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 一方、人払いをした寝室で内通者から受け取った情報の書かれた紙片に、ジュリエットは目を通していた。



 マーカスの睨んだ通り、ジュリエットはエメロードで展開していたいくつかの犯罪組織の頭なのだ。



 それぞれの組織に頭目らしき人員を配置してはいるが、大きな方向性を決め利益を得るのも、また資金援助をしているのも彼女だった。

 それらはジュリエットにとっては他国を使ったビジネスであり、方法が非合法、犯罪である、というだけだった。

 だって、自国の民を傷つけているわけではないし、他国の法でグウィルトの王女であるジュリエットを裁くことは出来ない、というのが彼女の言い分だ。


 エメロードを標的にしているのは、隣国であることとある程度国力を弱らせた方が”本来の目的”を達成しやすいからだった。


 そして順調だった計画が何故かここ一年程で、次々にジュリエットの差配したいくつかの組織がエメロード国内で摘発を受けていて、妙に思っていたのだ。

 内通者のおかげで、ギリギリのところでジュリエットの子飼いの部下は無事逃げおおせていたが、それにしても手際がよく、エメロードにも使える人材がいるのだな、と感心すらしていた程だった。


 その理由を知りたくて、何度かこの城内で内通者とすれ違い情報の書かれた紙片を受け取った中で知った内容に、ジュリエットは驚く。


 次々にジュリエットの組織の邪魔をしていたのは、マーカス第二王子率いる、経理監査部二課という大人しそうな名前の部署。

 いかにも文官らしい者の揃っていそうな名前だが、実際は元騎士や傭兵、はたまた魔法使いなどで構成されている少数精鋭の執行部隊なのだとか。

 しかも、生意気なメイドだと思っていた、セシアもその執行官の一人だと書かれていた。つまり、ジュリエットはエメロードに来た時からずっとマーカスの手の者に監視されていたのだ。


 慎重を期して、すれ違う際に紙片のやり取りをすることを決めておいてよかった。さすがに何年もエメロード王城に潜伏させていた内通者と直接言葉を交わすのは危険だろう、と考えたのだ。


「それにしても、セシア……!あの生意気な女。もっと痛めつけてやればよかった」


 今回ジュリエットがグウィルト国王の名代としエメロードを訪問したのは、実はその内通者が裏切っていないかの確認も兼ねていたのだ。


 近頃、次々に摘発される犯罪組織。ギリギリのところで部下は逃げることが出来ているが、組織自体は壊滅状態と言ってもいいほどの被害ばかりだ。

 本来ならば、もっと早いタイミングで情報を出すことは可能だったのではないか、内通者がエメロード側に取り込まれた所為ではないか、と疑ってここまで来たのだ。

 結果、内通者は裏切ってはいなかったが大きな障害が出来ていて、その所為で計画が上手く進んでいなかった。


 マーカスは、ジュリエットの計画の重要な駒。愚鈍なぐらいがちょうどいいと思っていたが、あの気楽そうな笑顔からは予想出来なかったものの意外と切れ者のようだ。


「仕方ないわね……少し計画を変更せざるをえないわ」

 口調は残念そうでありながら、ジュリエットの唇は弧を描いている。


 セシア。

 計画達成のついでにジュリエットにとって何かと邪魔だった、あのメイドを陥れることが出来る名案が浮かんでとても上機嫌だった。






 同じ頃、経理監査部二課の方でも組織の黒幕としてのジュリエットに近づきつつあった。


 セシア以外の二課の面々は男性で、彼女のように調査対象に密着して監視することが難しい。

 けれど幸い、近頃警備部に手柄をたくさん上納し貸しを作っておいた為、厳戒態勢の警備のついでにジュリエット以外の対象をそれとなく警備部に見張ってもらうように依頼することが出来た。


 真面目にメイドとしてジュリエットにイジメられているセシアは知らなかったが、そのような経緯で二課の面々は監視よりも方々での調査の方を進めていたのだ。

 結果、やはり犯罪組織の利益はグウィルトに流れていることが濃厚だという情報が手に入り、その組織の黒幕はジュリエットだろう、という目星がついた。

 自国でも手広く商売を行っているジュリエットには、裏を返せば犯罪組織を運用するノウハウがあるということ。それと同時に大掛かりな組織である為、グウィルト王家もジュリエットが何をしているのか、知っていて黙認している疑いが浮上する。



「……それってもう、国家間の問題になりませんか?」


 ロイが難しい顔をして、言う。

 経理監査部二課は現在人手不足の場所に人員を派遣している体をとっている為、日中職場である部屋に立ち入ることはしないようにしている。

 深夜といっても差し支えないこの時間にセシア以外の面々が集まっている現状の方が怪しいのだが、他に時間の合う時もなく仕方なくこうして集まっていた。


「そうだな」

 マーカスが無表情で頷く。

 快活な笑顔の似合う第二王子殿下だが、セシアやロイ、フェリクスといった新人達には意外なことにこういった話し合いの時には冷たい表情を浮かべていることが多い。


 時間外労働なので帰るように言っても絶対に付いてくる彼の執事、クリスからすればむしろ見慣れた表情だ。

 国を表から守るのが国王陛下や王太子殿下であるとしたら、マーカスは裏から国を守っている。

 ともすれば王子の道楽にでも見えそうなこの経理監査部二課の活動だが、権力と判断力を兼ね備えたマーカスが運用することによって大規模な犯罪を未然に防いでいる場合も多い。


 自分は国王として国を支えていくことも、王女のように他国や結びつきを強くしたい貴族に嫁いで国に貢献することも出来ない、ならばせめて王子に生まれたからには自分なりの方法で国を支えたい、というある種、愚直で幼い望みがマーカスを突き動かしているのだ。


 既に十分国に貢献している、と言われても、なまじ才能があり器用なマーカスはまだまだ出来ることがある筈だ、と自分を追い込み、高めていっていた。


「だが国賓ゆえ決定的な証拠のない現状では、まだ拘束することは出来ない」

 マーカスが言うと、レインも悔しそうに頷いた。

「そうですね。せめて内通者が分かれば話も変わってくるのですが……」

「セシアから報告は?」

 キースが問うと、報告書を確認していたフェリクスが首を横に振る。

「……ジュリエット王女に嫌われているらしく、苦戦しているようです。王女の気持ちも分からなくはないですけどね。あいつ、なんかすごく生意気なんで……」

 自分もかつてセシアを生意気だと罵ったことのあるフェリクスは、申し訳なさそうに首を垂れた。それにしても、調査対象に反感を抱かれて遠ざけられていては潜入調査員失格だ。


「……魔法や体術よりも、接客でも学ばせる必要がありましたかね」

 ポリポリとキースが頬を掻いて言うと、マーカスは頭痛の種を探すようにこめかみを指で押した。

「……以降の課題としよう」



 とはいえ。

 例えセシアがメイドとしてジュリエットに嫌われ遠ざけられていたとしても、それらしい人物に会っていればさすがに目につく筈だ。

 それでもセシアにも、警備の者にも見咎められていないということは、主だった役職についている者ではないのだろうか?

 しかし、ある程度の情報を自由に知りうる立場の者でなければ、ジュリエットに情報を横流しすることは不可能だ。


 内通者は一体誰が?

 これほど厳戒態勢にあって、その疑問がいつまでも解けない。



 引き続きジュリエットを集中的に警戒することが決まり、その夜の会議は終わった。





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