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セシアは空になっていたカップに紅茶を注ぎ、ジュリエットの前に置く。
この場にいる者で一番身分が低いのはメイドのセシアなので、自然と給仕は彼女の役目になった。本来ならばお茶を注ぐ専用の係がいるものなのかもしれないが、平民のセシアには分からない。
お茶を一口飲んだジュリエットは、瞳を瞬いた。
まさかセシアの淹れるお茶は不味いだのなんだのと、難癖をつけるつもりだったのだろうか?お生憎様だ。セシアはその辺り、第二王女侍女長のアニタにみっちり仕込まれている。
魔法も体術も、侍女やメイドとしての仕事も基本を押さえておくことが大事だ。
熟練のメイドは応用が利くが、セシアのような付け焼刃の臨時メイドはせめて基本を忠実にこなすことを第一に考えるように指導された。
おかげで、なんとか表面上だけは取り繕うことが出来ている。
ポットに布巾越しに触れながら、セシアはアニタに教わった基本の動きを反芻した。
近頃は何を目指しているのか自分でも若干見失い気味なのだが、もしも執行官を辞めた時には王城で仕官していたことと、このメイドとしてのスキルでどこかの屋敷に雇ってもらえないだろうか、とセシアは考えていた。
食器洗いだって洗濯だって、魔法で人よりも大量かつ時間を短縮して行うことが出来るし、応用で薪割りだってきっと出来る。
だって、と彼女は思う。
ちらりとセシアが視線をやった先には、ジュリエットに挨拶をしているマーカスの姿があった。
婚約者なのだから同じ場所に居合わせれば挨拶ぐらいするだろうに、その光景を見るとセシアの胸はムカムカとしてきてしまう。
ジュリエットとマーカスが結婚したら、しょっちゅうこんな光景を見ることになるのかと思うと、心底うんざりとする。
セシアは物語のヒロインのように、嫉妬に心を震わせて一人枕を濡らすような性格ではない。手に入る見込みがあるならば、全力で努力して掴みに行く。しかし、相手が遠すぎる。
どれほど足掻こうと、努力しようと、マーカスとジュリエットの結婚は刻一刻と迫ってきていた。
らしくもなく、見ていたくないから、という理由で撤退してしまいそうだ。
だが、今後どうなろうとも今セシアは執行官としての仕事中だ。
マーカスへの恋は実らずとも、彼の部下としての役目は十全に果たしたかった。
城の最奥でのサロンでの茶会、ということで警護の数は思っていたよりも少ない。給仕する者も最低限だし、この場に王族が五人もいるにしては手薄なように感じる。
もしもジュリエットが犯罪組織の者だったとしても、これほど奥に来るまでには何度も持ち物チェックもあったし、何かエメロード王族に害を成そうとしてもかなり難しい筈だ。
ジュリエットに同行してきたのはセシア、メイヴィスが連れて来たのはアニタだ。
イーディスには侍女が二人、護衛は部屋に三人。勿論部屋の外にはもっといるが、室内にいるのはこれだけ。
乳母達は下がらせてしまったし、マーカスも仕事の合間に立ち寄っただけなのでそろそろ部屋を出ようとしている。
ジュリエットが何か事を起こそうとしても、この人数ならばセシアと護衛騎士がいれば十分抑え込める計算だ。
「では、俺はこれで失礼する。邪魔して悪かった」
「いいえ、ありがとうございます」
イーディスとマーカスが言葉を交わし、彼は部屋を出て行った。
マーカスが部屋を出て行った後も、和やかな茶会は続く。
イーディスの腕の中にいるロナルドへの関心も高く、特にメイヴィスは甥が可愛くて仕方がないらしく付きっきりだ。
王太子妃が、ジュリエットにロナルドを抱っこするか聞いた時はヒヤリとしたセシアだったが、当のジュリエットが子供は苦手だし上手く出来ないので、と言って断っていたのでホッとした。
やがてロナルドがぐずりだし、おしめやミルクの時間になったようだ。
イーディスは普段は乳母に任せているが、一通りのことは母親として出来るようで赤ん坊を抱いたまますらりと立ち上がる。
「少し中座します。慌ただしくて申し訳ありません、ジュリエット様」
イーディスがそう言って膝を下げると、ジュリエットはにこやかに首を振った。
「赤ん坊のことが一番ですもの。どうぞ、慌てずゆっくりお世話してあげてくださいませ」
こんな親切で感じのいいジュリエットを見るのは初めてで、セシアはこの人は誰?と疑う。
まさか、変装魔法でも使って別人が化けているのだろうか?実在の人物そっくりに変装するのは、魔法では難しい。骨格のすべてから似せなくてはならないからで、少し間違うとどこか齟齬が出てきて破綻してしまうのだ。
セシアは自分が変装魔法を扱う立場なので、人の顔をよく観察している。
今目の前に座っているジュリエットは間違いなく、ジュリエット・ラニ・グウィルトその人だと断言出来るが、中身だけ入れ替わってしまったかのように猫を被っている。
気味が悪くて、より一層セシアは警戒を強めた。




