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「いらっしゃい、お客さん。何にする?」

 店の女将が目敏く、新規客であるセシア目掛けて注文を取りに来る。

 セシアはどうせ“上司”の奢りだし、と一番強くて高い酒を頼んだ。


「……セシアは酒が強いんだな」

 クリスに言われて、彼女は首を横に振る。

「嗜好品なのであまり飲みません」

「でも」

「酔わなきゃやってらんないんで、現状」

 へっ、と吐き捨てるようにセシアが言うと、根っからの貴族の子弟であるクリスは顔を顰めたが、大いに納得出来る点ではあった為彼女の態度を叱責することはしなかった。

「あら、何のことかしら~?」

 確かに、やってられない。


 酒のグラスが届き、ささやかに乾杯すると、すぐさまマリアは両肘を突いてセシアの方に身を乗り出した。胸を強調するな。

「それで?どう?働き始めて、そろそろ一ケ月よね。慣れて来た頃かしら」

「今のところ順調だよ。先輩にきちんと教えてもらってるし、ミスも少ない。まだ出来ること自体が少ないから当たり前だけどね」

 セシアは、先にマリア達が注文していた鶏肉の唐揚げを自分の皿にどっさりと盛ると、柑橘の果汁を垂らした。米と山菜を蒸したものと芋を素揚げしたものの皿も自分の方に引き寄せる。

 大人は酒ばかり飲んでいて、頼んだ料理を食べないのだから、これはセシアのものに違いない。


「うんうん、セシアは育ち盛りだものね、たくさん食べてもっと丸々しなさい」

「その姿じゃなかったら殴ってやるところなのに……」

「この姿じゃなかったら、殴ったら牢屋行きだぞー?」

 マリアは微笑んだまま、ちらりと口調を変えて笑う。


 痩せっぽっちの彼女に食べさせる為に注文していた料理なので、マリアは他の皿もどんどんセシアの方に置いていく。

 好物だって把握済なのだ。さりげなく酒のグラスを遠ざけ、果実水も注文する。


「はっ……これ美味しー!」

 セシアが目を輝かせると、マリアは満足そうに微笑んだ。

 慈愛に満ちた笑顔を浮かべながらそのマリアが呑んでいるのが、アルコール度数の高い火酒なのは給仕した女将だけが知っている。


「お、兄ちゃん両手に花だねぇ、代わって欲しいぜ!」

 通りすがりの酔漢が、クリスの肩をぽん!と叩いていく。クリスは心底、代われるものなら代わって欲しい、と思った。


 何せ。


 片や今期の採用試験トップで入城した、平民の才媛。セシアはまあいい。生意気でちょっと口は悪いが、頑張り屋で根は真面目な少女だ。


 問題はもう一人の方。

 天女のようにおっとりと微笑む儚げな美女だが、この姿は仮の姿。

 中身は正真正銘、立派な成人男性で、この国の王位継承権第二位という高い地位に就いている御方。


 第二王子、マーカス・エメロード殿下その人なのである。


 王立学園に潜入する為に魔法で姿を変えていたのだが、いたく気に入ったらしく、しょっちゅうマリアの姿になっては城下にお忍びで出歩いている。


 そう、殿下は、女装を気に入ってしまったのだ!


 クリスは尊敬する王子の女装癖を必死になって隠していた。


 秘密を知るのはごく僅かな者だけだが、マリアに最も接触回数が多いのが、このセシアなので秘密の漏洩を防ぐ為にクリスは場違いだと分かりつつも、こういう会には同行していた。


「……たぶんクリスさん、勘違いしてると思う」

「真面目で可愛いわよね、クリスって」

 セシアが芋を頬張りながら言うと、うふふ、とマリアは笑う。

 別に、マーカスは女装が趣味ではない。楽しんではいるが。


 勘違いをしていると分かっているのに、そのままにしておくなんて相変わらず性格の悪い王子様だなぁ、とセシアは考えつつ、更に追加注文したローストビーフの皿を抱え込んだ。


 就職したとはいえ、まだ初任給も受け取っていない身、限りなく無一文に近いのだ。

 普段は城の中の使用人用の寮で暮らしているので、食費などはかからないが、滅多にない城の外での食事なので、美味しいものをお腹いっぱい食べておきたい。


「そういえば、セシア。お給料入ったら何買うの?アクセサリーとか、いいわよね。ショッピング行きましょうよ」

 少しよれているセシアの襟元をさりげなく直してやって、マリアは微笑む。

 何故こいつの爪は、今王都で流行りのコスメブランドの最新色で彩られているのだろう…とその指先を見ながら、セシアは考えた。

 無駄にディティールが細かい。


「……日用品は買い足すけど、主に換金しやすい小粒の金塊や宝石に換えておくつもり」

「発想が山賊!」

「つくづく失礼な奴ね……」

 思わず真顔になったマリアを、セシアはじろりと睨む。


「だって、金塊なんて可愛くないじゃない~!ドレスとかバッグとか買いましょうよ!」

「私が稼いだお金なんだし、どう使おうと私の自由でしょう?いつ放逐されるかわかんないし、貯められる内に貯めておきたいの」

 セシアの一切夢のない発言に、マリアは唇を尖らせた。


「もう~放逐なんてしないわよ!」

「マリアが……あの人がそうするとは思ってないけど、何があるかは誰にも分からないでしょう?」

「……」

「……大丈夫、ある程度貯まったら、贅沢もするわよ。まだ余裕がないから貯めておきたいってだけで」

 マリアが本当に悔しそうな顔をするものだから、セシアはつい顔を背けて誤魔化すようにそう言った。

 実際、セシアとて年頃の女性が好むような服や装飾品に興味はある。

 だが、蓄えもないのに贅沢する気にならないだけだ。


「絶対?」

「うん、絶対」

「~~わかった。じゃあ半年後は、ショッピングしましょうね!」

 マリアに腕を抱かれて、セシアは目を大きく見開いた。


「あんた、半年後も私とつるんでるつもりなの?」

「あら、私はセシアの親友だもの、当たり前でしょう?」

 セシアの言葉こそがいかにもおかしいのだ、とマリアは指摘してこの話を締めくくった。



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