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幸い似た事象を知っている者がいた為、速やかに調べられた結果、ロナルドの遺体とされていたものは魔道具だということが分かった。
それは今はどの国でも禁術とされている方法によって造り出される魔導具であり、その材料が人骨なのだ。
本物の遺体そっくりに化ける為見分けることが困難だが、解呪自体はさほど準備のいるものではない。その為今は必要な処置を施されて魔導具の姿に戻っていた。
「この魔導具は使い切りで、一度誰かの遺体に化けさせた後は魔道具に戻ったところで二度と使えないそうです」
マーカスが言うと、レナルドは痛ましそうの目を細めた。
一度は我が子の遺体だと思ったものだ。騙された怒りはあるが、材料を聞いてしまうとただ怒りをぶつけるだけではいられない。
「……使われた人骨が誰のものかは分からないのか」
エメロードの貴族に多い、金の髪に青い瞳の精悍な男性。現国王によく似た、巌のように強い印象の容姿と意志を持つマーカスの自慢の兄だ。
そんな彼が、こんな風に戸惑った姿を見るのは初めてかもしれない。それほど、現状は常軌を逸していた。
「他の材料と混ざってしまっているので、誰のものかまでは……」
マーカスが目を伏せて言う。彼も出来れば遺骨を正しい場所に返してやりたかったが、すでに跡形もなく他のものと混ざり合ったそれは、別々に分けることは不可能だった。
「そうか。その……この為に殺された……という可能性はあるのか」
レナルドが厳しい顔つきになって言う。
その可能性はゼロではない、とマーカスは思ったがそれももはや彼らにはどうしようもないことだったので、一番可能性が高いことを口にした。
「……この魔導具の存在を知っていた者の説明では、白骨化してある程度時間が経ったものが使われるそうです。恐らく……墓などから掘り起こされて利用されたのではないか、と」
「そうか……」
今回の所為で殺されたわけではない、ということは全く事態を好転させてはくれない。事実遺骨を利用された、亡くなった人がいるのだ。
それでも、告げられた者にはほんの少し慰めになった。
「……既にこの魔導具は役目を終えているということでいいのか」
「はい」
「では国の管理する墓地に丁重に埋葬しよう。悪しき思惑により、死後もこのように利用されたのであってはさぞ無念だろうが、せめて静かに眠れるように」
「……手配します」
マーカスが言うと、レナルドは頷く。
我が子の遺体ではなかったからと言って、手放しで喜ぶには方法が悪すぎた。このような禁術を使う者を、エメロードで野放しにしておくわけにはいかない。
「ジュリエット王女が犯人だという証拠はないんだな」
「はい。ですが、犯人は彼女です。調査を続けさせてください」
マーカスの珍しい強引な言葉に、レナルドは弟の顔をじっと見る。
母親似の整った顔は僅かに緊張を孕み、それ以上に燃え盛るような怒りを湛えていた。
「……緊急議会を開廷させる。そこで耄碌ジジイ共を頷かせてみせろ」
「必ず」
数刻後、王太子と第二王子の連名で緊急に招集された議会の中で、マーカスは大演説をさせられていた。
絹の布に包まれた魔道具を手で指し示し、彼は周囲にいる者に説明する。
「……これは簡単に作ることの出来る魔道具ではありません。今回たまたまその存在を知っている者がうちの課員にいたので、見分けることが出来ましたが……そうでなければロナルドは失われたものとして葬儀を出されていたでしょう」
マーカスは沈痛な面持ちの中に、煮えたぎる怒りを押し込めて発言した。
国王と王太子、国の重要な役職に就く者だけを招集した議会の場だ。王太子妃であるイーディスはマーカスの報告を聞いてあまりのことに倒れてしまった。
だが息子が無事である可能性を見出し、ベッドから抜け出して自分で助けに行きたいぐらいのところを、なんとか養生させているらしい。
嫋やかな貴婦人だと思っていた義姉の、なかなか胆力のある一面にマーカスは彼女に対して尊敬を新たにした。母は強し、否、子の為に強くあろうと己を奮い立たせているのだろう。
その気持ちに応える為にも、彼はこの場でジュリエットへの調査の介入に関して議会の承認を得る必要があった。
これまでは犯罪組織を調査するという名目で各国の来賓にも監視の目を向けていただけだが、これからはグウィルトの王女に直接的に捜査の手を伸ばすことになる。今後どうような展開をみせるか分からない状況だ、エメロード国議会の承認は得ていたかった。
「それで、ロナルド殿下は生きている、と?何の確証があるのです」
一人の年老いた大臣が発現すると、ピリ、と場が緊張した。
レナルドが隠しきれない怒気を放ったのだ。普段から生真面目な兄に腹芸は出来ないとマーカスは心得ていたが、真っ直ぐな怒りはいっそ心地がいい。
何せこの大臣は、最悪子供はまた作ればいい、と思っているのが透けて見えている。それよりも第二王子というカードを切ってまで手に入れたグウィルトとの関税交渉の件をフイにしたくはないのだ。
腹芸はマーカスの方が兄よりも得意だ。もっと年を重ねれば、いつか彼もこの大臣と同じような考えを抱くようになってしまうのかもしれない。
けれど、今のマーカスはそれを心底嫌悪している。ああはなりたくない、と思っている。
そして素直に怒りを露にするレナルドに、マーカスは安心した。
国の未来は子供の未来だ。子供を大切にしない国に、未来はない。
「ロナルドが攫われた状況を鑑みるに……正直、連れ去るよりも殺す方が簡単だ。それでも攫った、ということは生きているロナルドに利用価値がある、ということです。敵の目的はまだ不明ですが、わざわざ危険を冒し労力を割いてまで攫ったのですから、生かしている可能性の方が高いと思いませんか」
朗々とマーカスが説くと、大臣達はそれぞれの意見を口にしたり、他の面々を見遣ったりと纏まりなく狼狽えた。
「それが、グウィルトのジュリエット王女の差し金だという証拠はあるのですか、マーカス殿下」
別の大臣に言われて、マーカスは口籠る。
証拠は、ない。だが、ここまで来てそれが何になるというのだろう?
皆、あまりにもグウィルトに遠慮しすぎてはいないだろうか。少なくとも、ジュリエットに話を聞く程度のことで国交に問題が出るほど軟弱な交渉をしているのか。
「…………生後半年の赤子が危険に曝されているのです。それ以上に重要なことはありますまい」
マーカスの翡翠色の瞳が冷たい炎を宿して燃える。
いつかマーカスは彼らのような老獪な狸になるのかもしれない。
個よりも国を重んじる考えを抱くのかもしれない。
だが、今はまだその時ではない。
今は、熱く真摯な怒りに身を焦がす青年であり、幼く可愛らしい赤子の叔父だ。父親であるレナルドは、王太子の立場ゆえ思い切ったことは立場が許してはくれないだろう。しかしマーカスは違う。
気楽な、第二王子だ。
そして、腐っても権力と実力を兼ね備えた一国の王子でもある。これが彼の単なる思い込みによる我儘だったとしても、今は押し通させてももらう。
「何もなかった場合は、喜んでこの首を差し出します。グウィルト側を強制捜査する許可を出していただきたい」
命を賭けるならば、もっとも価値のあるシーンで。
それは彼の信条だった。
知られたらまたセシアに怒られて、ひょっとしたら泣かれてしまうかもな、とちらりと考える。
セシアに叱られるのは、少し面映ゆい。
セシアが泣く姿はまだ見たことがないが、それはきっと
とても美しいのだろうな、と思った。




