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 そんなわけで、ようやく解放されたセシアは急いで部署に戻り、少し叱られながらもデスクワークに戻った。貴重な休日の数時間を生贄にして。ひどいや国家権力。

 遅れた分、セシアは最大限急ぎつつも見落としがないように、目を皿のようにして書類のチェックに勤しむ。


 そんなセシアが、学園を卒業して就職した職場は、王城の経理監査部という部署だった。


 彼女はそこの下っ端執行官だ。ようは金の流れにおかしなところがないかを逐一チェックして、不正を炙り出す部署。セシアの過去を鑑みると、皮肉な人事である。

 そして執行官、と言うからには自身で捜査し、時に荒っぽいこともするらしく、経理部だ文官だと安泰デスクワークを夢見て就職したセシアのアテはハズレっぱなしである。


「やっぱり美味い話には裏があるよね」

 目視で書類の不備がないことを確認して、今度は魔法でその書類そのものにインチキがないかを確認する。二重チェックは基本。

 こういう細かい魔法は得意なので、仕事自体に不満はない。ない、のだが、量が多いのだ。


 同期採用も複数人いるし、少なくない人数が働いている筈なのに、ド新人のセシアですら大忙しの日々である。

 春は人事異動なども多いので、書類も増えるし金銭の動きも活発。

 所謂繁忙期だと先輩たちには言われているが、入ってすぐにこの忙しさしか体験していないので、セシアには閑散期の想像がつかない。


「この束チェック出来ました!」

 チェックの済んだ書類の束を、先輩のデスクに持っていくと、指導係の先輩であるレインが顔を上げた。

「ご苦労様。でもまだまだあるぞ~!」

 快活に笑って差し出されても、嬉しくはなく、セシアは苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべてしまう。

「Oh……」

「なんだその顔は。さては不満なんだな?よしよし、オマケをつけてあげよう!」

「増えた……」

 レインは仕事は出来るし、平民出身のセシアにも分け隔てなく接してくれる好漢だが、ここは新人扱いして欲しいところだった。



 学園を、その年の首席という優秀な成績を修めて卒業したセシアは、ちょっぴり悔しく感じつつも、マーカスの言っていた通りの進路に進んでいる。



 その学園に二度通った彼女は、新卒登用でも同期よりもやや年上だ。

 そもそも学園は14歳から17歳までの子女ならば誰でも入学試験を受ける資格がある。学費が平民には高すぎるので、自然と入学する者は貴族か裕福な商人の子などに偏りは出来てしまうのだが。


 “セリーヌ”として14歳で入学したセシアが、2年の課程を経てセリーヌとして卒業年を迎えたのは15歳時。

 その後、翌年度16歳で再度セシアとして入学した為、卒業したのは17歳の時だった。

 新卒登用時、セシアは18歳。ストレートで学園を入学・卒業した同期ならば16歳が最年少なので、丸々2年は年上だ。


「セシア、お前マーカス王子の愛人って本当か?」


 向かいのデスクの、レインと同期の先輩であるキースがニヤニヤしながら訊ねてくる。

 口より手を動かして欲しい、と思うけれどセシアにまだその権利はない。早く実力をつけて、言いたいことを言える立場になりたいものだ。


「それまだ言われてるんですね~学園の理事の一人である王子が、私が在学時の保護者代理をしてくれていたので、時折お声掛けいただくだけですよー王子は他にも孤児で優秀な平民の保護者代理をなさってますし、私だけが特別なわけじゃないですよー」

 さくさくと書類を処理しながら、セシアはすらすらと喋る。もはや定型文だ。


 学園在学時は、王子の後見を得ているということでイジメられたし、王城に勤めるようになってからはセシアが曲がりなりにも女なので、愛人疑惑を掛けられることが多い。


「そもそも愛人って奥さんのいる人に言うものじゃないですか?王子ってまだ独身ですよね」

 同期のロイがセクハラですよ!と先輩に咎める様に言ってくれたが、先輩のキースは豪快に笑った。

「なんだ、それじゃセシアは愛人じゃなく、恋人だったら満更でもないのか?」

 ふっ、と笑って、セシアは上司から渡された書類の束をキースのデスクにどん!と置いた。

「キース先輩、これ、今日提出の書類ですけど、私手伝いませんから」


「え!なんで!いつも手伝ってくれるじゃんか~~~!!!」

「今日は予定があるんです」

 元々キースの分担の仕事だ。これぐらいの仕返しは、可愛いものだろう。





 遅れた分少し残業したセシアは、待ち合わせの時間が近いこともあって慌てて退勤する。

 住まいは王城の端にある独身寮だが一旦帰る時間の余裕はなく、裏門から城下街へと向かう。そのまま彼女は、王城や学園のある富裕層の暮らす地区からは離れて、真っ直ぐ下街の方に足を進めていった。

 下街区画に入ってすぐのところに、黒猫が描かれた木製の看板の下がる一軒の居酒屋があり、セシアは躊躇することなくその扉を開いた。


「いらっしゃいませー」

 明るい店員の声に迎えられて、セシアは店内を見渡す。


「あ、セシア!こっちこっちー!」

 ぶんぶんと手を振るのは、燃えるような赤髪に翡翠色の瞳の、美女。

 セシアの学園時代の友人である、マリア・ホークだ。


「……ハハ、ドウモ、遅れまして……」

 セシアは頭を掻きつつテーブルに着く。

 マリアの隣には第二王子付きの執事であるクリスもいて、お互いに目礼を交わした。


 ちなみにセシアは王城に勤め始めてから知ったことだが、表向きマリアが名乗っているホーク伯爵家は、クリスの生家であり彼は伯爵家の次男なのだという。

 実際伯爵家には、学園には通っていないが令嬢もいるらしく、家族ごと“マリア”に利用されている点に、セシアはとても同情していた。



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