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頭を下げたままのセシアを放ってジュリエットと他の侍女、入浴の世話をする為にメイド達も行ってしまうと、部屋にはセシアとロザリーだけが残った。
「……セシア・カトリン。これは何の真似なの……」
屈辱と寒さに震えるロザリーの、地を這うような声が零れる。
「何よ、助けてあげたんじゃない。鞭打ちの方がよかった?」
さっさと顔を上げたセシアは、空の桶を床に置いてまずはロザリーに乾燥魔法を掛けた。
「!」
みるみる内にロザリーからは水分が取り除かれていき、桶には水が溜まっていく。
魔法の調節はこの一年でかなり上達したセシアだ、ロザリーの肌を乾燥させることなく必要な分の水分だけを桶に移した。
仕上げに、冷えた体に保温魔法を掛けてやる。これは以前マーカスに掛けてもらった魔法で、便利だな、と思ったので自主的に練習して会得した。
「これで元通りでしょ?あ、ちょっと乾燥気味のようだったから、肌に保湿分だけは水分残しておいてあげたわよ」
セシアはそう言うと、呆然とするロザリーの顔を見てニヤリと笑った。
「いつかのお返しよ」
「!!あなた、やっぱり……ディアーヌ家の……!」
ロザリーはハッとして口を開いたが、セシアはそれを敢えて無視して次の作業に取り掛かる。
床に撒いてしまった分の水分を桶に移動させるのだ。何かしら難癖をつけられるのが目に見えているので、元よりも床はピカピカに、絨毯はふっくらとさせる。
これでもどうせ罰とやらは来るのだろうけれど、目の前で鞭打ちなど見せられるよりはマシだ。
クビになれば、執行官としての任務であるジュリエットを近くで見張ることは出来なくなるが、そこは一応セシアはエメロード国側から派遣されているメイドの体を取っている。ジュリエット達グウィルト側がクビにする権限はない、という詭弁で切り抜けるつもりだった。
それでも駄目で、クビにされたら今度はメイドとしてではなくこっそりとジュリエットを監視することにすればいい。
正直なところ、そちらの方が楽なのではないか、と最近は思っていたところなので丁度よかった。
シャボン玉のような水泡がどんどん絨毯や床から昇ってきて、導かれるように桶の中に入っていく。
あまりにも鮮やかな手並みに、ロザリーはまるでそういった芸を見ているかのような気持ちになった。
「……手慣れてるのね」
「そりゃあ、お嬢様ってのは水を掛けてくるのがセオリーだったから慣れもするわよ」
暗に、しょっちゅう水を掛けられていることを示唆されて、ロザリーは若干セシアの日常が心配になる。
「……そうね、鞭打ちよりはマシだったわ。一応お礼を言っておくわね」
「…………それはお礼を言います、という宣言であってお礼の言葉ではないわねぇ」
セシアがニヤニヤと笑って言う。
彼女は、別に聖人君子ではないのでかつてロザリーにイジメられていたことを寛大な心で許した、などということはないのだ。
ジュリエットの仕打ちを見ていられなかったことは事実だが、ロザリーのことを許すのとはまだ別の話。
「……ありがとう」
「どういたしまして」
悔しそうに礼の言葉を口にしたロザリーに、勝った!とばかりについいい笑顔を浮かべてしまったのは、仕方のないことである。
そしてようやく、長い一日が終わった。
わけではなかった。
さすがジュリエットは狂人相手でも手を抜かないようで、セシアへの罰はきっちりと用意してあった。
とはいえ、自身は既に風呂に入り就寝の準備に移った為直接手を下されることはなく、その代わり恐ろしく面倒くさい罰を与えられた。
厨房の皿洗いである。
「……なんで王女様はこんな下働き的な罰を思いつくわけ?案外庶民派なの?」
セシアはブツブツと言いながら厨房の外の水場に積み上げられた食器を見遣る。
賓客の持て成しで大忙しの城内。厨房も勿論例に漏れず、皿洗いをセシア一人でやらせるように、というジュリエットの越権命令に厨房で働く者達は気の毒そうにしつつも、とても助かった、と言っていた。
忙しい使用人達の役に立つのならば、まあいいか、とセシアは両手を翳す。
賓客に出す為の食器は全て高価な素材で作られているし、作りも薄い。本来の洗浄魔法では恐らく割れてしまうだろう。
かつてディアーヌ家の下っ端メイドとしてセシアが働いていた当時は、そのことが理由で魔法では皿洗いを出来なかった。しかし、先程同様、魔法の調節に長けた今の彼女ならば纏めて皿もカップもグラスも洗ってしまえるようになっていた。
「……思ったよりも簡単に出来るわね。皿洗いは久しぶりだけど、これならすぐに済みそう」
罰として与えられた仕事だというのに、目に見えて自分の成長を感じ取れることが出来てセシアは上機嫌だ。
乾燥魔法といい、洗浄魔法といい、まるでかつてセシアが出来なかったことは全て王城に来てから学んだことで克服出来ていっているかのようで、嬉しくなる。
魔力量が特別多いわけではないので、最小限の魔力で無駄なく結果を得られるのは、いかにもド平民のセシアらしい特技だった。
「……執行官クビになったら、大きな食堂の下働きとかしてもいいかもなぁ」




