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「このショコラムースと、柑橘のタルト……ううん、やっぱり梨のタルトにするわ。それとチーズケーキ!」


 休日。セシアは、王都の貴族街にある店に来ていた。

 予約必須であり、客一組ずつに個室が用意される貴族の好みそうな高級喫茶店だ。

 落ち着いた飴色の家具、精緻な刺繍の施されたクッション、磨き抜かれたシャンデリア。


 向かいの席にはメイヴィスが座っていて、今日は比較的シンプルな外出用のドレスを身に纏っている。赤毛は二つのお下げ髪に結われていて、ちょこんと座っている姿自身がまるで人形のように可愛らしい。


 王族ってこんなに簡単に城下に降りられるものなんですか?

 セシアは疑問に思う。先日のマリアは、まあマリアなので何も言うまい、と思っていたが、正真正銘箱入りのお姫様であるメイヴィス王女殿下が、貴族街とはいえ城下の喫茶店でお茶をしている光景なんて、ド平民のセシアには想像したこともなかった。


 当然、目立たないように大勢護衛がついているのだろうけれど、今は店の給仕以外には、扉の横に立つ侍女長のアニタしか確認出来なくて不安になる。


「どろ……あなたは何にする?」

「私は、お茶だけで十分です」

 また泥棒猫って言おうとしたな!?とセシアはぎょっとしたが、TPOは弁えているのかメイヴィスが言い直した為、セシアの方もごく落ち着いて対応した。


「食べないの?ここのケーキは小振りだし美味しいわよ。遠慮しなくても、勿論私が連れて来たんだから、ご馳走するわ」

「じゃあチーズケーキとほうれん草のキッシュをお願いします」

 あっさりと掌を返した上に考え得る一番がっつりした選択をしたセシアに、メイヴィスはぽかん、と口を開けた。


「……お腹減ってるの?」

「はい。食事まだだったので」

「軽食を用意させましょうか……?」

「いえ、ケーキが売り物の店にそこまで強いるのは」

 単純に昨夜セシアは、図書館で借りてきた面白い論文を読みふけった所為で夜更かししてしまい、この約束の時間ギリギリだった為食事をしていないだけだ。

 人を欠食児童のような目で見るのはやめていただきたい。が、ご馳走してくれるというのを強く拒否するつもりもない。


「そう……まぁいいわ」

 なんとか折り合いをつけたメイヴィスが、居住まいを正す。

 それから彼女は、母と兄とお揃いの翡翠色の瞳でじろじろとセシアを観察した。


 寝坊したので適当に櫛を入れただけの髪や、シンプルな服装はこの店では明らかに浮いている。しかし前回城内で彼女を呼び出した時はきちんとした身なりをしていたので、今日は本当に休日モードなのだろう。


 少し痩せた体躯に、長い黒髪。濃い紫の瞳は綺麗だと思うし、顔立ちも整ってはいるが、メイヴィスの尊敬する兄に相応しい淑女には、逆立ちしたって見えない。


「あなたには、いくつか質問に答えてもらうわ!」

「マーカス殿下とは恋仲じゃないですし、愛人でもないです。学生だった頃に後見を務めていただいていたご縁で、城内でお見掛けした際にはご挨拶させていただく程度の仲です」

 メイヴィスの言葉に被せるように、セシアはいつもの定型文を口にする。


 第一王子殿下は国王陛下そっくりで、岩を削って行けば彼のようになるのではないか、と言われている程厳格な人柄で知られている。

 勿論名君である父王譲りの素晴らしい次期国王陛下になられるだろう、と国民は皆王太子殿下を慕っているが、恐れ多く近づきがたい気持ちを同時に抱いていることも事実だ。


 その点、他国の王女が生母であり、文化と芸術を愛し、学園の理事にも名を連ねているマーカス第二王子は、その華やかな容姿や、王の名代として比較的重要度の低い式典などの出席も任されている身であることも相まって、国民にとっては親しみやすく人気が高い。


 正妃と側妃と母は違えど兄弟仲はすこぶるよく、世継ぎ問題など無縁。国民は国の次代は盤石だと確信している。

 その為、人気のある第二王子を好きだと公言することに対して誰も戸惑いがなく、王城内にも彼のファンは多い。


 結果、セシアは学生時代と変わらず、

「あの方に目をかけられてるからって、いい気になるんじゃないわよ!」

 と呼び出されることの多い日々を送っているのだ。


 学生の時ならばいざ知らず、就職して社会人となったセシアはもう大人だ。一人一人と戦って勝利していくわけにもいかず、この定型文をお伝えすることでなんとかお帰りいただくようにしている。

 事実、セシアとマーカスの間には現在元後見人と元被後見人、という関係しかないのだから。

 マリアのことを考えると、話は少しややこしくなるのだが、マリアの存在自身が秘密なので、わざわざ話す必要はない。


「そ…………そんなこと、まだ聞いてないじゃない!」

 また小さな口をぱかん、と開けていたメイヴィスは、顔を赤くして慌てる。

 セシアとしては、王女を揶揄うつもりは毛頭なく、ただ手間を省いてさしあげたつもりだったのだが、彼女はぷりぷりと怒り出してしまった。


「え、でも王女殿下が私を呼び出して聞きたいこと、なんて王子との関係ぐらいですよね?大丈夫です、私こういうの慣れているので」

「……慣れてるの?」

 メイヴィスは恐る恐る聞いてくる。


 この短い間に何度も思ったのだが、この王女様。確かまだ13歳だと聞いているが、こんなに純粋で大丈夫なのだろうか。

 あの兄に万が一にも似て欲しくはないが、もう少し警戒心や狡猾さを身に着けないと、この先大変なのではないだろうか、とセシアは休日返上で呼び出しに応じている身ながら心配してしまう。


「ええ。学生時代も、今も、しょっちゅう呼び出されては水を掛けられたり、教科書を破られたり……」

 セシアが言うと、メイヴィスは口元に両手を当てて震えた。

「何よそれ!そんな酷いことをされていたの!?学園は日々生徒たちが共に研鑽を積む場だと聞いていたのに!」


 メイヴィスは悲鳴のような声を上げた。



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