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 繰り返すが表向きは人材不足の為、セシアはメイドとしてこの期間のみ働いている形をとっているが、それが高位に当たる隣国の姫君付きなのには当然理由があった。

 本来であれば、正式なメイドではないセシアが大切な国賓に付いているのは、実は執行官としての仕事なのだ。


 数日前、通常業務の際には滅多に現れない経理監査部二課の課長である、マーカス第二王子殿下が二課の職場である資料室に来て言った。

「お前達には、これから来る国賓を見張ってもらいたい」


 突然物騒なことを言いだしたので、セシアは目を丸くした。

 見れば、フェリクスやロイも驚いた様子だったが、レインとキースは落ち着いていたので彼らには既に話をしていたのだろう。

 案の定、結論だけを言ったマーカスは、後の説明をレインに任せた。


「皆既に気付いていると思うが、ここ最近の大きな事件の黒幕は、我々の手をギリギリのところで逃れ、国外に逃亡している。これはさすがにタイミングが良過ぎだ」

 レインが言うと、皆無言で頷く。

 そうなのだ。女性を誘拐していた組織も、麻薬を売買していた組織も、主だった構成員は捕まっているものの、肝心の首謀者だけはまるで、こちらの動きを完全に知っているかのようなギリギリのタイミングで逃げおおせている。

 考えたくはないが、それが意図するところは明らかだろう。


「この城内の、相当な地位に就いている者、もしくは我々のごく近くに、他国の犯罪組織へと通じている者がいる」


 レインの、低く聞き取りやすい声がハッキリと強い言葉を告げる。その言葉の強さに、セシアはそら恐ろしくなった。

 彼女は今まで、国の為に善行を行ってきたつもりはない。何より仕事だったし、その仕事を平気でこなせていたのは、この行いの先が平民達に皺寄せが行くことを防ぐから、だった。


 マーカスやレインからの指示を受けて、行動する。他の部署とも連携して、”悪者”を捕らえる。

 明確な敵と戦ってきたつもりだったが、共に行動していた城内の”味方”の誰かが嘘をついていて、裏切っている、と言われたのだ。


 青褪めたセシアに、マーカスはほんの少しだけ労わるように翡翠色の瞳を細める。

 ようやく周囲の者のことを信頼出来るようになったセシアにとって、身内に敵が潜んでいると聞くのは辛いことだろう。彼女をこの件から外すことをチラリとも考えなかったと言えば嘘になる。



 本来のマーカスの気性は、妹に対してそうしているように、大切なものを己の庇護下で手厚く守るものだ。

 それが惚れた女ならば、なおのこと。



 けれど今現在着々と来賓を迎える準備が進んでいる、慌ただしい城内。ここで何か事件が起こっては、国自身にとって大きな痛手だ。

 彼女を執行官にしたのはマーカス自身。そして今や彼女は二課の重要な戦力の一人。

 セシアのことを信じよう、と彼は決めていた。


「質問、いいですか」

 ロイが手を上げて発言する。レインが頷くと、彼は少し困ったように眉を寄せた。

「城内に他国の犯罪組織と通じている者がいるのは分かります。タイミングや、手口の類似点から元を辿れば恐らく同一の組織なのだろう、ということも……」

 フェリクスやセシアも頷いた。誘拐犯の組織と麻薬売買の組織は、他国の大きな犯罪組織の一部では、という可能性は以前から議題によく上っていたことでもある。


「でも、その情報を渡している者を探すのではなく、国賓の方々を見張れ、という命令は……その、」

 いつも明朗な話し方をするロイが、珍しく言い淀んだ。その様子を見て、ちらりとレインがマーカスを確認すると彼は頷く。


「……そうだ。俺は、今回の来賓の中にその組織の者がいて、この機会に情報源である城内にいる者と接触するだろうと考えている」


 マーカスの発言に、またセシアは驚いた。

 国賓にもなるような、他国の重要な地位に就いている者が犯罪組織と繋がっていると言われたのだ、衝撃を受けない方がおかしい。

「……何故来賓の中にいる、とお考えなのです?」

 フェリクスが我慢出来ずに、口を挟む。けれどロイも同じ意見だったのか、ここは彼に譲った。


「明確に、我が国の国力を衰えさせようとしているからだ」


 マーカスの声は、いつも落ち着いていて鋭い。

 この一年の間で聞き慣れてきたと思っていたが、今はヒヤリとするような冷たい響きを帯びていた。

 レインがマーカスに目配せをして、説明を引き継ぐ。

「お前達も調査に参加したいくつかの件で察するところがあるだろう。王都を中心に犯罪が展開している点や、麻薬を国全体に広く売りさばくよりも貴族を中心に広めていた点、他にもいくつか気になる点はある」

 そう言われてみれば、これまでセシアが執行官として関わってきた件の犯罪組織は、王都を中心に活動していた。

 エメロード国は、国土の至るところに港があり商業的に栄えている街は王都の他にもある。麻薬の売買などは特に王都の貴族がターゲットになっていた。商売が目的だとしたら、別の街の方がもっと警戒が緩く、手広く稼げていたにも関わらず。


「慶事に祝いに来ているからと行って、どの国とも仲良しこよし何の軋轢もない、というわけではないし、我が国の栄えた状態を内心では良く思っていない国もあるだろう」

 確かにエメロードは、有利な地形を利用しての交易でとても栄えている。エメロードの国力が衰えることで、得をする近隣の国は少なからず存在した。

「しかし最近我々の調査の甲斐もあって次々組織は摘発にあっているからな。この慶事を利用して内通者と接触しにくる可能性が大いにある」

 レインはそう締めくくった。

「それでなくとも国賓が大勢来ている為、警備部は厳戒態勢を敷いている。そちらは彼らに任せて、俺達は俺達の出来ることをする」


 出来る事?とセシアが変な顔をすると、それを受けてマーカスはニヤリと笑った。嫌な予感がする。


「諸君お得意の、潜入調査だ」




 別に得意なわけではない。権限を持たないから、敵にも味方にも内緒で調査するしかないだけだ。




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