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34(2章終了)


 呼んでしまってから、セシアは慌てて口を手で覆う。

 どういう経緯であれ、第二王子殿下がこの場にいることを他の人に知られることが、良い方向に行くとは思えない。


「……あなたが、何故ここに?」

 セシアが小声で訊ねると、彼女の姿を上から下までサッと見たマーカスは困ったように微笑んだ。

「まぁ、色々あって」



 実際には、彼が溺愛する妹、メイヴィスに何も訊ねずにこの夜会に参加するように懇願されたのだ。

 厳格な王太子とは違い、きさくさがウリの第二王子は、こういった夜会にお忍びで参加することも珍しくはない。

 怪しげな麻薬が取引されているわけでも、人身売買がされているわけでもない、健全とは言い難いかもしれないが、若い貴族達がハメを外して少し火遊びを楽しむ程度の、フランクな夜会。

 メイヴィスがそこまで言うならば、とどうせ仮面舞踏会なのだからと禄に変装もせずにこちらも気楽な気持ちで来たマーカスだった。

 しかし、ここにきて、彼の妹の意図は明白だ。


 赤と翡翠という、自分の色を纏う、セシア。

 これほど美しいものを目にして、奮い立たない者はいないだろう。


「あなたもなんですね、私もメイ様に是非参加しておいで、と言われて……あ、このドレスも、メイ様が用意してくださって……!」

 今更ながら、本人の前でその色をあからさまに纏う自分が恥ずかしくなってきてセシアはしどろもどろに説明を重ねた。

 が、言えば言う程言い訳っぽくなってしまい、だんだんと声が小さくなる。


「……そうか。綺麗だな、セシア。よく似合ってる」

 つい自然と出た言葉だったが、あまりにも優しい響きだったのでマーカス自身が驚いた。

 それを聞いて、セシアは顔を赤くする。

「さすが、お世辞がお上手ですね」

「プライベートな時間でまで、世辞は言わんぞ」

 可愛くない反応に、少し面白くなさそうにマーカスが片眉を吊り上げて言うと、セシアはあたふたと無意味に自分のあちこちを叩いた。


「……そ、うですか……ックシュンッ!」

 彼女が肌寒さにくしゃみをすると、マーカスは目を丸くしてサッと立ち上がる。それからセシアに近づくと、彼女の体に触れることなく保温の魔法を掛けた。


「……ありがとうございます」

「ああ」

「マーカス様……て何でも出来ますね。出来ないことなんてないんじゃないですか?」

 セシアは不思議そうに首を傾げた。

 さらりと流れる黒髪が、珍しく露出した彼女の肩を滑って落ちる。露わになった肌の白さに、マーカスは眩暈がしそうだった。


「……あるよ」

「あるんですか」

「普通あるだろう、一つや二つ」


 あまりにも意外そうにセシアが言うので、マーカスの方が内心驚く。

 強く雄々しい兄や、しなやかで明るい妹達。彼らと同じものを持っていないからこそ、マーカスは様々なことに興味を持ち、出来る手段を増やし続けてきたが、それでもまだまだ出来ないことがない、などと豪語するには早いことを自覚している。


