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 ふわりと風を受けて、彼女のスカートの裾がはためき、あっという間に皆の視界からセシアが消える。


「セシア!!!」


 メイヴィスは大きな声で悲鳴を上げて、その場に膝をついてしまった。

 誰もが驚いてバルコニーに向かい、下を確認する。アニタやジュリエットまでもが行ってしまったが、メイヴィスにはとても見てなんていられない。


 口元を震える手で覆って、更に上がりそうな悲鳴を押し殺す。

 セシアがあんなことをするには、きっと何か理由があるのだ。弁明もせずに飛び降りるなんて、確かに無茶をしがちだが、無鉄砲に見えて自分のしていることをきちんと把握しているセシアにしては、納得出来ない行動だった。


 メイヴィスはなんとか立ち上がろうと床に手をついて、そこであるものに気付く。


「…………これは」

 しばらく考えた後一つ頷いた彼女はそれをドレスの下に隠し、すぐ傍にあったテーブルに敷かれたクロスの端を握るとわざとぐいっ、と引っ張った。

 がしゃん、がしゃん、と立て続けに音がして、テーブルに残っていたカップや皿、お菓子などが一緒に床に落ち、惨状が広がる。

 その中で床に座り込んだまま、悄然と項垂れる王女に周囲の者は皆同情的な気持ちになった。セシアとメイヴィスが親しかったことは先程のやり取りで誰もが察していて、目の前で飛び降りを見てしまった箱入りの王女殿下の心情を慮る。


「メイヴィス様、この場は我々が……」

「一先ずお部屋に戻られた方が」

 アニタや護衛達に支えられて、メイヴィスはそろそろと立ち上がる。

「…………そうね、ごめんなさい。わたくしがしっかりしなくてはいけないのに……ジュリエット様をお部屋までお送りしてちょうだい」

 青褪めたまま、彼女は呟いた。

 ジュリエットが気づかわし気にこちらを見ていたが、極力感情を出さないように努める。そうでなくては、みっともなく泣き叫んでしまいそうだった。


「ジュリエット様、我が国の者がご迷惑をお掛けして申し訳ありません。このことは国王陛下にも報告し、後ほどきちんとお詫びに伺います」

「そんな、メイヴィス様がお気になさらないで。悪いのはセシアなんですから」

 ジュリエットらしからぬ親切な物言いにメイヴィスは有難く頷いて、まずグウィルト王女を部屋まで送るように護衛に指示をした。


「王太子妃様には私が説明しておきます」

 イーディスの侍女がそう言い、アニタはメイヴィスの肩に優しく触れた。

「殿下も一旦部屋に戻って休まれた方がよろしいかと」

「……そうね。ありがとう」

 スカートを摘まむふりをして中に隠したものを慎重に持ち上げて、憔悴したフリをしながらメイヴィスはゆっくりと部屋を後にした。






 一方、バルコニーを飛び出したセシアは当然ながら真っ逆さまに落ちていた。


 下は森になっているが、このスピードで落ちていては木々がクッションになってくれることは望めない。しかしあの時は他に逃げ場がなかったのだ。


 セシアは空なんて飛べない。でもやるしかない。

 涙目になりつつ恐怖に縮こまる気持ちを叱咤して、風の魔法を最大出力で地面に向けて放った。ぶわっ、と風の煽りを受けて、落下から一転僅かにセシアの体が上昇する。

 しかしそれも僅かな間だけで、瞬きの間にまた落下を始めた。


 城の下に広がる森、その木々の中に紛れながら少しずつ魔法の威力を調節して同じことを繰り返し、体が風にバウンドすることを繰り返し、飛び降りても無事な距離まで降りてこれたところで地面に受け身を取りながら落ちる。

「うぐっ!」

 一瞬の衝撃の後、威力を殺しきれずセシアの体はごろごろと転がった。


 しばらくじっとしていたが、痛みが引いてきたので彼女は起き上がった。


「…………っ二度としない! もう二度としない!!」

 すごく怖かったから!!!


