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「申し訳ありませんでした!!!」
翌日。
救護室で手厚い処置を受けて、一晩ぐっすり眠り、翌朝しっかり朝食まで食べたセシアは、文官の制服に着替えて経理監査部二課の課長室で深々を頭を下げていた。
隣にはフェリクスがいて、彼はちょっと困ったように椅子に座るマーカスとその横に立つレイン、それから頭を下げたセシアを見ている。
「それは何に対する謝罪だ、カトリン」
レインに難しい顔で言われて、ひとまず顔をあげたセシアは口を開いた。
「……あの場では引いておいて、外と連絡をつけて麻薬課に来てもらうのが最適解だったと思います。……なのに私は、奥の部屋に踏み込みました」
彼女が言うと、レインは頷く。
「そうだな。その所為で、麻薬を売りさばいていた元締めの男は捕縛出来たが、流通ルートを握る者の方には逃げられてしまった」
「……本当に、申し訳ありません」
元締めの男、というのは最後にセシアを拘束してたあの男だ。
彼は元々没落した下級貴族の出で、今は下町の破落戸だった。それがどういった経緯でか麻薬売買の元締めになり、あの夜会を主催した男爵と共に夜な夜な麻薬を売りさばいていたのだ。
麻薬の流通ルートはその男爵が握っていて、今回逃亡してしまったのはそちらの方だ。
調べてみると、思った通り国への金銭的な貢献を認められて爵位を賜った新興の貴族であり、捜査の手が伸びる頃にはさっさとエメロードを出て行ってしまっていた。
「……それって、あの件にすごく似てますね」
セシアは顔を顰めて言うと、マーカスは頷く。
半年前の、女性を誘拐して他国に売り飛ばしていた組織。あの黒幕も、捜査の手を逃げ延びて国を出て逃亡に成功していた。
当然捜査は続けているのものの、出国されてしまっては行方を捜すのは難しい。
「だが、今回は麻薬組織は一網打尽に出来た。お前の浅慮のおかげだ」
「殿下、褒めては浅慮が治りません」
マーカスの言葉に、レインが眉を寄せる。
実際のところ、急成長していた麻薬密売組織は、セシアが考えなしに踏み込んだ所為であちらも無警戒だった為、検挙と相成ったのだ。
流通ルートを握る男爵が逃亡したということは、少なからずこちらの動きが漏れていたという証拠だ。先の誘拐組織の時のように、一旦引いて改めて麻薬課の捜査が入る頃には組織の全員が逃げてしまっていただろう。
情報漏洩をさせる隙を与えず、セシアが踏み込んだおかげで結果的に向こうの意表を打てた、ともいえた。だが当然、結果論ではある。
「……いや、それたまたまですから」
セシアはさすがに居心地が悪くて、頬を引きつらせる。レインは当然とばかりに頷いた。
「殿下」
「うん。でもアクトン侯爵令嬢を救出した功績も大きいだろ?」
ニヤニヤと笑ってマーカスが言うと、レインはぐっ、と詰まる。
エイミーはやはり、始めは興味本位で友人達と赴いた夜会で麻薬を摂取してしまったらしい。
体質が合ってしまったのか中毒者となってしまった彼女は組織に拘束され、それを理由に脅されてアクトン侯爵は組織のパトロンとして出資させられていたのだ。
事件が明るみに出たことにより、当然エイミーや侯爵家にも捜査の手が伸びることにはなったが、侯爵自身は娘が戻ってきたことと、これ以上犯罪組織に加担しなくて済んだことにホッとしている様子ではあった、と麻薬課の聴取を見学してきたキースが教えてくれた。
「エイミー様、中毒から立ち直ってくれるといいんですけど……」
セシアが心配になって呟くと、レインも頷く。
「その点は、専門の病院に任せるしかないな。ただ、お前達が踏み込んだ時に、男達に無理やり麻薬を摂取されている姿を確認している旨は麻薬課にも伝えておいたので、何らかの罪の軽減ぐらいは期待出来るぞ」
「……よかったです」
フェリクスが声を絞り出す。
大いに迷ったし、もう一度あの場に立ったとしても何が正解かは断言出来ないが、少なくともエイミーに関してだけは、あの時のセシアの行動は正しかったのだ。
「俺からも質問していいですか?」
「構わん」
フェリクスの発言に、マーカスは頷く。
「殿下がセシアの伝令を受け取ってからの動きが、ものすごく迅速だったのには驚きました。俺達も昨夜中に麻薬課を動かしてもらうつもりではありましたが、あれではまるで既に配備されていたかのような早さで……」
「待機させていたからな」
あっさりとマーカスに言われて、フェリクスもセシアも目を丸くした。
昨夜、別の夜会に参加していたマーカスはセシアからの伝令を受けて、すぐさま男爵家へと向かった。
その道すがら、レイン達他の課員に連絡しつつ、常にマーカスを護衛している面々を使って街を巡回している警邏隊に通報、さらには予め待機させていた麻薬課も屋敷へと向かうように連絡していたのだという。
マリアはマーカスの子飼いの部下という体で、話が説明される。
「あの短時間でよくそこまで出来ましたね」
セシアが素直に感心して言うと、マーカスはふふん!と得意気に悪童らしく笑った。
「知らなかったのか?俺はとても優秀なんだ」
「ぐ……知って、ました、けど……」
