 紅茶を掛けられた少女にハンカチ程度では意味がないかもしれないが、見ている者がいるということは虐めている側に対して牽制になる筈だ。

 ハンカチと示された方向を確認したロザリーは、セシアに視線を合わせる。

「放っておいた方が良いと思います。なんであれ、虐められる方にも原因はあり、彼女はここで生きていかなくてはいけないのだから。毎回あなたが助け船を出してあげるわけにもいかないでしょう?」

「……そうかもしれないけど」

 ロザリーの言うことも尤もだ。

 セシアはあの令嬢の保護者でもなんでもないし、次回から彼女が助けを常にあてにするようになっても困る。つまるところ、これはセシアのエゴなのだろう。

 それでも無視することは出来なくてセシアが言い淀んでいると、ロザリーは小さな溜息を吐く。

「あまり感心しませんが、今回だけですよ」

 言って、ロザリーはさっと向かって行った。


「お優しいのね、セシア様」

 そう言われて、セシアは慌てて正面に顔を戻す。

 王城の庭で催されているガーデンパーティには大勢の貴婦人が招かれていて、セシアは最近第二王子と婚約したばかりの女性男爵として、高位貴族の夫人達のテーブルに席を設けられていた。

「……見て見ぬフリは出来ないもので……」

「まぁ、さすが正義感の強いマーカス殿下の婚約者ですこと」

「本当に。殿下に相応しいわ」

 ほほほ、と笑いが起こり、セシアの背中に冷たい汗が流れる。

 言葉こそセシアのことを称賛しているようなフリをしているが、彼女達は確実にセシアのことを嘲笑していた。社交界のいろはも分からない平民上がり、と。


 理由は簡単、ジュリエットが失脚し都合よく空いた第二王子妃の座に自分の娘を据えようと画策していた彼女達は、ポッと出のセシアにその場を掻っ攫われて腹をたてているのだ。

 しかも、どんな高貴な令嬢かと思えば平民上がりの孤児。これでは高位貴族のご夫人達のプライドが収まるわけがなかったのだ。


「気まぐれに野良犬に餌を上げるのは、あまり賢いやり方とは言えませんわね」

 中でもリーダー格と思しき、ダフネ侯爵夫人がぴしゃりと言う。

 さざめくように周囲の夫人達は頷き、このテーブルに着いている数少ない未婚の令嬢達は何も言えずに視線を下げる。このテーブルの空気を悪くしている原因は、間違いなくセシアだった。

 いつもならば、ここで手をこまねいていたりしない。セシアは常に徹底抗戦!と行きたいところだが。


「……不慣れなもので、ご忠告ありがとうございます。気をつけます」

 内心の燃え滾る感情を押し殺して、セシアはニコリと微笑んでみせた。





 ガーデンパーティが終わり王城に宛がわれた客室に戻ったセシアは、楽なドレスに着替えさせられてようやくソファに溶けるように座った。

「だらしないですよ」

「すぐ戻るから、ちょっとだけ……」

 ロザリーに呆れたように言われて、セシアは項垂れる。

 テキパキと必要な片付けを終えたロザリーは、他のメイド達を下がらせた。ここに出入りしているメイドで、先程の夫人達の息のかかった者がいないとも限らない。

 そしてセシアの粗を虎視眈々と探しているのは、何も貴族夫人だけではない。無事に結婚するまでは婚約者という肩書など吹けば飛ぶような仮初のものでしかないのだ、セシアのような特殊なケースでは特に。


 マーカスを政治利用したい大臣達にも、セシアは非常に注目されてしまっている。

 他国の王女・ジュリエット相手ならばそんな気も起らなかっただろうけれど、相手がセシアのような令嬢とも呼べない存在だった為、再び挿げ替えることは可能だと思われているのだ。一人替わったのだから、二人目が替わることもおかしなことではない、との考えはさすがにいかがなものかとは思うが。


 そしてお茶会一つにこれほどまでに神経をすり減らしているセシアを見て、ロザリーは溜息を飲み込む。

「……らしくないですね」

「え?」

「いつものあなたなら、あの夫人達にも食ってかかっていたのでは?」

「人を喧嘩っぱやい人みたいに言わないでよ……」

 ロザリーから見れば、セシアは売られた喧嘩は即買うタイプの人間だ。なんとなく彼女の言いたいことが分かって、セシアは眉を下げる。実際、かなり好戦的である自覚があるのだ。


「……身一つの頃なら最悪私の首を括れば責任は取れたけど、今は違うでしょう?……殿下に迷惑かけたくないのよ」

 セシアは唇を尖らせて呟く。恋を知ると女は美しくなるというけれど、守るものが出来た者は弱くなるのかもしれない。

 ロザリーは手を止めてジッとそんな彼女を見つめた。




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