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コミカライズ完結記念SS

 

「ほんじつは、おまねき、ねき……ねき? うう……!」


 セシアは、スピーチ原稿を握りしめて唸っていた。


 場所は王立魔術学園の校舎内、関係者控室。今日はなんと、学園の入学式だ。

 そんな晴れの日に、新入生たちの前で歓迎のスピーチを行う大役を、卒業生兼王子妃としてセシアは任されているのだ。


「緊張してんなぁ……」

「妃殿下、が、頑張ってください!」


 すっかり平和になったエメロード国。経理監査部二課も最近では本来の業務である、経理仕事ばかりが回ってくるらしい。

 そんなわけで、手隙のフェリクスとエイダは王子妃の護衛として今回付いてきてくれているのだが、そんな彼らにまでセシアの緊張が伝播してしまっていた。


「ううう、何故こんなことに……」


 セリーヌの起こした例の一件で、セシアが二回学園に通ったことは広く知られることとなった。その所為で学園に保管されている、当時のセシアの成績や課題論文までもが学生たちの間で注目されるようになったのだ。

 セシアが試験に対して不正にならないように、と一度目と二度目ではわざと選択科目を変えていたこともあり、そのデータは豊富だ。

 そこからが意外なことに、注目されればされるほど、セシアの残した成績の不器用なぐらいの真面目さとそれに伴う優秀さのほうが浮き彫りになっていき、今となっては王子妃のスキャンダルではなく「成績優秀者の功績」という意味で注目を浴びるようになった。


 結果、毎年「活躍している卒業生」に依頼している新入生への歓迎のスピーチが、セシアに回ってきた次第である。

 つまり今回は、王子妃の公務ではなく卒業生へのボランティアの依頼だった。


「だめだ……舌を噛む予感しかしない!」


 ついにスピーチ原稿を放り出したセシアは、両手で頭を抱える。

 卒業生として来ているので、装飾が控えめでかっちりとしたドレスを着ていることも、緊張に拍車をかけた。緊張で口から魂が飛び出しそうな気がして、頭の次に口を両手で覆う。

 そんな風に見たこともない程緊張しているセシアを見て、フェリクスとエイダが驚いている。


「意外だな。潜入任務のほうが緊張するだろ?」

「勝手が違いすぎるし、潜入任務は目立たないことが目的だったけど、今回は目立つじゃない! 注目されるじゃないっ!」


 潜入任務も王子妃としての公務も、セシアにとっては同じ「仕事」だが、今回はセシア自身に依頼された場で、しかもなにかと戦うのではなく注目を浴びて自分の言葉で喋る場なのだ。

 およそ初めての経験であり、緊張しない方がおかしい。

 唸り続けるセシアに、エイダがオロオロと狼狽える。


「ああ、妃殿下……マーカス殿下に応援に来ていただけたらよかったんですが、前の公務が押しているようで……」

「え、嫌よ。あの人、私が緊張しているのを見てニヤニヤするに違いないもの! そもそも、マーカスが来れるならマーカスがスピーチするほうが相応しいんじゃない? 理事だし! 生徒もそのほうが喜ぶわよ!」


 ついにはこの場にいない夫に向かって八つ当たりを始めたセシアに、護衛の二人は顔を見合わせてお手上げだ。

 一人で怒ったり唸ったりしていると、控室の扉がノックされてセシアは固まった。まだ式が始まるには時間がある筈だが、大騒ぎしている声が外に漏れてしまっていただろうか?

 ロイくん直伝の防音魔術をかけて、無駄に鉄壁を心掛けていたというのに!!!

