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 少しすると、セシアは自分の体がクールダウンしてきたのを感じる。

 あまり長い時間、多忙なマーカスを引き留めても申し訳ないので、そろそろ戻ろうと声を掛けるべきか、セシアは悩んだ。


 勿論、すぐに戻ることを告げるべきだ。

 しかしジュリエットのメイドとして潜入している期間は、経理監査部二課の通常業務はストップ。潜入先に怪しまれない為に、課員同士の接触も控えていた。当然、マーカスに会うのも久しぶりなのだ。

 相手は王子でありおいそれと会える相手ではなかった筈なのに、課長として現れる彼の存在に随分と馴染んでしまっていた。


 会えないことが寂しく、会えると恋しく感じるまでになってしまって、いた。





「ジュリエット殿下はどうだ?」

 そこで唐突にマーカスに訊ねられて、セシアは咄嗟に眉を顰めた。その反応で大体察した彼は、肩を竦めて苦笑する。


「嫌なところに配属させて悪い。あの人のところにマリアが潜入するわけにもいかなくてな」

 それはそうだろう。マリアは、マーカスの近くで接したことがない者相手だからこそ通用する変装であって、マーカスのことをある程度知っている者にとっては、似すぎていて怪しくて仕方がない。


「……そう仰ると言うことは、あの方の本性をご存知ということですか?」

 セシアが思わず怖い顔をして言うと、マーカスは申し訳なさそうに眉を下げた。

「知っている。ジュリエットは一応隠してはいるが、別に露見したとしてもさして気にはしないだろうな」

「……え、それってどうなんですか……」


「彼女はエメロードと国家間で取引のあるグウィルトの王女で、こちらに嫁いでくるのはビジネスの為だ。人となりなど関係ない、というのが本音だろうな。俺との間に愛情がないことも隠そうともしていないし、そもそも使用人程度に癇癪をぶつけたところで何が問題あるのだ、と思っているさ」


 それを聞いて、セシアははっきりと顔を顰めた。

「シンプルに性格が悪いですね」

「同感だ」

「でも、中身は関係ない、と」

「残念ながら」

 マーカスはやれやれと頷く。

「商売人としては優秀な人だよ、一介の王女にしておくのは勿体ないぐらいの。今は各国の賓客が来ているので最低限の猫を被ってはいるのだろうけれど、嫁いできた後が怖いのは確かだ」



「……それでもあの人と結婚するんですか?」



 セシアが思わず言うと、マーカスは彼女を見た。

 出過ぎたことを言ってしまった、とハッとしてセシアは口元を手で覆う。そんな彼女を見て、マーカスはまた目を細めて微笑んだ。



「結婚する。グウィルトの国土である運河の通航条件の改善は、海運が主産業のエメロードには最優先事項。俺の妻の座と、多少の我儘で済むのならば安いものだ」



 この男はいつもこうだ、とセシアは気付かれないように心の中で彼を罵る。すぐに自分を最大限有効に使おうとする。

 久しぶりに、マーカスを殴りたくて仕方がない気分になった。


 グウィルトは、隣国とは呼んではいるが実際には海を隔てた向こうの国だ。国土はエメロードとは逆にほとんどが陸に覆われていて海に面した箇所は少ないが、さらに向こうの国へ海路で行く為の重要な運河を有しているのだ。

 勿論迂回して行くことは可能だが、コストも時間も倍以上かかる。当然その立地をグウィルト側が利用しないわけはなく、年々掛かる関税が上がっていた。


 今回のマーカスとジュリエットの婚姻は、エメロード側の海運権の一部とグウィルト側の運河の渡航料の緩和を条件に折り合いをつける為の、文字通りの政略結婚だった。


「婚姻を結びエメロードの王族になれば、使用人への我儘は減らすように命じることが出来る。今はグウィルトの王女なので言うことは出来ないが……目に余るようならば教えてくれ、婚約者として出来る限り注意しよう」


 途端、その段になると申し訳なさそうに言うものだから性質が悪い。セシアはフン、と強がってみせた。

「……あの程度の癇癪、イジメられっ子歴の長い私にとっては大したことはないですけどね」

「前から思っていたが、その生意気な態度が嗜虐心を煽るんじゃないか?」

「よーし、訓練に見せかけて一発殴らせてください」


 セシアは拳を握って、この妙に湿っぽい空気を打破することに努めた。



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