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 異様な雰囲気に、セシアは相棒の袖を引いた。


「……フェリクス、ここで麻薬が使用されてることはわかった。今日はこれで下がろう」

「だな……人数も多いし、俺達でどうこう出来るものでもない」

 セシアが囁くと、フェリクスも頷く。

 ここにいる者は、自覚的に麻薬を吸っている為それ自体が犯罪だ。だが、人数が多いので今ここで二人では捕縛出来ない。

 一旦屋敷を出、速やかに麻薬課に連絡して捕縛してもらうしかない。


「フリッツ?どうかしたかい?」

 ジャックににこやかに声を掛けられて、フェリクスも何でもない態度を装う。

「すまない、セーラにはこの香りは合わないみたいで、具合が悪くなったようなんだ。侯爵に挨拶もしていないのに申し訳ないが、今夜はここで失礼させてもらうよ」

「そうなのかい?すごくいい香りなのに……まぁ合わない体質の人もいるかもしれないな」

 ジャックはいかにも残念そうに頷いた。

 彼とトーマスは、新しい中毒者を作る為の勧誘要員かと疑ったがここで素直に帰してくれるところをみると違ったのだろうか。


「招いてくれてありがとう、ではまた……」

 フェリクスが、具合が悪い体のセシアを抱えるようにして地下の部屋を出ようとする。

 と、



「ほら、エイミー様。もっと飲んで」



 聞こえてきた名に、セシアは足を止めた。

「セーラ?」

 フェリクスが不思議そうにセシアを促す。二人の意見は撤退で一致していた筈なのに彼女は足を止め、入ってきたのとは違う別室に続く扉を凝視していた。

 奥の部屋でも麻薬を吸っている者がいるのか、複数人の気配がするがこちらの享楽的な雰囲気とは違い、怒号も聞こえる。

「セーラ」

 例え向こうで取引が行われていようとも、踏み込んで捕縛するには二人の手に余るのだ。

 目の前で悪事が行われていようとも、ここは引き下がるべき。


 それはセシアも、勿論分かっているのだが。


 セシアが再び歩き出そうとした時、向こうの部屋から悲鳴が聞こえた。フェリクスも唇を噛む。

「……ごめん、フェリクス。確信はないし、後でどんな罰も受ける」

「おい……」

「だって、ここで引いたら私は私を許せない!」


 フェリクスが止める前に、セシアは素早く動いて隣の部屋へと続く扉を開いた。




 扉が開かれると、奥には男が数名と女が一人いた。

 女は、男達に腕を拘束され無理矢理何かを飲ませられようとしている。


 恐らく、水に溶かした麻薬を。


「っ、その人を放して!」

 セシアはカッとなって叫び、一番近くにいた男に魔力を載せた掌底打ちを叩き込んだ。ドレス姿なので、踏み込みが甘くなってしまい手応えが弱い。

「あ、馬鹿」

「ごめん!」


 フェリクスの声にセシアは勢いのままに詫びると、続くもう一人を魔法で吹っ飛ばした。訓練のおかげで、元々得意な力の調節加減を見誤ることもなく、抜群の塩梅で吹っ飛ばすことが出来る。

 仕方なく、フェリクスもわけも分からず殴りかかってきた別の男に応戦した。


 女を拘束していた男達がいなくなったので、セシアは彼女に駆け寄る。

「大丈夫!?」

「あ……」

 彼女はヨロヨロと項垂れ、セシアはさっとその体を検分した。見えるところに外傷はないが、医者でもないセシアに正確な診断なんて下せない。

「……あなた、名前は?」

「……エイ、ミー……」

 息も絶え絶えに言うのも聞いて、セシアは確信を強める。エイミーは随分弱っていて、気休めだとは分かっているが、濡れた彼女の口元をそっと拭ってやった。

「アクトン侯爵令嬢?」

 訊ねると、エイミーはのろのろと頷く。


 掠れた声で、彼女は言った。

「……た、す、け……て」

「……分かった」

 セシアは様々な葛藤を跳ねのけて、その言葉に奮い立つのを感じる。


「おい!なんだお前達!!麻薬課か!?」

 新たに、体格のいい男が怒鳴りながら現れた。

 手前の部屋で麻薬を吸っていた人達は、この騒ぎにもさして関心がなさそうにトロン、とした顔をしていてフェリクスもセシアもゾッとする。だが、もう後には引けない。


「麻薬課じゃねぇよ!!……あーもう!本当に、後で俺にも謝れよ、セシア!」

「この前の借りを返せてよかったでしょう、フェリクス!!」

 セシアは怒鳴り返して、エイミーを抱える。

「誰だよ、その女!」

「アクトン侯爵令嬢……駆け落ちして、社交界から消えたって噂だったけど、こうして薬を与えられて拘束されていたようね」

 エイミーを抱えるセシアを守る位置に立って、フェリクスは構える。先程現れた男は用心棒も兼ねているのか、明らかに手練れで体格がいい。他にも数名同じような男がやってきて、表情を見れば彼らは薬物をやっていないことがすぐに分かる。

 ハッキリとした意思、つまり怒りを抱いているのが明白だ。


「エイミー様は侯爵家に戻すわ」

「何の権利があってそんなことを言う!?そいつは望んでここにいたんだ、突然現れて、エイミーを連れ出そうとしているお前達の方がおかしいだろう!!」

 苦し紛れに男に言われて、確かにそのようにも見える、とセシアは顔を顰めた。

 セシアが見た限り、エイミーは明らかに無理矢理麻薬を飲まされているように見えたが、最初はそうではなかったのかもしれないし、ここでエイミーを連れ出すことが正しいことなのかは判断はつかない。

 でも、


「それでも、これはおかしい。正常な判断の出来ない人に麻薬を与えて拘束することは、絶対におかしい!!」


 セシアが男達に向かってそう叫ぶと、彼らは口で言っても通用しないと判断しフェリクスとセシアを制圧にかかってきた。

「あいつらを捕まえろ!!」

「下がってろ、セシア!」

 フェリクスは怒鳴り、狭い部屋はあっという間に乱戦の場になる。人数は少ないが、それでも相手の方もなかなかの手練れらしくフェリクス一人ではあまり時間を稼げそうにない。


 セシアは辺りを探ったが、入口は男達が現れた扉だけ。だが、幸いにも彼女達の背にしている壁には、高い位置に外へと通じる窓があった。

 壁に後ろ手に触れて、感触を確かめる。石造りの堅牢な部屋。どうやら地中に接して圧力に耐えている部分の壁よりも、湿気除けに開けた部分にある壁の方が薄く出来ているようだ。

「……これなら、きっと吹っ飛ばせる」

 セシアは冷や汗をかきつつ、掌で壁に触れた。


 彼女は特別格闘に優れているわけでもないし、何か特殊な能力を持っているわけでもない。

 けれど人よりも器用で、こと魔法の威力の調節はまるで繊細な味の料理を作るがごとく、細かく調節出来た。

 それゆえ、普段は出力を常に抑えて放っている。人を壊したくなかったので。

 しかし、今は分厚い壁が相手だ。遠慮はいらない。

「フェリクス、避けて!最大出力でぶっ飛ばす!!」

 セシアが叫ぶと、意味を悟ったフェリクスは慌てて男達から離れて机の影に隠れる。



 壁に付いた彼女の掌を中心に魔法が発動して、堅牢かつ分厚い壁にヒビが入り文字通り吹っ飛んだ。



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