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 どうやら本気で憤っているらしいメイヴィスに、セシアの方も目を丸くして驚く。


 メイヴィス自身、セシアを休日に呼び出して文句を言おうとしているのでは?と。

「あ、あなた、わたくしまでそのイジメていた者達と同じだと思っているの!?失礼な!」


「え、でも、やってることは、その人達と同じですよね?」

 セシアにそう言われて、メイヴィスは怒る前に青褪める。

 確かに、王女という権能を振り翳して、セシアが休日であるにも関わらず呼びつけたのはメイヴィスだ。


「確かに……そ、それは、悪かったわ。謝ります」

 とても素直に頭を下げられて、今度はセシアの方がぎょっとする。

「あ、頭を上げてください。よく知らないけど、王族って謝っちゃいけないんでしょう?」

 慌ててセシアがそう言うと、メイヴィスは顔を上げ首を横に振った。


「正しくは、王族は間違えてはいけない、のよ。でも、私は既に間違った、ならば謝罪するのは王族ではなく、人として当たり前のことだわ」

 幼くともこの矜恃の高さは、まさに王族と言えるだろう。その姿勢に感心して、セシアは毒気が抜かれる。


「……いえ、もう休日出勤してしまっているようなものなので、構いませんよ」

 セシアはなんだか可哀想になってきて、わざと軽く言った。

 相手は小さな女の子だ。反省してくれたのならば、それでいい。ケーキをご馳走になって、後は早々に帰って寝たい。

「……ありがとう」

 ホッとした様子のメイヴィスに、セシアも胸を撫で下ろした。


 そこでノックの音がして、店員がケーキやティーセットの載ったワゴンを押して入室してくる。

 会話が途切れるのも不自然な気がして、セシアはメイヴィスに訊ねた。


「……ところで、さっきので答えになってますか?お兄様の交友関係が気になって私にお声掛けなさったんですよね?」

 王子、とは言わずにセシアが確認すると、メイヴィスは受け入れにくそうにしながらもコクリと頷いた。素直な少女なのだ。


「最近お兄様は忙しくて、定期的に設けていた二人でのお茶会も何度か断られているの」

 店員が部屋を出たのを確認して、セシアは言葉を返す。

「……マーカス殿下は、学園の理事もなさってるし、春先はご多忙なのでは」

「……ええ、そうね。あなたの後見を務めてから、将来有望な孤児の後見なども務めるようになってしまって……」

 取りなすつもりで言ったことだったが、お前の所為で、というニュアンスを感じてセシアはしまった、と顔を顰める。


 学園内の不正を暴いた際に、複数の理事が横領で捕まり理事のポストが空いてしまった為、調査の責任者だったマーカスが理事の座に就いた。

 そのおかげで、セシアは彼の後見を得て学園に通うことが出来たのだ。その後もマーカスは毎年数名の孤児の後見を務めていて、彼らはみな優秀な成績を収め卒業後は国に貢献している。

 彼自身は人気取りの慈善事業だのなんだの嘯いてはいたが、多忙な王子が更に縁もゆかりもない孤児の後見を務める、というのは政治など何も分からないセシアでも、立派なことだと思っていた。


「ああいうところは、王子様ぽいですよね」

「見た目も中身も、お兄様ほど王子様ぽい方なんていないわ!」

 このようにブラコンは証言するが、セシアには頷くことが出来ない。


 何せ、セシアにとってマーカスはあの悪童のような笑顔の似合う、かなりいい性格の男なのだ。


 加えて、マリアには比較的頻繁に会うものの、マーカスの方の姿の彼に会うことは非常に稀だ。

 それこそ、定型文で説明した通り、王城でばったり会うこともなくはないが、元後見人として二言三言挨拶を交わす程度の希薄な関係だった。

 むしろ王子としての彼の姿の方が、印象が薄い。


 でも、メイヴィスの兄への心酔ぶりを見るに、マーカスは彼女にとってとても良い兄であり、理想的な王子なのだろう。

 勿論きっと、それもマーカスの一面なのだろうけれど、妹の知らない一面を、希薄な関係であるセシアが知っている、というのも奇妙な気がした。


 セシアはうううん、と唸りつつ、チーズケーキにフォークを入れて、一口食べる。せっかくの奢りだ、残さず戴こう。

「!美味しい……!!」

 正直奢りだし、としか思わず全く期待していなかったチーズケーキの美味しさに、セシアは唸った。

 もっとお貴族様の好きな、高級なリキュールの味がしたり、謎の葉っぱの装飾がなされている大きな皿に盛られた、可食部の少ないものを想像していたのだが、どっしりとしたピースでみっしりと詰まったどこか素朴でシンプルなチーズケーキは、文句なしに美味しかった。

 逆に、この店で扱っていることが不思議なぐらい、オーソドックスなものだ。これはさぞかし赤ワインに合うだろう。


 未成年の王女の前で言うわけにもいかず、しかしセシアは確信する。


 すると、メイヴィスは驚くほど嬉しそうに笑顔を浮かべた。

「そうでしょう!ここのチーズケーキはとても珍しい、洗練された旨味があるわよね」

「洗練…………まぁ、そうとも言えますかね」

 単純にシンプルなだけでは。


 セシアが言葉を紅茶と共に飲み込むと、メイヴィスはうんうん、と満足気に頷く。

「このお店は以前、お兄様がお忍びでお出掛けになった時に、わたくしにお土産を買ってきてくださったお店なの!あなたを口実にして、一度来てみたかったのよ」

「……ここのケーキは小振りだのなんだの言っていたのは」

「あ、あら嘘じゃないわよ!時々人をやって、買ってきてもらっていたもの!……お店に来るのは初めてでも、ケーキの味はちゃんと知ってるわ!」

 メイヴィスは、恥ずかしさに頬を赤らめてツン!とそっぽを向いた。


 可愛いな、この子。


 セシアは素直に思う。

 そりゃあ、あの悪童王子も、こんなに中も外も可愛い妹がいれば可愛がるだろう。


「……チーズケーキ。マーカス殿下がお土産に下さったものなんですね?」

 セシアがつい微笑んで聞くと、メイヴィスは唇を尖らせたまま、それでもどうしようもなく嬉しそうにコクリと頷いた。





王族にご馳走になってばかりの、主人公…

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