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明けて翌日。
セシアは今日も書類仕事に追われていた。
「カトリン、このナンバーの資料揃えてきてくれ」
「はい」
キースに言われて、メモを片手に書類棚から資料の束をピックアップしていく。
「先輩、揃いました」
「ああ、悪いな。次はその資料の数字と、こっちの数字を照らし合わせていってくれるか」
今出してきた資料と、別の書類の束を差して言われて、セシアは頷く。
向かいの席でキースも同じ作業をしてるのが見えて、それを参考に照らし合わせていった。
「この数字って何の数字なんですか?」
「……密入国者と、逆に国から正規の手続きなしに出て行った者の数字だな」
「?それってうちの部署に関係するんですか?」
「広義で関係している。金が絡む案件は、全部ウチに関係があるんだよ」
キースの妙な言い方に、セシアは眉を寄せた。
「世の中にお金が関わらないことの方が少ないんだし、それを言ったら何もかも関係しませんか?」
その言葉に、キースは黙ってニヤリと笑う。が、返事を返すつもりはないらしく、書類の方に視線を戻してしまったので、セシアとしてもこれ以上は追及する糸口を見つけられずに、仕事に意識を移した。
「……国から出て行く人も多いんですね」
「まぁ、本人が望んでかどうかは知らんがな」
キースの書類を捲るペースは速い。
セシアはまだ彼のペースに追いつくことは出来ないが、ミスなく、確実に、その上で出来る限り早くこなしていこう、と数字の羅列に集中した。
昼休憩の時間になり、セシアは同期のロイと共に食堂に来ていた。
城で働く者が使うことを許されているそこは、様々な仕事に就いている者でごった返している。
「うわー今日も混んでる……セシアさん、席取っておいてもらっていいですか?僕、二人分受け取ってくるんで」
城の下層に位置する食堂のメニューは、安くてボリュームも栄養も満点の日替わり定食一択だ。
上層にもう一つ食堂があるが、あちらは仕官している貴族が使うことが多く、メニューも豊富だが何やら長い名前のものが多く、何より値段が高い。
「OK、お願いね」
言って、セシアはなるべく近くで二人掛けの席を探す。
と、ちょうど前の人が席を立った二人掛けのテーブル席が空いたので、そこに滑り込む。
「よし!」
小さく呟いて、列に並ぶロイの姿を探そうと顔を上げると、そこに歩いてきた人物とばっちりと目が合った。
「あなた……」
その人物は、一度目の学園生活で”セリーヌ”に事あるごとに突っかかってきていたロザリー・ヒルトン伯爵令嬢だった。
セシアは内心驚いたもののこういったこともあるだろう、と想定していた為、慌てず騒がず、首を傾げてみせる。
「私に、何か……?」
「……いえ、知り合いに似ていたものだから……失礼」
ロザリーはサッ、と連れの他の女性達とその場を去って行く。
服装などから察するに、王城で貴人の侍女を務めているのだろう。爵位の高い令嬢でも、自身の価値を高める為にままあることだ。
初めて城内で会ったので、普段は上層で過ごしているのだろう。
「お待たせしました、セシアさん!……ん?誰か今、いました?知り合いですか?」
そこにトレイを二つ持ったロイが、テーブルに駆け寄って来た。
「ううん、なんか人違いだったらしいよ」
「へぇ?セシアさんみたいな美人、見間違えようもなさそうなのに」
「ロイくん!……君は見どころがあるね、唐揚げを一個あげましょう」
「ありがとうございます!」
さっと、セシアはまだ口をつけていない皿から唐揚げを一つ、ロイの皿に移した。
それからそれぞれ食前の祈りを捧げて、カトラリーを手に取る。
「最近セシアさん、キース先輩の仕事ばっかり手伝ってますね。指導係はレイン先輩なのに」
「ねーレイン先輩は、そっち手伝ってあげてって言ってくれてるんだけどね」
「キース先輩は人に押し付けるのがとても巧みな人なので、セシアさんも気を付けてくださいね!」
「ロイって結構言うよね……」
セシアは、つい笑ってしまった。
いくつか話の話題を経て、ロイが食堂に掛かったカレンダーを見遣る。
「あー次の休暇が待ち遠しいですね。ようやく初任給が入るので、僕は本屋に取り置きしておいてもらってる本を買いに行くんです!」
唐揚げを咀嚼して、ロイは機嫌良くそう語った。
同期なのだから敬語は必要ない、と言っても、年上の女性にそんな失礼は出来ません!と彼は丁寧に接してくれる。王都にあるものとは違う、別の地方の学校をストレートで入学・卒業したロイは、セシアより2歳年下なのだ。
「ロイは本当に読書家ね」
「セシアさんもよく本を読んでいるじゃないですか」
「あれは城の図書館で借りた経済学の本よ」
学園では一度目に通っていた時に選択科目として経済を取っていたが、セシアの持つ知識はそれだけだ。経理監査部、だなんてちょっと変わった部署に配属になったが、経理というからには基本的な経済学の知識は入れておいて、必要ないということはないだろう。
「私の場合は、基礎知識が足りないから補う為に読んでるんであって、読書は趣味ってわけじゃないもの」
彼女がカップのお茶を飲みながら言うと、ロイは頷いた。
「なるほど。でも、じゃあ勉強熱心なんですね。僕も頑張らないと」
無邪気にそう言う彼に、セシアは眩しい思いがする。経済学の本を読んでいるのも、2度目の学園生活では得ていない筈の知識を持っていては怪しまれるから、という理由でそれをカバーする口実の為に読んでいるところもあるのだ。
ロイに褒めてもらえるようなことでは、ない。
「セシアさんも休日楽しみですよね?」
彼にそう尋ねられて、自分の分の唐揚げを頬張りながらふと次の休暇の予定を思い出し、セシアはげんなりしてしまった午後だった。




