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 だというのに、あのセシアとかいう貧相なメイドがおかしな介入をしてきた所為で、急遽シナリオを書き換える必要が出てしまった。


 勿論機転の利くジュリエットは、事態の動きを見ながらその場でシナリオを書き換え、自身の望む方向へと強引に流れを引き寄せてきた。

 しかし、少しずつのズレが生じた所為で完璧だった計画は崩れ始め、致し方なくいくつか優先順位の低い条件は無視するしかなくった。


 一つは、ロナルドの死を事故に見せかける余裕がなくなったこと。

 二つは、仲の良い王太子夫妻になる筈の未来の夫・マーカスの心を壊して、真実操り人形にするしかなくなってしまったこと。

 ロナルド殺害の罪を、逃亡中のあのいけ好かないメイド、セシアの犯行に見せかけるつもりだったが、今となってはそれも不可能だ。

 余計な手間ばかり増やされて、ジュリエットはセシアに苛立っていた。


 破綻の発端は、ジュリエットがマーカスのことを見た目通りの気楽で暢気な王子様だと判断してしまったことに始まっているのだが、彼女はまだそのことに気付いていなかった。


「傀儡の魔法は禁術。しかも、操り人形にしちゃうのに、その対象の承認がいる、だなんて馬鹿みたいな方法なんですもの、そりゃあ廃れますわよね……」


 ペック伯爵からジュリエットはロナルドを渡されて、嫌そうに顔を顰める。彼女はふにゃふにゃした赤子も、理屈の通じない子供も大嫌いなのだ。

 その間に伯爵はマーカスに近づくと彼の腕を切りつけて、用意してあった傀儡の術を作動させる為の魔導具にその血を垂らす。

「さ、目の前で甥を殺されたくなかったら承認なさってマーカス様。大丈夫、あなたを立派な王様にしてさしあげますわ、このわたくしが」


 ロナルドにナイフが向けられる。ジュリエットは、マーカスが断れば本当にあの柔らかな稚い肌に凶刃を突き立てるだろう。

 だが。


 魔法錠を付けられていて尚、ぴりぴりとマーカスの肌を魔法の気配が取り巻く。ここに連れて来られる前に彼が仕掛けた目印が近づいているのが分かる。

 可愛い、捨て猫。アンカーを授けたマーカスの懐刀。


「……俺はアンタより数倍人を見る目があってな。チャンスは絶対に逃さないんだ」

「は?」

「俺の部下は優秀なんだよ」

 そう断言した途端、窓と扉の両方が激しい音をたてて開き、弾丸のように人が飛び掛かってきた。


 キースとフェリクスだ。キースがペック伯爵を殴り飛ばし、マーカスの肩を連れて下がる。

 一方フェリクスが向かってきたことを認めたジュリエットは、すぐさまナイフをロナルドに突き立てるべく振り下ろした。

「待て!!」

 フェリクスが怒鳴るが、当然待つわけがない。が、フェリクスに続いて部屋の戸口に現れたセシアが、すぐさま魔法を飛ばした。

「させない!」


 正確無比な精度で放たれた風の魔法はジュリエットの腕を射貫き、ナイフを吹っ飛ばす。


「痛っ!」

「さすがっ!」

 フェリクスはそう言うと、素早くロナルドの奪還に成功した。ジュリエットは状況を悟ると、ペック伯爵に怒鳴る。

「わたくしを連れて逃げなさい!!」

「は……」

 ペック伯爵が逃げの体勢を取ろうとするのを見て、セシアは高らかに笑った。


「どこに逃げるの?」


 彼女がそう言うと共に、ドカン!と派手に船室の天井を吹き飛ばす。強風を受けて開けた視界には、今彼女達の乗っているグウィルトの船。

 そして、それを取り囲むようにずらりとエメロードの船隊が揃っていた。


「いつの間にこんな……!物音などもしなかったのに」

ジュリエットが思わずそう零すと、セシアは誇らしげに長い黒髪を風に遊ばせて笑う。

「私の魔法の師匠は天才なの。殿下が私に残した魔力で彼の位置を正確に割り出し、同時に防音魔法を逆に掛けてあなた達に悟らせないようにすることだって出来ちゃうんだから」


 エメロード側の船に乗っている騎士や兵士達は、魔法錠を掛けられて血を流すマーカスとフェリクスに抱かれているロナルドを見て咆哮を上げる。びっしりと血のついた魔導具も勿論そこに在り、誰がどう見ても言い逃れ出来ない状況だった。



「この……っ!」

 もはやこれ以上はどうしようもないのだと悟ったジュリエットは、セシアを睨みつけて床に落ちたナイフを驚くべき速さで掴んだ。そのままセシア目掛けて突進してくる。

 セシアに言わせると“悪役のセオリー”だ。


「セシア」

 マーカスの落ち着いた声が耳に届いて、セシアはゆっくりと魔法を構築した。この瞬間をどれほど心待ちにしていたことか。

「大丈夫、手加減してあげるから」

 言うが早いか、セシアはナイフを躱しその勢いのまま魔力を乗せた掌底打ちをジュリエットに叩き込んだ。

 ゴッ!という鈍い音がして、ジュリエットの体が壁に叩きつけられる。


「……いいの入ったなぁ」

 キースがボソリと呟き、マーカスはそんな場合ではないのに誇らし気に笑ってしまった。

 勿論、他の面々もこの状況を単純に観戦していだけではない。そのキースは、ジュリエットすら置いて逃げようとするペック伯爵を投げ飛ばし、拘束する。

 気絶したジュリエットにも縄を掛けられ、次々に船に移ってきたエメロードの騎士が彼らを連行していった。

 長々とジュリエットと会話をして時間を稼いだ結果、あっという間の捕り物だった。

 グウィルトの船内にいたジュリエットの手下は既に拘束済であり、ロナルドがペック伯爵の腕から離れる瞬間を見計らっての突入だったのだ。


 その後に風通しのよくなった船室に現れたのはレインで、彼はマーカスに掛けられた魔法錠を忌々し気に壊すと、敬愛する王子の前に跪く。

「お迎えに上がりました、殿下」

「ご苦労」

 いかにも王子らしく鷹揚に頷くと、マーカスは自分で傷を癒した。その姿を、セシアは怖い顔で睨みつけている。


 これは後で叱られるなぁ、と思いつつ、マーカスは気付かないフリをしてフェリクスに抱かれた甥の様子を見に向かう。

「ロナルドはどうだ?」

「……呼吸は安定しているので、眠っておられるのかと」

 フェリクスが慎重な意見を言うと、ロイが小走りに駆けてきた。

「ロイ、ロナルドを診てくれ」

「王子!ご無事でよかったです……!はいはい、こちらの小さい王子様は大丈夫ですよ、魔法で眠っているだけですね」

 さっとロナルドに手を翳したロイは、朗らかに言う。

 殺すつもりだった所為か、赤ん坊にはごく一般的な眠りの魔法が掛けられているだけだった。


 ロイが慎重にその魔法を解いた途端、ロナルドは元気いっぱいに泣き出して周囲は大慌てだった。


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