 大声で宣言して、涙目のまま無理矢理立ち上がる。

 最大限気を付けたので、四肢は擦り傷こそあるもののなんとか捥げることなく無事だ。利き腕からはだらだらと血が流れていたので、魔法で傷を塞いだ。これは治癒魔法ではないが、仕方がない。外傷を塞ぐことは出来るが、高等魔法にあたる治癒はセシアにはまだ出来ないのだ。

 風でバウンドさせた所為であちこちに打身が出来ていそうだが、動けるのでこちらは今は目を瞑ることにする。


 一歩、二歩とゆっくりと歩いてみた。歩くのに支障がないことを確かめつつ、彼女はなるべく急いでその場を離れる。

 城からの追手が来るまでにどれぐらい猶予があるのか分からない。エプロンとボンネットを外し、一見地味な黒のワンピース姿になったセシアは歩きながら魔法で髪の色と瞳の色を変えた。

 ゆっくりと彼女の黒髪が、金へと染められていく。


「……こんなことなら、私も男性に変装出来るように魔法の熟練度を上げておくべきだったわ」

 セシアは女性執行官として重宝されていたので、その女性という性別を隠した方が有利な状況が来るとは思わなかったのだ。

 付け焼刃で魔法が成功したとしても、動きなどに不自然が生じるだろうから今は髪と目の色を変える変装で我慢する。


 森の中を、方角を確かめながら進みつつ、セシアはこれからの対策を考えた。

 城からの追手は森を始点に森の奥、それから当然城下街の方へと向かっていくだろう。以前のセシアならば森を抜けて別の街に行くことを優先しただろうけれど、今は戻らなくてはならないので、城下街を目指す。


 今はもう、あの頃のように何も持っていない、帰るところのない捨て猫ではないからだ。


 城にいる者は皆、アニタのことを疑ってはいない。マーカス達も含めて。

 二課は調査内容は誰にも漏らしてはいないだろうけれど、第二王女の侍女長であるアニタが王女の警護の為にとでも言って質問すれば、警備部などはよほどの理由がない限り、警備に関することは教えてしまうだろう。

 そう考えると、下手に二課の者にコンタクトを取ってセシアが情報を伝えることは憚られた。何がどうアニタを通じてジュリエットに知られてしまうか分からないからだ。

 セシアの方からコンタクトを取ることは控えるべきだろう。


 出来る限りの手は打ってきたが、”あれ”がアニタやジュリエットに見つかっていれば意味はなくなる。

 しかし、咄嗟に思いついた中では一番マシな手だったのだ。


 あの状況での一番の悪手は、そのまま拘束されること。

 アニタがジュリエットの内通者であるのならば、セシアの宿舎かどこかに決定的な証拠が見つかるように細工することなど、簡単なことだろう。


 その場合恐らくセシアは内通者に仕立て上げられ、犯罪組織の黒幕は誰が務めることになるのだろう?

 ジュリエットは、きっとこのチャンスを使って自分も安全圏に引っ込もうとしている。マーカスや、経理監査部二課の面々はそれに騙されたりはしないだろうけれど、どれほど黒に近いグレーであろうとも確たる証拠もなく告発出来る相手ではない。

 相手は他国の王女なのだから。


「証拠。証拠かぁ……」


 あれほど大胆にセシアに罪を擦り付けてみせたのだ、きっとジュリエットをどれほど探ってもエメロードにいる内は証拠など出てこない。グウィルトに戻れば話は別だろうが、セシア達にはそこまで追跡して調べる術も権限もない。勝負は今、ジュリエットがこの国にいる間だけなのだ。


 そしてジュリエットの方も、セシアに内通者の正体をバラしてまで彼女を遠ざけようとしたのだから、目的がなんであれ、決行の時は近いということだ。


 そうと目星をつけたのならば、こんなところで助けを待ってコソコソと燻っているのは性に合わない。降りかかる火の粉は全力で振り払って、セシアを陥れた相手にお返ししなくてはならない。

 攻撃は最大の防御。

「よし!」


 何せセシアは、常に徹底抗戦を信条としているのだから。




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