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 時が止まったかのような沈黙の後、言葉の意味を理解したセシアは咄嗟に叫ぶ。


「むっ、無理です!!!」

「嫌ではなく、無理ときたか」

 傷ついた様子もなくマーカスは笑う。たくさんセシアを傷つけてきたから、今マーカスが彼女に傷つけられることすら甘んじて受けるべきだと考えていた。

「私、平民ですし、あなたは王子様ですし、ええと、私……私」


 つまるところ、セシアがマーカスとの恋の成就をちっとも期待していないのはその所為なのだ。


「身分の違いならば、俺が解決してみせる」

「駄目です!そんな特別扱いしたら、後できっと問題になる……私の所為で、あなたにケチがつくのが嫌なんです……!」

 マーカスのことだから、例えばセシアを上位貴族の養女にするだとか何かしらの解決策を用意出来てしまうだろう。だが、それでは駄目なのだ。

 マーカスがこの国で自由で、発言権があり信頼されているのは、彼が公平で正しいからだ。

 いくら王子でも私利私欲で権力を使う者を、国は許しはしない。ジュリエットへのグウィルトからの仕打ちは行き過ぎたそれだと思うが、国の規模で考えれば何かしらの制裁が下るのは当然のことと言えた。


 国と民を守ることに尽力しているマーカスに、これまで命を懸けて精一杯王子として務めてきた彼に、セシアの所為で瑕疵がつくのは耐えられない。

 彼には最も自由でいて欲しかった。


 そんなことになるぐらいならば、セシアはマーカスから離れた方がマシだ。


 甘い恋のときめきなど露ほども感じさせず、頑固なほどの強い意志を滲ませるセシアの宣言にマーカスは照れ臭く感じて笑った。

「笑いごとじゃないんですよ!」

 ここでも叱られて、悪い、と取り成す。

「すまん、そこまで俺の主義を貫こうとしてくれてることが嬉しくてな」

「……殿下が、役目の為に我欲を律してることぐらい、少しでもあなたと共に過ごせばすぐ分かります」

 セシアは手を引いたが、まだ離してはくれない。

 マーカスは、もうセシアの手を離すつもりはないのだ。


「……だから、自分は告白してスッキリしておいて俺から離れようとしてたのか?」

「!なんで、分かって……」

「それこそ、すぐに分かる。五年の付き合いを舐めるな」

 五年。

 そう、セシアとこの人はもう知り合って五年も経つのだ。

「……殿下のことは、三年分しか知りません」

 負けん気だけでセシアがそう言って抵抗すると、マーカスは楽しくなって声を上げて笑う。彼女といると、マーカスはたまらない気持ちになるのだ。

 守りたい、大切にしたい、自由であって欲しいし、傍に留めておきたい。

 傷つけたくないけれど、傷つくのならば自分の所為であって欲しい、とも思う。


 国や民、家族の為ならばマーカスはどれほどだって我慢が出来る。

 それが一番いい方法だとしたらその相手に二度と会えなくなっても、相手の幸せの為に離れることも出来た。


 でもセシアだけは手放せない。彼女を幸せにするのも、不幸にするのも、自分でありたい。

 そして願わくば、一緒に幸せになりたい。


「分かった。それがお前の望みならば、俺は俺の主義を変えることなく誰にもケチがつけようがないぐらい、完璧に障害を取り除こう」

「だから、そういう話じゃなくて……」

 セシアが困惑すると、マーカスは強引に言葉を奪った。


「セシアのことが好きだ。愛している。必ず幸せにするから、俺のことを幸せにしてくれ」


 カッ、とセシアの顔が赤く染まる。ストレートな言葉は、プロポーズの言葉よりも直接彼女の心を揺さぶった。

「そんな言い方、ズルい……」

「伝えたいだけ、と言ったお前に言われたくないな」

 ニヤ、と悪童のような笑みを浮かべてあの空き家での告白を持ち出されては、セシアは閉口するしかない。

「……絶対に、誰にも文句言わせない方法があるんですね?」

 用心深く確認してくる現実的なセシアに、マーカスは鷹揚に請け負う。

「それに関しては既にアテがある」

「……王子の権力とか、使っちゃ駄目ですからね」

「……しつこいな。ここはロマンチックな場面だぞ、返事は肯定一択しか許さん」

 食い下がられ過ぎて、さすがのマーカスも拗ねてしまいそうだ。本命の女性を口説くというのはこれほどまでに困難だったのか。

 全ての恋人達に、マーカスは明後日の方向ながら尊敬を募らせる。


「……なぁ、そろそろ折れてくれよ」

 彼がそう言うとぼろっ、と大粒の涙がまたセシアの瞳から零れた。

「……今日はよく泣く日だな」

「原因を作った人に言われたくない、です……!」

 気が強くて、意地っ張りで、年頃の娘なのに信条が徹底抗戦などと物騒な彼女。

 本当は素直で努力家で、寂しがり屋な、マーカスの可愛くていとしい捨て猫。


「……好きだ。俺と結婚してくれ」


 二度目の言葉には、もうセシアは逆らえなかった。

「はい……私も、あなたのことが好きです」

 瞬間、マーカスがセシアの腰を掴んで抱き上げる。突然高くなった視界に、彼女は悲鳴を上げた。

「ひゃっ!?殿下!」

「言ったな、もう取り消し不可能だからな!」

 子供みたいなことを言って晴れ晴れとした笑顔を浮かべる彼を見ていると、セシアは何もかもどうでもよくなってしまう。

 この笑顔を引き出せるのならば、セシアは自分の何もかもを引き換えにしたって構わない。


「はい。あなたが私を拾ったんです、もうどこにも行きません」

「ああ、二度と離さん」


 しっかりと彼女を抱きしめて、マーカスは幸福な溜息を吐いた。





 ところで。

「……殿下と結婚するということは、私、王子妃になるってことですよね」

「ああ。どうした、突然権威欲でも出て来たか?」

 地面に降ろしてもらったものの、マーカスに正面から抱きしめられているセシアは何やらブツブツ言い始めた。解けた黒髪をいじりながら彼は首を傾げる。

「いや、権威とかよく分からないので……ということは、私と殿下は対等ってことですよね?」

「夫婦とはそういうものだろうな」

 王妃や、マーカスとメイヴィスの母親である側妃も、必要であれば国王にきちんと意見をする。それは限りなく立場が近しいからだ。対等、と言っても差し支えないだろう。

 マーカスが話の着地点が予想出来ずに更に首を傾げつつ返答すると、セシアはうんうんと頷く。

 だが、着地点は分からないなりに、彼の脳裏で警鐘が鳴る。


「…………セシア」

「略式ながら婚約が成立し、私とあなたは対等な立場になったということで、付きましては殿下」


 にっこりとセシアは微笑む。五年の付き合いでも初めて見る、とても可愛らしい笑顔だ。

 嫌な予感しかしない。


「落ち着け、セシア」


「歯ぁくいしばってください」

 拳を握った婚約者が、そこにいた。



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