27
「別室で、侯爵の親しい人達だけでやるちょっとした遊戯があるんだが、君達も来ないか?」
金髪の男の方が、出入り口の扉を指して誘う。
「だって、行ってみようか」
フェリクスに言われて、セシアは驚いて彼を見上げた。
「まぁ、あなた。私達、その……侯爵様?と親しくないのに、突然行ってもいいのかしら?ご迷惑なのではなくて?」
「ああ……それは確かに。でも興味あるだろ?」
フェリクスは行きたそうにうずうずとした様子を見せる。
勿論、ものすごく怪しいので彼らに付いて行くつもりだが、突然振られた話にこちらが無防備に飛びつくのも怪しいだろう。
セシアが躊躇う様子を見せて、主導権を持っているフェリクスの方は行きたがって見せた。
「……侯爵は心が広いから大丈夫だよ」
焦げ茶色の髪の男の方が、初めて口を開いた。
少し焦っているかのような素振りがあり、彼の目は床の辺りをキョロキョロと彷徨っている。
「そうだよ!仲良くなれそうな人がいたら、連れてきていいって言われているんだ」
金髪の男の方は、そんな相棒の背を軽く叩いて後押しをした。
「なぁ、二人もこう言ってくれてるし、いいだろう?」
フェリクスに言われて、セシアも頷く。
「侯爵様にご迷惑じゃないなら、私は構わないわ」
主導権はフェリクスの方にある体なのだから、彼の方を篭絡すれば二人連れの誘導は成功するのだ。
「じゃあ決まりだね!あ、俺の名前はジャック、彼はトーマスだよ」
ジャック、と名乗った金髪の男は、自分と焦げ茶色の髪の相棒・トーマスを指して自己紹介をする。
「俺はフリッツ、こちらは恋人のセーラだ」
フェリクスも気軽に笑って偽名を名乗り、セシアのことも紹介する。
「よろしく、フリッツ、セーラ。……こっちだよ」
ジャックに誘導されて、セシアとフェリクスはホールを出る。
廊下にはたくさん燭台が灯されていたが、それでも一つ一つの灯りの範囲が狭い為どこか薄暗さが漂う。
近年貴族の間では、魔法で灯りを灯すことの出来る魔法灯もかなり普及してはいるが、この屋敷では採用していないようだ。
先導して歩く二人連れにバレないように、セシアはフェリクスの体の陰で魔法を構築する。
こちらは執行官になって真っ先に学んだ魔法、仲間に伝令を飛ばすものだ。予め縁を結んでおいた相手にしか飛ばせないが、今回はそれで十分。
まず一番上の上司であるマーカスへ。しかし多忙な王子は連続で夜会に潜入はしていないだろうから、さっさと次を飛ばさなくてはならない。
レインにも飛ばそう、としていたところでトーマスがセシアに近づく。
「今、何かしたか?」
「何か、とは?彼が私のお尻を触ったので、お仕置きしましたけど」
ツン、とセシアが顔を背けると、フェリクスは不味いとこを見つかった、といった風に顔を顰めた。
「……そうか」
トーマスがまた視線をあちこちに彷徨わせながら言うと、少し先を歩いていたジャックが笑った。
「仲がいいね、お二人さん。さぁ、ここから下るよ」
暗い洞の様な地下へと続く扉を開かれて、セシアは表情を変えないように気をつけつつも、どこかゾッとすることを止められなかった。
「なぁ、あのトーマスって男、動きが明らかに麻薬常習者のそれだよな」
「……うん。ジャックの方の妙な明るさも、常習者特有の躁状態」
地下に入ってしまった所為で、伝令の魔法が飛ばせなくなってしまった。この魔法に限っては、まだセシアが未熟な所為もあって、外に空気が通じている場所でなくては魔法が上手く届かないのだ。
「……伝令、時間が足らなくて殿下にしか送れなかったわ」
「え?……だが、殿下ならそれを先輩に送ってくださるだろう……」
フェリクスが小さな声で返すので、それを願いつつセシアは外に通じる窓などがないかを探す。
降りた段数的に、そこまで地下深く、ということではなさそうなので、半地下、といった辺りか、と予測した。
「……あと、さっきの侯爵が気になってるんだけど」
「アクトン侯爵?特に悪い噂は聞かないけどな……この夜会の主催は男爵の筈だし、ジャックが言い間違えたとか……?」
「何を隠れていちゃいちゃしてるんだい?着いたよ」
ジャックの明るい声と同時に、目の前の扉が開かれる。
重い音を立てて開いた先から、もわっと甘い香りがしてセシアは顔を顰めた。
人工的な甘ったるい香りに、そっと口元を覆う。
視線で確認すると、フェリクスも険しい顔をしているのが見える。
目配せしあって、匂いの大元を探すとテーブルの上に異国風の香炉が置かれていて、そこから細く煙が立ち上がっていた。
執行官の二人は、予め押収した”天使の薬”の香りを確かめていたので、その煙が同じ薬由来のものだと分かる。既に捕まっている常習者の一人の聴取で、天使の薬は粉末状で飲み物などの液体に混ぜて服薬すると聞いていたが、香のような使い方もあるとは調査漏れだ。
直接経口摂取するよりは、鼻から香りとして吸う方が被害は少ないだろうけれど、遅く利く代わりにその分知らぬ間に多く吸ってしまう危険性がありそうだ。
セシアは見えるように顔を顰め、いかにも気に入らない、といった様子で扇を扇いでみせる。
「この匂い、なんなの?空気が悪いわね」
言いながら、明り取りか空気の入れ替え用の窓を探す。幸い半地下なので、湿気を防ぐ為にどこかに外へ通じる、開口部がある筈だった。
「いい香りだろう?この香りを嗅ぐとリラックスするんだ」
ジャックが先程の様子とは違い、随分落ち着いた様子で話す。薬を嗅いで、効果が出始めたのだ。
常習者であり、先程までは欠乏していたから禁断症状に陥っていたのだろう。
部屋はあまり広くはなかったが、大勢の人がいて皆思い思いに麻薬を服用していた。
フェリクスはバレないようにこっそりと拳を握る。
享楽的に麻薬を吸い、あちこちで酩酊状態になっている貴族達はフェリクスやセシアが全く見えていないようだった。




