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後日。
謁見の間の扉前まで来たセシアを見て、エスコートの為に彼女をそこで待っていたマーカスは目を見開いた。
燃えるような赤いドレスに翡翠の飾り。二人で踊った、あの夜にセシアが着ていたドレス。
初めてその姿をマーカスが見た時、セシアは慌てて意図を隠そうとしていた。けれど今はその色を纏う意味を十分に理解して尚、堂々としている。
「お待たせしました」
「いや……」
ドレスを摘まんで見せて、セシアは微笑む。
「おかしいですか?……ちょっと太ったかも、誰かさんがたくさん食べさせようとするから」
マリアだ。彼女は会う度に、セシアに栄養のあるものをたらふく食べさせようとする。
「いいや、相変わらず似合っている」
「…………メイ様からいただいた一張羅で、お気に入りです」
大きな掌が差し出されて、セシアはそこに自分の手を重ねる。視線が合うと、マーカスは眩しそうに目を細めた。
「とても美しい」
「ありがとうございます」
嬉しそうに頬を染めて、セシアは美しく微笑み返す。
そして扉の脇に立つ衛兵が、高らかに二人の入室を告げた。
「さぁ行こうか、婚約者殿」
「援護は任せましたわ、未来の旦那様」
二人は視線を絡ませて、悪戯っぽく笑った。
両開きの扉が大きく開け放たれ、真っ直ぐに玉座へと道が続く謁見室が広がる。絨毯の敷かれたその道を、マーカスにエスコートされてセシアは一歩ずつ堂々と歩いた。
背の高いマーカスの隣を歩き彼の色を身に纏うセシアがどんな存在なのか、その場にいる者にとって一目瞭然だ。
ほう、と自然と誰かから溜息が漏れる。それほどに二人は絵になった。
もはや誰もセシアを捨て猫のよう、とは称さないだろう。マーカスは、自分が大切に育んだ想い人の成長が誇らしい。
セシアはマーカスにとって愛する恋人であると同時に、自慢の弟子でもあった。
所定の立ち位置まで来ると、二人は足を止める。
マーカスは、セシアを見て小さな声で囁いた。
「一人で平気か?」
「……はい」
緊張の為か少し青褪めているものの、セシアはしっかりと頷く。勇気づけるように彼女の肩を撫でて、マーカスは王族の並ぶ列へと移動した。彼女を一人で立たせることは心配だったが、ここはセシアの為のステージだ。
しばし間があって、セシアは名を呼ばれる。
「セシア・ディアーヌ・カトリン」
「はい」
彼女は背筋を伸ばし、綺麗な所作でカーテシーをした。これも、アニタに叩き込まれた所作の一つだ。体幹を揺らさないこと、軸足をしっかりを意識すること。
今のセシアは、たくさんの人の教えの元に出来ている。勿論、マーカスに教えられた多くのことも含めて。
たくさんの教えと恩があり、マーカスはセシアの愛する人でもある。
彼に、彼の在り方を変えさせたくない。セシアが彼の弱みになりたくない。
もう捨て猫の自分ではないから、堂々と胸を張って恋を勝ち取りに行く。
顔を上げると、エメロード国王が見えた。
マーカスとはちっとも似ていない、いかにも厳しそうな顔つきの男の人。セシアの父親世代よりは少し年上に見える。
顔を動かさないようにして視線だけで確認すると、王の左右にそれぞれ席を設けられて座っている二人の美しい女性は、正妃と側妃。
特に側妃であるマーカスとメイヴィスの母親であるミュリエル妃は、その容姿がそのまま二人の子に受け継がれたようだ。燃えるような真っ赤な髪も翡翠色の瞳も、この成り行きを面白そうに眺めている様子もそっくりだった。
「今回の件では、特に際立って事件解決に貢献したと聞いている。大儀であった」
王の低い声は、意外にもマーカスに似ている。
声は骨格に関係がある、とどこかで聞いたことがあったのでセシアは驚いたのだが、王子として振る舞う時マーカスは父親をイメージしているのかもしれない。
王がマーカスに似ているのではなく、マーカスが王に似せているのだろう。そう思うと、少し可愛らしい。
