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 カンッ!と訓練場に固いものがぶつかる音が響く。


 退役騎士であるロバート卿に、セシアは棒術を習っているところだ。

 この一年に渡る訓練の結果、体術は及第点をマーカスにもらえたので、セシアは武器を使う戦闘訓練へと移行していた。

 女性なので、ナイフかその場で調達する可能性の高そうな棒術が得物としては向いていそうだ、という話になり、今日はひたすらその訓練をメイド服を着たまま行っていた。


 動きやすい訓練服は、麻薬組織摘発の件から着るのはやめた。出来ればコルセットを締めた状態のドレス姿での身のこなしも完璧にしておきたいので、わざと制限を設けて訓練に挑むようにしている。

 最初は驚いていたロバートだったが、確かに騎士の実地訓練も重い鎧を纏ってするし、ドレスはセシアの職務内容では着たままの戦闘に突入する可能性が高い、と判断して積極的に彼女にとって不利な状況を模索してくれるようになっていた。


 カンッ、カンッ、と棒同士がぶつかり合う音が早くなり、ロバートが打ち合いのピッチを上げていく。セシアはそれに付いて行くのだけで必死だ。

 掴む棒を叩き落とされないように応戦していると、意識が疎かになっていた足を掬われてあっけなく転倒する。

「あっ!!」

「……今日はここまでにしよう」


 ロバートが、セシアの手から転がり落ちた棒を拾い上げて柔らかく笑う。

 退役していても、彼自身訓練を欠かしていないおかげで今だがっしりとした体つきをしている。年の頃は、セシアの父親世代。

 マーカスが幼い頃に彼が剣を教えていた、というのでセシアからすれば師匠の師匠だ。


「っ、まだ出来ます」

 セシアがすぐに立ち上がって言うと、彼は首を横に振った。

「午後の業務に差しさわりが出る程は、しない方がいい」

「……はい」

 息を乱したままのセシアは、項垂れる。

 ロバートの言う通りだ。訓練で全力を出し切ってしまって、昼からの業務に支障が出ては本末転倒というもの。


「……顔を洗ってきます」

「ああ」

 ロバートに返事をもらって、セシアは項垂れたまま側の水場へと向かっていった。

 この小さな訓練場はマーカスが個人的に訓練をする時に使う場所で、他の者は立ち入り禁止らしい。

 フェリクスなどは今も騎士団の訓練に参加させてもらっているようだし、レインやキースも独自の訓練方法や場所があるのだとか。

 彼らに少しでも追いつきたくて、セシアは最近逸り気味だった。


 ロバートは、使った道具を軽く手入れして所定の位置に片付ける。

 彼からすれば新兵の相手をしているようなもので、引退後のちょうど良い運動になっていた。セシアは熱心だし、飲み込みも早い。

 別業務をこなしながら一年でここまで成長していたならば、十分な成果だと思うし、彼女自身にもそう告げてはいるのだが、ついキースやマーカスといった格上の存在と比べてしまうのだろう。

 その焦りがいい方向に作用すればさらに成長の材料になるので、ロバートはこれ以上セシアに過剰に言葉を掛けることは控えていた。

 ただ、頑張りすぎると体を痛めるので、そこは気をつけて観察していたが。




 ロバートがそんなことをつらつらと考えていると、訓練場にマーカスが現れた。

 王子然とした略式の装束を纏っているところを見ると、他国からの使節に会っていたのだろう。わざわざ時間を見つけて、城の隅のこの訓練場まで来るだなんて、随分とセシアを気にかけているのだな、とロバートは思った。


「ロバート卿、邪魔して悪い」

「いえ、今日はもう終わったところです。殿下こそ、こんな端までご視察ですか?」

 ニヤニヤとロバートが笑って言うと、マーカスは不貞腐れるように顔を顰める。

「意地悪を言うな。最近忙しくてセシアの稽古を見てやれてないから、気になっただけだ」

「おや。それだけですか?」

 そう言われてると、マーカスはジロリとロバートを睨んだ。

「オッサン、ニヤニヤすんなよ」

「せいぜい上手く隠すんだな、小僧」


 幼い頃からの師だ、さすがのマーカスも旗色が悪い。


「セシアはどうだ?武器を扱わせることは、まだ心配だったんだが」

 端的に聞くと、ロバートは楽しそうに笑う。

「過保護なことだ。……あの子は筋がいいな。吸収も早いし貪欲だ。あれは騎士団に入れてもいい線いくぞ」

「うちの課員だ、やらんぞ」

 マーカスが意外なほど強い口調で言うと、まだロバートはまた笑った。


 セシアが失恋した後ならば、騎士団にスカウトしてみるのもいいかもしれない、と内心で彼は考える。


 マーカスに対する恋情を、セシアは当然他人にはバレないように気をつけているようだが、この訓練場では比較的ガードが下がっていてるし、戦っている時は剥き出しの感情が露になっている所為か、マーカスに対する尊敬、そしてその更に奥に抱く恋情を隠しきれていない。


 まさに恋をする乙女さながらの表情でマーカスのことを語るセシアに、ロバートは微笑ましい気持ちを抱いていた。

 彼には息子が3人いて、その3人ともが騎士団に入っている。不足は感じていないが、娘がいたらこんなカンジだろうか、とは思うのだ。

 ロバートにとっては、セシアという孫弟子は可愛らしくて仕方がなかった。


 そしてどうやらセシアの気持ちには気づいていないものの、マーカスもセシアに対して恋情を抱いているらしいことを、ロバートは喜びを持って感じていた。



 障害の多い恋かもしれないが、憎たらしくも敬愛する弟子と、可愛くて仕方がない孫弟子の恋路だ、老兵ぐらいは応援してやりたい。



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