自分達が泣く泣くあの場を離れる選択肢しか用意出来なかったのに、マーカスの方は一人でそれを覆す采配をしたことにセシアは悔しくなる。
そんな彼女を見て、マーカスは快活に笑った。
「前にも言っただろう?戦えて、その場で命令が出来て、責任が取れる立場。俺はあの場で一番手札の多い駒だったんだよ」
自らを駒と称する上司に、レインは顔を顰めたが何も言わない。
経理監査部二課の持つ権限では、警備部麻薬課に待機命令は出せない。そこで王子としての権威を使ったと言いたいのだろう。
しかし、それも当然マーカスがこの事態を想定していたからこその結果だ。
「……昨夜、どこかで麻薬組織が摘発出来るって予測出来ていたんですか?」
フェリクスが訊ねると、マーカスは首を横に振った。
「そんな予感あるわけないだろう。麻薬課には、今うちの課員が調査しているから、常時ある程度の人数を待機させておいて欲しい、と要請……独断に基づく我儘な命令をしていただけだ」
と、いうことはセシア達が夜会への潜入を始めてからのこの数日の間、麻薬課には無駄に待機命令が出ていたことになる。
「このまま空振りが続けば、俺の采配が間違っていたという問題にはなっていただろうが、それで落ちるのは俺の評判ぐらいだからな」
王子である以上、命令権を失うことはない。麻薬課が第二王子に対しての心証が悪くなるだけだ。
だけ、と言ってしまっていいものでもないと思い、セシアは眉を寄せた。
「殿下」
「その時は、きちんと麻薬課に謝罪するつもりだった。だが、間違うのが怖いからといって必要な備えをしない方が、後で後悔する羽目になるかもしれないだろ?」
そう言われてしまうと、否定出来ない。
実際、今回麻薬課が待機してくれていたおかげで、速やかに検挙出来たのだ。何度も言うが、結果だけ見れば、待機は無駄ではなかったし、麻薬課は大きな組織を一網打尽に出来て大手柄だ。
王族は間違えてはいけない、と彼の妹王女は言っていた。
だが、間違えてしまった時はきちんと謝罪すべきだとも、言っていた。相変わらず、この兄妹は似なくていいところばかり似ている。
「……それでも、殿下には殿下自身をもっと大事にして欲しいです」
マーカスの手段は、失敗した時の損失をいつもマーカスが被るように采配されていた。
彼はいつも最大限の力で、国民も部下も守る。その中にマーカスは入っていないのだ。
まただ、とセシアは悔しい気持ちになる。
この半年間精一杯訓練を重ねてきて、出来ることは増えたがまだまだマーカスを守れるぐらいには達していない。
黙ってしまったセシアを見て、マーカスは苦笑を浮かべた。
「何も俺は自分を捨て駒にしてるわけじゃないぞ?」
「……でも」
子供のように唇を尖らせる彼女に、王子は笑う。いつも通り、快活に。
「俺がこういう手段を取れるのは、うちの課員が皆優秀で、結果を出してくれるって信頼しているからだ。言っただろう?一人で抱え込んでるわけじゃない、と」
それは以前、セシアが同じようにマーカスが一人で何もかも背負っているように感じた時に、言われた言葉だ。
「今はお前達もいるしな。期待している、新人諸君」
にかりと笑うマーカスは、今回のフェリクスの失態も、セシアの浅慮も把握していて尚、そう言ってくれる。
この人の期待に応えたい、と二人は胸を熱くした。
「……精進を重ねます」
「私も、もっと頑張ります」
フェリクスとセシアがそう言うと、マーカスは満足そうに微笑んだ後、ニヤリと笑顔の種類を変える。
「では、そんな二人に課題だ。フェリクスは魔法をもっと精密に扱えるように訓練しろ、体ばかり鍛えてないでセシアと同じ精度で魔法が使うことが出来れば、今回の件でももっと出来る選択肢は多かった筈だ」
「う!は、はい!」
元騎士のフェリクスは、貴族だけあって魔力を持ってはいるが、ほとんど魔法は使えない。
これまではセシアが魔法担当、フェリクスが格闘担当として行動してきたが、確かに昨夜のマリアのように近接格闘も魔法も自在に操ることが出来たとしたら、事態は全く様相を変えていた筈だ。
「で、セシアはドレスでの格闘だな。正直まだ戦闘をお前一人に任せるのは心許ないが、案件は待ってちゃくれないからな」
「はい……!」
セシアも拳を握る。
「いいか、二人とも。お前達への課題をクリアしたからと言って、それは浅慮をしていいという理由にはならない。課題をクリアすることは、選択肢を増やすことだとよく肝に銘じておくんだ」
レインの言葉に、二人は神妙な顔で頷いた。
マーカスは頬杖をついて呆れて、横に立つ彼を見上げる。
「真面目だね、お前は」
「殿下は少し新人に甘すぎます」
「褒めるところは褒めて伸ばすのが、俺の方針なもんでな」
音が出そうな程完璧なウインクをマーカスがすると、レインは困ったように首を横に振った。
レインの方こそマーカスに甘すぎるのでは、と実は部屋の隅にずっと待機していた執事のクリスはそう考えている。そこで黙ってしまうから、あの方は考えをちっとも改めてはくださらないのだ。
「さて、これにて今回の件は仕舞いだ。皆、よく頑張ってくれた。今回の反省は大いに活かし、今後も励んでくれ」
最後は王子らしくマーカスがそう言うと、セシアとフェリクスは顔を見合わせてから、尊敬する上司に向き合って声を合わせた。
「はい!」




