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数十秒心の中で数えながら待って、ロザリーがある程度進んだであろうことを予想してセシアはそっと部屋を出た。
廊下をきょろきょろと見回し、ロザリーの姿がないことを確認して歩き出す。ジュリエットはサロンに行った筈なので、向かう先が分かっているのは幸いだ。
少しジュリエットから離れた時間が長かったので、早く合流してしまいたい。
マーカスやレインからは、ジュリエットの元でメイドとして仕え見張るように、と指令を受けているが、王女本人が怪しいというよりは一緒にグウィルトから帯同してきた他の侍女や護衛などを疑うべきなのだろうか?
グウィルト国王の名代はジュリエットだが、当然使節団の中には外交官の貴族男性が一緒に来ている。だが、彼にはマークがついていない。
他の執行官がマークしているのはグウィルト以外の国の外交官だったり、名代の高位貴族だったりするので、ジュリエットは可能性が低いけれど女性のセシアならばマーク出来るので、一応見張っているだけ、という可能性もある。
もしくは当然、件の組織の首謀者ないしそれに近い者が、城内の内通者に会いに来る、という予想が外れる可能性もあった。
セシアは今のところマーカスのそういった予想が外れたところを見たところがないし、彼は好機を見逃さない嫌らしい性格をしているので犯罪者の心理トレースがとても得意だ。けれどこれほど人の集まる慶事で国賓が多い為警備も厳重な中、内通者に接触するのは危険、ということもまた事実だ。
「……勿論、何も起こらないのが一番だけど」
ぽつり、とセシアのこぼした言葉は、誰にも聞かれることなく廊下に溶ける。
昼下がりの廊下には人気がなく、遠く外で鳥の囀りが僅かに聞こえる程度で静かなものだ。見た目は静々と、しかし最大限急ぎながらセシアが歩いていると、ふと廊下の向こうから顔見知りの女性が歩いてくるのが見えた。
「アニタさん」
声を掛けると、前から歩いてきていたメイヴィスの侍女長・アニタが目を丸くした。
「セシア?あなた何しているの、そんな恰好で……」
「……人手不足なので、メイドとして派遣されています」
セシアがメイド服のスカートを摘まんで仏頂面をすると、アニタは上品に笑う。
「メイヴィス殿下のところからも、二名ほどお貸ししたわ。今はどこも大忙しとはいえ、文官のあなたまで駆り出されているなんて、大変ね」
「まったくです……侍女としては心配だから、とメイド扱いでの派遣なんですけどもう雑用が本当に多くて……」
疲れ切った様子で項垂れるセシアを見て、アニタは心配そうに眉を寄せる。
「ではしばらくはメイヴィス殿下のところに侍女教育には来られないわね……殿下もきっと寂しがられるわ」
着せ替え人形にされたり、お忍びで城下に降りたがったりとお転婆で我儘なメイヴィスだが、ジュリエットと比べれば天使のように可愛らしい。彼女を恋しく思って、セシアも悲し気に頷いた。
「殿下によろしくお伝えください……」
「ふふ、わかったわ。本当に大変そうね、セシアは今どなたにお仕えしているの?」
「……グウィルトのジュリエット殿下です……」
小声でセシアが言うと、アニタは納得した様子で頷く。
「あの姫様なら、さぞかし大変でしょうねぇ……同情するわ、セシア」
訳知り顔で労わられて、違和感にセシアはおや?と思う。
やはり、ジュリエットの癇癪ぶりは城に仕える者の間では有名になりつつあるのだろうか。それとも、アニタが情報通だからだろうか。
メイヴィスがいつだったか、アニタは母親が外国の女性でエメロード以外の国の言葉も堪能であり、そのおかげもあって情報収集能力に長けていることを自慢していたのを思い出す。
メイヴィスの情報源は自慢の侍女長・アニタなのだ。
そんな第二王女の侍女長であるアニタならば、ジュリエットに物申せるような地位の高い人に告げ口してもらうことも可能だろうか?
しかし、外国の王女に物申せる立場の人なんて、セシアには上手く想像出来ない。偉い人になればなるほど、国家間の問題になりかねない、とかなんとか言われて、下っ端が我慢する羽目になりそうだ。
アニタにお願いしようかと思ったことを、セシアはすぐに心の中で打ち消す。
「セシア?」
「あ、いえ。呼び止めちゃってごめんなさい、アニタさん。また叱られちゃうから、私行きます」
「ええ、頑張ってね!」
励ますように言われてセシアは、メイヴィスのところで侍女教育を受け始めた最初に、アニタから直々に教わった綺麗な使用人としての礼を完璧にしてみせた。
「上出来よ」
「ありがとうございます!」
二人はそこでふふふ、と微笑み合った。




