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35(3章)


 

「あなた、生意気なのよ」


 ぱしゃんっ!



 花瓶の中の水を、頭の上から掛けられてセシアは瞼を閉じた。

 理不尽なことに反論せずに、暴力を受け入れるだなんて、メイドとは相変わらず大変な仕事だな、と感じる。

「……申し訳ありません」


 以前のセシアならば、相手ととことんまで戦っていた。

 徹底抗戦。それはセシアが、一人で生きる為の信条だ。一人で生きていく為に学園を卒業して、一人で生きていく為に王城に仕官した。

 その結果巡り巡って、こうしてまた下げたくもない相手に向かって頭を下げている。


「これに懲りたら、わたくしに逆らおうだなんて馬鹿な真似はやめることね。お前の命程度、わたくしの一存で簡単に摘み取ることが出来るのよ」

 高飛車な声が、セシアの頭上から聞こえる。

 周囲で、主の不興を買わないように平身低頭に努める他のメイド達からも緊張が走った。

 セシアは頭を上げないままに、もう一度機械的に同じ言葉を繰り返す。


「申し訳ありません、ジュリエット様」


 セシアに水を掛けたのは、輝くような金の髪に青い瞳の気の強そうな美女だ。

 名はジュリエット・ラニ・グウィルト。

 グウィルト国の第二王女であり、マーカスの婚約者だ。


 ジュリエットが自国から連れて来た侍女と共に部屋を出て行くと、セシアはようやく顔を上げた。他に部屋にいた筈のエメロード国側の侍女やメイドもおらず、彼女は一人取り残されていた。

 浴びせかけられた花瓶の水は、セシアが一つ溜息をついて指先でなぞるとまるで逆再生のように花瓶へと戻っていく。


 かつてはセシアは乾燥魔法が苦手だったが、今は簡単に出来るようになっていた。

 けれど今使った魔法はまた違う。

 少し前の状態に戻す、というもので、術者はその元の状態を正確に把握している必要があったり、経過した時間が長い場合には使用出来なかったりと、発動条件がかなり絞られるが、れっきとした高位魔法だ。

 これならば花瓶の水を新たに汲みに行く手間が省けるから、という怠惰な理由からの選択だった。

 水が花瓶に戻ったことを確認すると、セシアは散らばった花を拾って適当に生ける。茎が折れてしまったものもあり、彼女はちょっと顔を顰めた。

 花にこの魔法は使えないのだ。人にも。


 生意気!と罵られるチンケで不幸な星の元に生まれたセシアだが、彼女がジュリエット付きのメイドとして働いているのにはワケがある。


 この国、エメロードの王太子であるリカルド殿下に、待望の第一子、それも男児が生まれたことで国の内外を上げてのお祝い事となっていた。

 近年、そういった慶事がなかった為、ここぞとばかりに国民はお祭り騒ぎで喜び、近隣諸国からも祝いの品や使節がどんどん来訪している。

 ひっきりなしに訪れる使者達に、通常業務が滞りがちになり一纏めにしたかったエメロード政府は、公式の祝いの場として、かの御子であるロナルド殿下の生誕半年を機会に祝祭を設けることとした。


 そして現在はその祝祭の数日前。

 祝祭を発表した所為でさらに膨れ上がった他国からの使節に、城内はてんてこ舞い、各来賓達に不自由をさせるわけにもいかず、普段は文官として働いているセシアまで侍女として徴集されるはめになったのだ。


 そして、良いのか悪いのか、セシアが配属されたのはマーカスの婚約者であり、グウィルト国王の名代として来訪していたかの国の第二王女、ジュリエット殿下の元だったのだ。


 外面が分厚くお綺麗なジュリエットは、貴人の前ではたおやかな淑女を演じているが、私室に戻れば傍若無人の権化のような女性で、やれあれが気に入らない、これがおかしい、と文句をつけては侍女やメイドを甚振っていた。


 人気の高いマーカス王子の婚約者が、このような女性であることにエメロード側から派遣された使用人達はショックを受けていた。勿論セシアもその一人だ。

 マーカスが、平民のセシアには手の届かない人であることは承知していたが、その彼と結婚するのがここまで性格のねじ曲がった女だとは、と目の当たりにする度に怒りが込み上げる。


 恐らくその怒りが完全に抑え込めていないのだろう。

 完全にジュリエットに目をつけられたセシアは、今日も今日とて生意気なのよ!と言われて水やゴミなどをぶっ掛けられていた。


 フッ、と彼女は笑う。

「身分が高くなろうと、やることは一緒なのが可笑しいわね」

 セシアは自慢じゃないがイジメられっ子歴ではちょっとしたものなのだ。学園での四年、王城に仕官してからのここ一年。この春19になった彼女の長くもない人生の内、五年は大なり小なり生意気なのよ!とイジメられてきた。

 それだけイジメられるのならば、恐らくセシアの方にも問題があるのだろうけれど、今のところそれを指摘してくれる人はいない。もしくは本当に、そういう星の元に生まれたのかもしれない、などと詮無いことを考える日々である。


 さて。人材不足の為のピンチヒッター。これが、彼女がメイドをしている表向きの理由だ。




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