 マーカスの言葉を聞いて、セシアは肩を竦めて笑った。

 少しだけはにかんだその様子が、まるでいとけない幼子のようで愛らしい。

「だって、なんかいつもピンチの時に助けに来てくれるので、私の中ではまさに白馬の王子様、ですよ」

 ふふっ、と笑って言った後、自分がどれほど大胆なことを言ったかに気付いて、セシアはまた顔を赤くした。

 なんだか浮かれて、失言続きだ。


 どうせニヤニヤと笑っているんだろう、とマーカスの方を見たセシアは、彼がとても優しく笑っていたので続く言葉をなくす。


「……お前にとって、そうなれているのならば、よかった」





「え?それってどういう……」

 そこに、風に乗ってダンスホールからの音楽が届く。

 顔をそちらに向けたマーカスは、懐から懐中時計を取り出して時間を確認した。

「どうやらこれがラストダンスの曲のようだ。セシア、今夜は誰かと踊ったか?」

「……いえ」

 セシアが先程の紳士のことを思い出して視線を外すと、マーカスがそんな彼女を労わるように見つめる。その眼差しは、視線をそらしているセシアには届かない。


「なら、俺と踊るか」

「え?」

「メイに、夜会を楽しんでくるよう言われたんだろう?一曲も踊らず仕舞いじゃ、お互いあの子に叱られる」

 と言っても、メイヴィスは明らかにセシアとマーカスを踊らせたがっての采配だろうから、二人が踊った事実があれば、他に夜会らしいことをしていなくとも問題ないだろう。




 ここまでお膳立てしてもらっておいて尚、メイヴィスを口実に使わなければダンス一つ誘えない自分が、マーカスは情けない。

 出来ることを一つずつ増やしていった。そうして、王子としての位置を確立した結果、出来ないことが出来てしまった。


 いとしく思う人に、それを告げる権利を失った。





「そ、そうですね。メイ様に叱られちゃうので……お願いします、マーカス様」

「任せろ」

 まだ頬を赤くしつつ、それでも勇ましく手を差し出したセシアにマーカスは表面上はいつも通り微笑んで、その小さな手を取った。


 あの夜。

 麻薬組織の頭目に今にも細い首を折られそうになっているセシアを見て、マーカスは叫びだしそうだった。おまけに彼女は、その時自分を諦めようとしていたのだ。

 猛烈に腹が立って、あの時のマーカスはマリアの姿をしていることも忘れて手段を選ばずに相手を制圧してしまった。


 マーカスに、自分を大事にしろと言うくせに、セシアはいつまで経っても捨て猫気質が抜けず、彼女の方こそ自分を大事にしていない。

 何度もセシアに忠告されているが、マーカスは自分が使える駒だという自覚があるので、ここぞという時にしか勝負には出ない。最大限利用価値のある死に方をしたいと思っている。だが、セシアにはそれがない。

 セシアは、まだ自分が無価値な存在だと思っているのだ。


 こんなにも、マーカスが彼女を愛しく、大切に思っているのに。


 もう、彼はセシアの良き友人でいることは出来なくなっていた。

 彼女が幸せになることを、ただじっと見ていることなんて出来ない。だって、放っておくと、セシアは全然幸せになろうとしないのだから。

 この手で、自身の手で誰よりも幸せにしてやりたい、とマーカスは思う。



 緩やかな音楽に合わせて、一番ポピュラーで一番簡単なステップを踏む。

 今回の潜入調査に合わせて、慌ててセシアが習得した唯一のステップだ。訓練にはマーカスも手を貸したので、何度か練習でパートナーの役をしたこともある。

 その頃よりも、彼女はずっと自然に踊れるようになっていた。


「……上達したな」

「実際夜会に出て、何人かと踊ると度胸がつくのかもしれません」

「本番に強いタイプか。執行官向けだ」

「……褒めてます、よね?それ……」

 セシアが微妙な表情を浮かべたので、マーカスがからりと笑った。


 誰もいない、庭園でのダンス。ランタンの光が二人の影を淡く地面に描く。

 少し調子が出てきて表情の和らいだセシアは、微笑んでマーカスを見上げた。

 視線が合って、彼も翡翠色の瞳を和らげる。




 多くの民に、より良い生活と安定を提供するのが国を動かす側の務めだとマーカスは考えている。一人でも多くの民に幸せになって欲しい、と常に願っている。

 けれどただ一人、セシアだけは、自分の手で幸せにしてやりたい、と思った。


 マーカスは、自分でも優秀な王子である、と自負がある。だがその所為で決して手に入らないものが出来てしまった。




 彼は来年の春に、隣国の姫と結婚する。

 セシアのことを、マーカスは愛する権利を持たないのだ。





 僅かな風に揺らめく葉擦れの音、遠くから聞こえる緩やかなワルツ。

 ランタンの灯りの下、幻想的に美しい庭園。




 二人はそこで、音楽が奏で終わるまで二人きりで踊り続けていた。




これにて2章完結です!

読んでいただいて、ありがとうございました!!引き続き3章の方も、どうかよろしくお願いします!

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