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70(3章終了)

 

「御前、失礼いたします。アクトン侯爵、ベン・ラングドンにございます」


 現れたのはアクトン侯爵で、彼は慣れた様子で綺麗な姿勢の臣下の礼をとる。

 国王はその礼を受け取って軽く顎を引き、フォード伯爵はそちらを確認して侯爵に話を振った。

「アクトン侯爵、この場で話したいこととは?」

 王の御前であり、時間を無駄にしない為に彼は形式ばった会話をせずに単刀直入に話に入る。

「はい。こちらのセシア・カトリン嬢に私の持つ男爵位を譲渡したいのです」

「!!」

 フォード伯爵だけではなく、その場の誰もが驚いた表情を浮かべる。

 確かに高位貴族の中には複数の爵位を保有している家があり、便宜上家督を継ぐ前の嫡男が名乗ったり、次男が受け継いだりすることはエメロードでもよくあることだった。

 だが、爵位をまったくの他者に譲ることは稀だ。


「アクトン侯爵、何故そんなことを?」

 フォード伯爵が訊ねると、侯爵は軽く頷く。

「私の娘、エイミーはセシア嬢の働きにより命を救われました。その為ずっとお礼をしたかったのですが、娘は私の最も大切な宝。彼女と引き換えに出来る礼など考えもつきません」

 やや芝居がかった物言いは、マーカスの仕込みを感じてセシアは内心で笑ってしまわないように苦労した。

 確かにアクトン侯爵から褒賞の申し出を受けていたのは事実だが、受け取っていなかったのは見合う価値のあるものがなかった所為ではなく単純にセシアが返事をしそびれていただけなのだから。


「ですから、」

 アクトン侯爵の言葉は続く。

「セシア嬢に私の持つ価値のあるものを差し上げることを決めたのです」

 侯爵には二人の息子と一人の娘がいて、そのそれぞれに渡す財産は既に確保してあるのだと言う。その次に大切なものである複数保有している爵位の内、最も低いそれであるヴァレン男爵位をセシアに譲りたい、という申し出だった。

 エメロードの法では子に授けられる以上、当然他人にも爵位を譲ることも可能だ。ただし相続ではない場合、おいそれとプレゼントされても困るので国の承認が必要である。

 アクトン侯爵は、この場合でその申請の承認を取り付けたい、というのだった。


 そんなことは前代未聞だ。

 通常の手続きをこなせば、何も問題はないことではある。エメロードでは女性が家督や爵位を継ぐことも、授かることも可能だ。

「もっと早く申請をしたかったのですが、近頃何やら国政がゴタついておりましたので私が突然他人に爵位を譲ると申してはお邪魔かと思いまして今日まできてしまいました……」

 殊勝な態度を取って見せるが、この舞台の為に温存していたことは誰の目にも明らかだった。

 事前に申請が通っていてセシアが男爵となっていたとしても、この場で彼女が王子と結婚したいと言えば何かしら別の反論が起きていただろう。

 しかし今現在、救国の英雄であり男爵位を譲り受けることが決まっている、という彼女の褒賞願いをこれ以上否定することは、議長の方が執拗にセシアの功績を認めていないかのように見えてしまう。

 切るカードは同じでも、最も効果のある時に切ることが重要であることをマーカスは心得ていた。


 実際、その場にいた面々は驚いたもののこれまでの慣例を鑑みて、アクトン侯爵の申請が問題なく通ることはすんなりと理解されていた。そして、そうなるとフォード伯爵が始めに言った、セシアは平民なので王子との婚姻は認められない、という言葉が無効になってしまうことも。

 男爵令嬢であれば、王子との婚姻にやや身分が足りない、というところだが男爵本人ならば足りぬとは言い難い。

 こちらはさすがに前例がないが明確な違反でもないので、この場の人々の判断になるだろう。

 そしてこの場には、この国の最高権力者がいる。


「っふ」


 シン、と静まり返った部屋に、僅かに笑い声が溢れた。

 すぐにその声は大きなものになり王の左に座しているミュリエル妃が上品に、しかし高らかに笑い出したのだ。

 議長は勿論、勝負の行方を緊張してしながら見守っていたセシアも驚いて彼女の方を見る。とても愉快げにひとしきり笑った側妃は、口元を扇で隠してなお笑い続けた。

「ミュリエル妃」

 さすがにフォード伯爵が咎めるように言葉を挟むと、彼女はなんとか笑いを収める。未だ口元は笑みを象ってはいるがミュリエルはセシアを非常に楽しそうに見遣った。

「セシア・カトリンといったか」

「……はい」

 視線で議長に発言していいかどうかを確認してから、セシアは礼をとって返事をする。


「わたくしの王子が欲しいと」

「……はい」

「何故?」

 そう聞かれて、セシアはちょっと眉を下げた。ここで、そんな風に聞かれてしまうとは思っていなかったのだ。何故、だってそんなの明白だ。


「……マーカス様のことを、愛しているからです」

 それまで努めて仮面のように冷静さを表情に纏わせていたセシアだったが、改めて口にすると肌が赤くなる。その初々しい姿を味わうように眺めていたミュリエルは、満足したように頷いた。