 真っ青でセシアがなおも固まっているので、エイダが来訪者の対応をした。


 ら、

 そこにシレッと現れたのは、長身の赤髪の美女。


「妃殿下、失礼いたします。わたくし、学園の理事でマリア・ホークと申します」

「なんでアンタが来るのよ~~~~~!!!!」


 驚いたセシアからは緊張も八つ当たりも全部すっ飛び、心細かったことだけが残って親友にぶつかるようにして抱き着いた。


「あらあら。私のあなたったら、相変わらず可愛いんだから」


 よしよしとマリアはセシアの頭を撫でてくれる。

 相変わらずいい香りがして、それがマーカスの時とは香りが違うのが不思議だ。ワケが分からないし深く考えたくないが、セシアにとってこの二人のそれぞれの香りはびっくりするほど心地よく、なにより心を落ち着かせてくれる。

 そこでハタと思いついたセシアはバッとマリアから身を離して、そちらを真っ直ぐに見つめた。


「ねぇ、アンタがスピーチやっ」

「ダメよ」

「交代……」

「イヤよ」


 しおらしく頼んでみたが、マリアはにこやかながら取り付く島もない。


「なんでよー!」

「だってぇ~私だってセシアの晴れ姿見たいもん」

「いつも一番側で観てるじゃないー!!」

「うふ! 特等席ね」


 セシアはぽかぽかとマリアを叩くが、相手にはノーダメージらしくニコニコと楽しそうにしている。言わんこっちゃない。

 以前二課室に来ていたこともあり、マリアを別動隊の同僚だと判断しているらしいフェリクスとエイダは、こちらの様子を微笑まし気に見ている。こいつ、あなたたちの上司です!


「……まじで何しに来たの? 笑うだけなら帰ってよぉ」


 そして王子姿で戻ってきて、私の代わりにスピーチをなさい! と視線で圧をかけたが、そんなもの「彼」に通用する筈がない。

 セシアがじとりとした目を向けたが、マリアは受け流してまたもやニッコリと美しく微笑んだ。


「ここは私が初めてセシアに会った場所だもの。何年も経ったのに、またここにいる貴女に会えるなんて嬉しくて、来ちゃったの」

「可愛く言ってもダメ! 帰るか、チェンジで!」

「あらぁ?」


 セシアがマリアにスピーチ原稿を押し付けると、相手は器用に片眉をつり上げてニヤリと笑った。

 その表情ときたら! あの悪童王子にそっくりなのだ。

 嫌な予感がして、セシアはぎくしゃくとマリアから距離を取る。しかしすぐさま近づかれて、目の焦点が合わないぐらいの距離に美しい翠の瞳がある。


「な……」


 唇が触れ合いそうな距離で、マリアは歌うように呟いた。


「セシアったら、逃げるの?」

「…………お生憎さま。もう昔の私じゃないのよ、そんな安い挑発に乗るもんですか」


 十二分に挑発されていたが、セシアは強がってそう言った。するとマリアは煽るように笑って、リップ音をたてて頬にキスをしてきた。


「マリア!」

「私なら、この程度の場、原稿すらなくても即興でこなせるわよ? 誰だったかしら、『俺』に絶対勝つって大見栄きった子は」

「!」


 そりゃあ生まれながらの王子サマなら、入学式でのスピーチなんて朝飯前なのだろう。人前に立って、注目を浴びるのが仕事みたいな人だ。

 これはコイツの常套手段。もう何年も、ずっと、この手に乗ってなにかしら厄介な事件に付き合わされてきた。分かっている。

 分かっていてもなお、ここで引き下がったらセシア・エメロードの名が廃るというものである。


 なにせ


「ああ、もう! 分かったわよ! やるわよ! 完璧なスピーチをこなしてやろうじゃないの!」

「きゃあ! それでこそ、私のあなたね、セシア! カッコイいわ!」


 思わずそう宣言すると、マリアがおおはしゃぎで手を叩いた。

 突然のセシアの変化にフェリクスとエイダが目を丸くしているのが見えるが、ここで退くわけにはいかない。


 なにせセシアの信条は、常に徹底抗戦なのだから!







コミカライズ完結記念でした!

お付き合いありがとうございます!久しぶりに書くセシア、すごく楽しかったです。読んでくださった方も楽しんでいただけていたら、とっても嬉しいです!

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