フットワークの軽い第二王子が、威厳をイメージする時に一番に頭に浮かぶのがお父さん、なのだ。父親を尊敬していることがよく分かる。
そう思うと、少し緊張が和らいでセシアはほんの少し微笑むことが出来た。
続けて、その落ち着いた低い声が告げる。
「私の王子を二人も助けてくれたことに、礼を言う」
その言葉だけは、父として祖父としての言葉だったのだろう。厳しい目元が僅かに和らぎ純粋な謝意が伝わってきて、セシアの胸はぎゅっ、と熱くなった。
「……勿体ないお言葉です」
セシアが平民であることは、この場にいる誰もが知っている。不敬にならないように、言葉を選んでなるべく短い返答を心掛けた。
その甲斐あってか王は鷹揚に頷き、次に一段下に立つセシアには誰なのか分からないが恐らく進行役の、何かしらの高い地位にいるであろう年嵩の男性が書類を読み上げた。
今回の事件解決に活躍した者の名と、与えられる褒賞だ。騎士には名誉を、他のものを望んだ者にはそれ相応のものをすでに下賜されたことが説明される。
セシアは特にジュリエットに肉薄し様々な場面で活躍したので、直接国王陛下の言葉を賜る場を設けられたのだ。
と、いうことは今、ここに居並ぶ王族や大臣はセシアの為に集まっていることになる。
別の意味で背中に冷や汗が流れたが、無理矢理張り付いたような笑顔を維持して乗り切った。確かにこの場はセシアとマーカスの仕掛けの舞台にぴったりだが、緊張しない筈はないのだ。
ちらりと参列する王族を見遣るとメイヴィスは心配そうにこちらを見ているし、王太子妃であるイーディスは大切そうにロナルドを抱いてこちらに感謝の視線をくれている。
ちなみに当のマーカスはニヤニヤ笑いが隠せていないので、後でまた殴ろうと思う。今度はグーだ。もう遠慮はいらない。
「そこで、セシア・カトリン。そなたの望む褒賞を与える、申してみよ」
セシアは経理監査部二課に配属になって一年。
その間に王女を助け、侯爵令嬢を助け、王子様を二人も助けた。うち、一人はなんと未来の王様だ。これは総合的にみて、十分に国を救った、と言ってもいいのではないだろうか。
舞台の仕掛けはシンプルだ。いつか当の王子様たるマーカスの言っていた言葉。
「それでは、恐れながら申し上げます」
救国の褒賞ならば、王女を娶ることも可能。
セシアは女性なので、王子をいただいても、いいだろうか?
「マーカス・エメロード様を、私の伴侶にいただきとうございます」
燃えるような赤髪の、素敵な王子様。彼が欲しい。
謁見の間は瞬間、何を言われたのか分からず沈黙が満たした。
セシアは皆の表情を見逃さないようにつぶさに見遣り、反応を待つ。先程の男性、議会で議長を務めるフォード伯爵がようやく口火を切る。
「王子妃になりたい、と言うことか?」
「違います、マーカス様が欲しいだけです」
熱烈な告白のような言葉だった。メイヴィスなどは顔を赤くして上品に口元に手を当てているものの、ここが謁見の間ではなく自室だったならば喜びの歓声を上げていたところだろう。
「かの方はエメロードの宝、おいそれと平民に下賜出来る存在ではない」
ハッキリと言われて、セシアは内心でほくそ笑んだ。そうこなくては、仕込みの意味がない。この場できちんと反論をもらい、それを打破してこそ完璧にマーカスを手に入れたことになるのだ。
「議長、それに関して話をしたいという者がいるのだが、通しても構わないだろうか」
マーカスがフォード伯爵に声を掛けた。彼は王子の発言を聞いて驚いたように目を丸くしたが扉の前に立つ衛兵が身元を確認済みなのを知らされて渋々許可を出した。元より王族や重要な地位に就いている者ばかりが集っているこの場の警備は厳重なので、一人ぐらい予定外の人物が現れても問題ない、と言う判断だった。
マーカスが許可を受けて、衛兵に目配せをする。扉が再び開き、現れた人物を見て皆不思議そうな表情を浮かべた。