「マーカス、お前もか」

「はい」

 マーカスはすぐに真摯に応える。母親の気性は心得ている、ここでは何の小細工も隠し事もなくただ真実を言う。

「俺はセシアを愛しています。頑固な想い人は円満な婚約を望んだので、このようにさせていただきました」

「相変わらず悪戯好きな子よの」

「母上に似たのでしょうね」

 マーカスが言うと、ミュリエルは満更でもなさそうに微笑む。

「陛下、わたくしはこの結婚に賛成ですわ。未来の王を救った功績は大きく、身分の差が解消されたとなれば、反対する理由がありません」

 ミュリエルは堂々とその場で二人を支持する意見を出した。

 正妃であるクラウディア妃も言葉こそ発しないものの、しっかりと頷く。


 王太子・レナルドとその妃イーディスは元々息子を救出することに尽力したセシアにそれこそ領地か爵位を授けてもいいと思っていたぐらいだし、メイヴィスに関しては言うまでもない。

 第一王女、第三王子はこの場は別の公務の為に欠席していて、他の王族の意見に従う旨を告げていた。

 そして居並ぶ重鎮達は、彼らが決めた第二王子の婚約者・ジュリエットが国家を揺るがす大犯罪者だった為この件に関して意見を言いにくいところがある。

 マーカスはある意味、今回の事件でグウィルトの王女と結婚する以上の富と功績をエメロードに齎していた。では、次の婚約者が救国の英雄であることに問題はない。


 フォード伯爵は、最終決定を求めて王を仰ぎ見る。

 それまで言葉を発せず成り行きを見守っていた国王陛下は、ゆっくりとマーカスを見遣り周囲を見遣り、最後にセシアを見つめた。

「セシア・カトリン」

「はい」

 セシアは深く首を垂れる。

「そなたの功績を称え、第二王子マーカス・エメロードとの婚約を許可する」


「……ありがとうございます!」


 セシアが言葉を絞り出すと、途端パチパチ!とはしゃいだ拍手の音が聞こえた。

 顔を上げると、メイヴィスが嬉しくてたまらずつい拍手してしまったらしく、慌てて手を下げて淑女の礼を取る。だがおかげで、その場の空気が和やかなものに変わりセシアは彼女に感謝した。

「では、爵位譲渡の手続きと共に詳しいことは後日お伝えする。今日はこれにて終いとする!」

 フォード伯爵の高らかな声が謁見の終了を告げる。

 王を始め、全ての出席者が部屋を出て行くまでセシアは首を垂れて感謝の意を示し続けた。



 誰もいなくなった謁見の間に、カツン、と足音が響く。

 セシアが顔を上げると意外なほどすぐ傍にマーカスが立っていた。大きく切り取られた窓から午前の光が部屋に高い角度で入りこみ、彼の燃えるような赤毛を照らす。

「お疲れ様」

「……なんか結局殿下の主導で話が進んだ気がします。私、成り行きを見ていただけのような……」

 拗ねたように彼女が言うと、マーカスは笑ってその腰を抱き寄せた。

「何言ってるんだ。この状況を作り出したのは、今までのお前の功績だぞ」

 実際、二課に来てセシアが信じるままに正しいことをした結果が、ここで実を結んだのだ。他の誰でもない、セシアだからこそ。

 しかし本人はいまいち自覚がないらしく、マーカスに髪を弄られながら難しい表情を浮かべる。

「そうでしょうか……」

「俺は仕上げをしただけ。ここでの戦い方は、俺の方が心得ているからな」

 それは大いに頷く。セシアが同じアイデアを持っていたとしても、あれほどの効果は発揮出来なかったと思う。つくづく、この男には敵わない、と痛感させられた。

「……本当に、まだまだ殿下には勝てません」

「いい線行ってると思うけどな」

 ニヤニヤと悪童らしい笑顔を浮かべられて、セシアはムッを眉を寄せる。


「見ていてください、その余裕を絶対に打ち負かしてみせますからね!」

 恋は勝ち負けではないというのに、何故か闘志を燃やすセシアを見てマーカスは破顔した。セシアはこうでなくては。

「ああ、期待して待っておくとしよう」

 マーカスは笑って、セシアの頬を引き寄せる。長い睫毛が触れる距離に来て、紫色の瞳が伏せられた。

 柔らかな唇が重なり、その後啄むように触れてからゆっくりと離れていく。その軌跡をそっと見遣って、セシアはにっこりと微笑んだ。

 いとしくて、尊敬している恋人。

 彼に守られたい、けれど彼が危機に陥った時には助けることの出来る自分でありたい。何より、対等でありたい。

 目標でありライバルが夫、というのはなかなか悪くない考えだ。


「絶対に勝ってみせます」

 弧を描くピンク色の唇に、マーカスは悪童らしい笑みを浮かべて素早くもう一度キスをする。



 そう、何せセシアは、相手が誰であろうと徹底抗戦が信条なのだから。











 こうして悪童王子と捨て猫は、末永く幸せに暮らしました。めでたしめでたし。

 ……とは、ならないのが波乱の星の元に生まれたセシア・カトリンの人生なのである。



以上を持ちまして、悪童王子と捨て猫3章完結です!長くお付き合いいただきまして、ありがとうございました。

このまま引き続き4章に続きます!!もうちょっとだけ、セシアとマーカスの騒がしい日々にお付き合いいただけましたら幸いです。


そしてお知らせさせてください。皆さまのおかげで、今作は書籍化していただけることになりました!ありがとうございます!!

4章が最終章でまだもう少し連載は続きますし、ひとまずお知らせだけさせていただきました。詳しいことは決まり次第、また活動報告等でお伝えさせていただきます。

本当にありがとうございました!これからもよろしくお願いします!!



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