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「……居心地悪い」

 小さく溜息をついて、セシアはずれてきた仮面を元の位置に直した。


 せっかくなので、ダンスをしたり美味しいものを食べたりしてきなさい!とメイヴィスに送り込まれた仮面舞踏会。

 調査でここ最近いくつかの夜会に出席させてもらってはいたが、仕事だった為確かに雰囲気を味わう、ということはしていなかった。


 しかし、改めて見てみると、煌びやかな会場の装飾や着飾った参加者、食事や飲み物に至るまで、何もかもにお金がかかっていることが見えてしまって、ただただ自分は場違いだな、と恐れ入るばかりだ。


「それにしても、なんでまた仮面舞踏会なんだろう?私のことなんて知ってる人はいないから別に隠す必要は……」

 自分で言いながら、セシアはああ、と思いいたる。

「そっか。貴族でもない私が、普通の夜会にいたら怪しいものね」

 平民のセシアには意外なことに、貴族間での繋がりというものは幅広く強固で、下位の貴族ほど他の貴族に詳しかった。

 逆に高位の貴族は、自分よりも下位の貴族にはあまり関心がないようだ。高位になればなるほどその関係性は顕著で、お貴族様めっ!とセシアは悪態をつきたくなる。


 そんな中でヒエラルキーの頂点の王族という立場でありながら、ほとんどの貴族の名と当主の顔を記憶しているマーカスは、すごいを通り越してバケモノかもしれない。

「……仕事を円滑に進める為、とか言ってたけど、あれ絶対シュミだ……」




「お嬢さん」


 突然声を掛けられて、セシアは飛び上がるぐらい驚いた。

 見れば、金髪の紳士がセシアに向けて仮面越しに、にこやかに微笑み掛けていた。

「あ……私に何か……?」

 仮面舞踏会に一人で来ていて、声を掛けられて何か?も何もないのだが、セシアは、まず自分が男性に声を掛けられるような魅力があるとは思っていない。

 潜入していた時はまだしも完全に”セシア”としてプライベートな状態でいる時に、男性に声を掛けられたからといってそれが所謂お誘い、だとは結び付かなかったのだ。


「よろしければ、ダンスを」

 しかし、紳士は気にした様子もなく、にこやかなまま手を差し出す。

 メイヴィスが楽しんでこい、と言ったのはこういうことも含めてなのだろう。相手はあくまで紳士であり、ひょっとしたら一人でいるセシアを可哀相に思って声を掛けてくれたのかもしれない。


 フェリクスや、他の参加者と接触する為にダンスを踊ったことはあるが、自分の意思で踊ろう、と楽しんだことは一度もない。

 一曲ぐらい、自分の意思で踊っておいた方がメイヴィスへの土産話にはなるだろうか、と考えて彼の手を見つめる。

 が、


「……ごめんなさい」

 セシアは小さく告げて、逃げるようにその場を後にした。

 ちらりと振り返って確認したが、先程の紳士はさして気にした様子もなく、少し肩を竦めて別の女性に声を掛けに行っていた。


 恨みを買ったわけではなさそうなことを確認して、セシアは内心でホッとする。

 仕事としてそこにいる時は平気なのだが、セシアはどうやら過去のいくつかの経験の所為で男性が少し苦手、正確には恐ろしい、ようだ。

 突然力で捻じ伏せられる恐怖は、心にこびり付いて離れない。


 訓練で大の男でも投げ飛ばすことが出来るようになっても、絶対的な筋力の差などは埋めようもない。

 その所為か、セシアは訓練の中では体術よりも魔法の制御に力を入れがちだった。勿論女性のセシアには合った戦い方なので、彼女の教師達は皆それを推奨してくれたが、マーカスだけは違った。

 あくまで女性のセシアに、ドレス姿であっても強くなるように鍛えろというのだ。


 きっと、彼はセシアのそういった弱さを知って、だからこそ力でも男を捻じ伏せられるようにしろ、と言っているのだろう。

 変装の魔法を掛けている状態、つまりマリアは筋力なども女性相当だ。それでも、セシアが苦戦した麻薬組織の頭目の男を、圧倒したことは記憶に新しい。

 女性には女性の戦い方がある。


 けれど、もしもの時に男性と力勝負をする場面になった時に、最初から無理だから、と負けてはならない。

 負けられない時が、きっと来る。


 純粋な力では叶わなくとも、手札を増やして勝てる様に備えておくことは、セシアの課題だった。

 課題をクリアすることは、選択肢を増やすこと。レインに言われた言葉が彼女の脳裏に重くのしかかる。


 それでも、マリアという身近に立派なお手本がいるのだ。

 明日からの訓練も、そこに向けて頑張ろう!とセシアは気持ちを引き締めた。


 考え事をしながら闇雲に歩いていると、セシアはいつの間にか庭に出てきてしまっていた。

 綺麗に刈り込まれた木々に囲まれた庭園は、あちこちにオレンジ色のランタンが灯されていて、幻想的で美しい。

 ただ、今夜は肌寒くなってきていた所為か、せっかくの美しい庭だと言うのに外に出ている者はいないようだ。


 それを確認してここなら少し落ち着ける、とセシアは歩調を緩める。水音がするので、噴水でもあるのだろうか、と音のする方へと気楽な気分で向かった。

 すると、




「……セシア?」


 そこには瀟洒な噴水の縁に行儀悪く脚を組んで座る、マーカスがいて、セシアは目を丸くした。


 一部の隙もなく着こなした夜会服と黒い仮面は他の参加者と似た出で立ちだが、その燃えるような赤髪と翡翠の瞳、そして何よりその悪童めいた表情を浮かべる男を、セシアが見間違う筈がないのだ。


「殿下……」



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