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「まぁいいわ。ちょっと予定が早まってしまったけれど、どうせあなたにはこちらにおいでいただく予定だったの。感動の再会をさせてさしあげるわ」


 ジュリエットが指を鳴らすと、扉が開いて一人の男が入って来る。

 気配のしない動きやその背格好から、貴賓室でマーカスを背後から殴りつけた男だと直感した。

「ドーソン・ペック伯爵……だったか。グウィルトの外交官の名は」

「ペック伯爵がどうかなさいました?」

 ジュリエットは素知らぬフリをする。


 かの外交官と思しき男は、まるで仮面舞踏会にでも出席するかのような大仰な仮面を付けていたのだ。

 先程もマーカスを殴ったのは侍女達の失態だと責めていたが、実行犯の男の話をしないのは不自然だと思ったらアニタや侍女と違い彼は捨て駒ではないらしい。

 一度マーカスに顔を見られていても、証明する手立てがない以上ペック伯爵のことは隠し通すつもりなのだ。

 それでも本来ならば表舞台には登場させないつもりだった彼が顔を隠してまでここにいる、ということはジュリエットはかなり追い詰められていて、彼を使わざるを得ない場面、というあたりだろうか。


 マーカスが冷静に考えていられたのはそこまでだった。ペック伯爵が抱えているものを見て、目を見開く。


「ロナルド!」

 彼が吼えると、ジュリエットはその叫びがまるで甘露であるかのように受け取った。伯爵が抱えていたのは、魔道具とすり替えられたロナルドだった。

 マーカスの背後をとった動きといい、ペック伯爵は外交官というよりも暗殺者か密偵のような存在であり、そのおかげで動揺する母親の鼻先から赤子を奪うという芸当をやってのけたのだ。


「ええ、可愛らしい小さな王子様。しかもまだ生きてるんですのよ?感動の対面でございましょう?」

 ジュリエットはようやく機嫌よくにっこりと微笑む。


 マーカスが身じろぐと、重たい魔法錠がじゃらりと音をたてた。

「あら、おかしなことを考えないでくださいませ。可愛い甥っ子を殺されたくはないでしょう?」

 彼女の部下が抱く、魔法で眠らされているらしいロナルドを見せつけて、ジュリエットは笑う。

「……貴女の計画では、俺が何もせずともロナルドは殺されてしまうようだが?」

 マーカスを王にする為には、現在彼よりも王位継承権の高いロナルドは障害になる。ここで生かしている意味は分からないが、ジュリエットの計画では最終的には兄のレナルドも甥のロナルドも生かしてはおかない筈だ。

「それでも、まだ1歳にもならない幼子の死を早める程、あなたは残酷ではない筈ですわ」

 確かにそうだ。


「マーカス様、傀儡の術ってご存知かしら」

 ロナルドをすり替えた魔道具が禁術で作られたものであることから、ジュリエットの陣営に禁術使いがいることは想定していた。目的が曖昧だった為憶測は控えていたが、マーカスを王にすること、が目的ならば彼女達の計画の主旨も自ずと分かる。

「……なるほど?ロナルドの命を盾に、俺に傀儡の術を受け入れろ、と」


 禁術の知識は、王族としてある程度教え込まれている。

 人の心を壊した後に操る傀儡の術は、その内容からして禁術であることに納得出来るが、術を施す際に傀儡となる者の承諾がいる、というそもそも歪んだ術なのだ。


 ジュリエットは、傀儡としてマーカスをエメロードの次期国王にしたいのだ。

 その為には、彼よりも継承権の高いレナルドとロナルドが邪魔であり、この慶事のどさくさに紛れてまず幼子のロナルドの方を殺害しようとしているのだ。

 マーカスが動こうと動くまいと、ジュリエットはロナルドを殺すつもりだ。しかし、だからといって、マーカスが甥を見殺しになど出来る筈がないのだ。

 彼女の計画で死にゆくことが決定しているとしても、この場においてロナルドは人質としてマーカスに対して有効だった。


「まぁ怖い。マーカス様は、魔法だけではなく剣技や体術にも優れていると聞き及んでおりますもの。下手なことをしたら、躊躇いなくこの赤ん坊の喉を掻っ切るように命じてありますので」

 ジュリエットは機嫌よく笑って言う。

 それを聞いて、マーカスは歯を剥き出しにして凶悪な表情で嗤い返した。

「ジュリエット王女、ロナルドを丁重に扱うように部下に命じろ。その子に傷の一つでもつけたら、俺は何をするか分からんぞ」

「フフ、強がる姿も魅力的ですわ。あなたの心を壊すのは、本当に勿体ないぐらい」


 元々ジュリエットの計画ではロナルドやレナルドを殺害することは、マーカスに悟らせないつもりだったのだ。

 まずは物理的に弱いロナルドを殺し、マーカスとジュリエットが結婚してから頃合いを見て王太子であるレナルドを殺す計画だった。王位継承権の高い者が立て続けに亡くなれば、当然疑いの目が向くのは次に継承権の高いマーカス。

 実際に彼を王位に就かせる為の画策なのだから、あながち間違ってはいないのだがそれではジュリエットの計画に支障が出る。

 なるべく周囲にそうと疑われないように、長期間を掛けてマーカスに王位を授けるつもりだった。


「出来れば、壊すのは勘弁願いたいものだ」

「もうその段階はとっくに過ぎていますのよ、他ならぬあなたの所為で」

 マーカスがぴり、と粟立つ肌に顔を顰める。


 傀儡の術も遺体とすり替える為の魔導具も、用意してきてはいたけれどジュリエットは使う予定ではなかった。特に魔導具の方は高価で希少なものなので奥の手として持っていただけだ。

 彼女とて計画が順当に進められるのならば、自らこんな面倒なことはしたくなかったし、マーカスが悉く邪魔してさえいなければ上手く行っていたのだ。


 ジュリエットは、時間を掛けることの重要性を理解している頭目だ。

 マーカスを懐柔する間に、誘拐組織や麻薬組織、更には別の金になる犯罪組織をエメロード国を苗床として育て、この国を弱らせると共にグウィルトに資金を流す計画だった。

 政治よりも金儲けが得意なことを彼女は誇りに思っているし、事実これまでその手腕を遺憾なく発揮して、故国であるグウィルトに貢献してきた。


 今回も、マーカスが余計なことをしなければ彼にそうとは気づかれずに操る自信はあった。


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