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 しばらくしてそっと抱擁を解くと、セシアは泣いてしまったことが恥ずかしいのかわざと唇を尖らせる。

「それにしてもあの外交官、しれっと全部の罪をジュリエットに負わせて……!なんて酷い」

「お前はジュリエットのことは許さないと思っていたが」

「許してません!それでも……生きて償わせるべきだったと思っています、死んじゃったら何にもならないのに……」

 セシアが言葉に詰まると、マーカスは彼女を抱きしめる腕に力を込めた。確かに死んでどうなることでもない。


 でも、死ぬことでしか贖えない罪もあるのだ。誘拐されて他国に連れて行かれた女性達は、身寄りのない者も多かった所為でそもそも誰が連れ去られたのか把握しきれておらず、取り戻すことは難航している。

 またアクトン侯爵令嬢であるエイミーを筆頭に、麻薬の後遺症で悩んでいる者も多い。


 それらの追跡捜査の為に、ジュリエットからの情報はまだまだ喉から手が出る程欲しかった為もしも留め置くことが出来るのならば生かしておく、というのがエメロードの考えだったが、当然全ての情報を聞き出した後には処刑が待っていただろう。

 エメロード側としては、情報を引き出すことも出来ず、司法の手も届かないところにジュリエットを一方的に連れて行かれたという点では、グウィルトへの強制返還も暗殺も大きな差はない。


 罪を犯した王女が不幸な事故で亡くなった、という体裁を手に入れたグウィルトの方にメリットがあったぐらいだろう。

 だがグウィルト領海での事故、に見せかけた暗殺ということはこれでいよいよジュリエットの独断ではなくグウィルトが裏で彼女に指示していたことは疑いようもなくなった。

 唯一証言の取れそうなグウィルトの外交官、元ペック伯爵は今だ黙秘を続けていて望みは薄い

上に、五年間エメロードにいたアニタもジュリエットの背後については詳しくないのか証言しない。

 だとしたら、悔しいがこの件はここで終わりだ。ジュリエット王女の、独断専行。そんなお粗末な結末で一番悔しいのは当のジュリエット自身だろう。


「絶対グウィルトの国家ぐるみの陰謀なのに、暴くことは出来ないんですか?」

「……証拠がない。ジュリエットはエメロードに何も証拠を残さなかった、最後ですら現行犯だったから言い逃れが出来なかっただけだ」

「……」

 セシアは縋るようにマーカスを見つめる。悔しい。何もかもが、悔しい。

「…………だが、今回は我々の勝利だ」

「え?」

「アニタを失い、ジュリエットを逃がしグウィルトの罪を追及する術はなくなったが、運河の交通に関する交渉はエメロードの有利で進めることが出来た」

「……はい。でもスッキリしません」

「国家間のことは白黒割り切れることの方が少ない。スッキリさせようとすれば、究極戦争になるだろう」

「!」

「いや、これは極端な例だ。そうならない為に議会があり、法がある……万が一戦争をやって白黒つけたところで、一番被害を受けるのは国民だ」

「……そうですね」


 何も悪くなかったアニタを、ここまで歪めてしまったのもまた国の在り方だった。恐らくジュリエットも。

「それこそ最も避けるべき事態。今回はエメロード側に有利な状況で終わり、国民の生活はいくらか豊かになるだろう。我々は私怨で動いているわけではなく、国益……国民を守る為に動いているのだから」

「なるほど……そう考えれば、確かにエメロードの勝利ですね」

 スッキリしないのは変わらないが、目的を果たしたのはこちらなのだ。


 今日も明日も明後日も、この平等ではない世界で生きていくしかないのだ。




「話ってこれだったのか。わざわざ面会を申し込まれたから、俺はてっきりジュリエットに捕まったのを叱られるのかと思って警戒していた」

 マーカスが朗らかに笑って言うと、セシアは赤くなった目元を吊り上げてキッと彼を睨む。どうやら藪蛇だったようだ。

「それは怒ってます!あんな……わざと捕まるようなことをしたでしょう?」

 ジュリエットの部屋に行った時点で、あの展開を期待してなかったと言えば嘘になる。

 セシアの髪に後で追跡出来るように魔力を付与しておいたのも、魔法錠が掛けられてしまえばマーカスの方から連絡を取ることも伝令が届かなくなってしまうことも想定済だったかのような動きだった。


「……そんなことないぞ」

 マーカスとしてもジュリエットの侍女達があんな愚かな行動に出たのは予想外だったが、結果最短ルートでロナルドの元へ行けた、と思っている。

「目を反らさないでください。あなたは、自分を餌にするところがありますから……皆、あなたのことが大切なので心配なんですよ」

 セシアが目を伏せて言うと、その濡れた睫毛を眺めながらマーカスは口を開いた。

「…………あの時点では証拠がなかった、ロナルドがどんな扱いを受けているかも、赤子の体力がいつまで保つかも分からなかったしな」

 言外に他に方法がなかった、と言われても簡単に納得出来るものではない。セシアが無言で彼を睨んでいると、両手を上げて降参のポーズを取った。


「……心配をかけて悪かった」

「でも同じ状況になったら、何度でも同じことをするんですよね?」

「当然だ」

 あっさりと言われて、セシアは唇を噛む。

「…………本当に、そのすました顔を殴ってやりたい」

 それと聞いて、マーカスはまた笑ってしまった。こちらは問答無用で殴られるぐらいの覚悟で来たのだから。

「構わないぞ、それぐらい心配を掛けた自覚はある」

「……私には、その権利はありません。不敬に当たります」

 セシアは悔しそうに顔を反らす。


 だらりと垂れさがった彼女の手を握って、マーカスは気を引くように力を籠めた。

「お前にはその権利があるよ、セシア」

 そう言うと、彼はその場に跪く。大きな両手で手を握られて、セシアは驚いて目を丸くした。

 滅多に人が来ない場所だと言っても、絶対ではない。王子が跪いている姿など見られたらどうなることか。

「殿下、膝をつくなんて……!」

「……ジュリエットに錠を掛けられた時は気が狂いそうな程腹が立ったが、こちらはなかなかいいな。これが正式な所作だろう?」

 ニヤリとマーカスは笑う。青褪めるセシアの手に、音をたててキスをした。

「え」


「俺と結婚してくれ、セシア」



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