104.コミカライズ1巻発売お礼SS-2(王子様との晩酌)
「かんぱーい!」
「乾杯」
かきん、とワイングラスの縁がぶつかり合い、硬質な音がした
セシアが明るい声で言うと、向かいの椅子に座るマーカスは柔らかく目を細めて唱和する。
第二王子の住居棟、夫婦の居間。時刻は遅く、使用人達も皆下がらせた為、今部屋にいるのは二人きりだ。
グラスに口をつけたセシアは、紫色の瞳を輝かせる。
「ん! 美味しい、このワイン。なんか……花? みたいな味がする」
「お、いける口だなセシア」
マーカスが他国の外交官から土産のワインをもらったので、せっかくなので少し飲もう、ということになり、テーブルには簡単に摘まめるものが数種類用意されていた。
「もう……揶揄わないで」
ムッと彼女が眉を顰めたのが可愛らしくて、マーカスはその眉間を指でつつく。こんなことをするから
「揶揄うな」と叱られることは分かっているのだが、ついついちょっかいを掛けてしまうのだ。
ツン、とセシアはそっぽを向いてしまい、ならばと今度はその横顔を肴にマーカスはワインを味わった。案の定、すぐにその視線に耐えかねてセシアがこちらを向く。
「なに!?」
キッと睨みつけ子猫が威嚇するかのように言ってくるので、思わず笑ってしまう。
「可愛いなぁ、俺の奥さん」
「私の旦那さんは、可愛くないわ」
すかさずそう言われたので、マーカスは芝居がかった仕草で翡翠色の瞳を丸くし、驚いてみせた。
「嘘だろ? 割と可愛いだろう、俺は」
「そういうところよ!」
セシアはじとりとマーカスを睨み、視線を逸らすとテーブルの上のツマミを口に放り込んだ。途端、幸せそうな笑顔になる。
「美味しいー! さすが王城、チーズもハムもそこらの酒場とは全然味が違う」
「そういや最近城下で飲んでないな」
「普通は王子様は城下で飲まないと思う……」
「つれないこと言うなよ、また美味しい店に行きたくないか? 王子妃様」
マーカスが悪戯に誘うように言うと、セシアは目を輝かせる。
「行きたい!」
「よしよし」
王子妃も城下で飲んだりはしないことを、彼女はあっさりと棚上げした。それに、マーカスは満足げに頷く。
先程までの不機嫌はなんだったのか、セシアはうきうきと楽しそうだ。
「いつにする? マーカス、お休み取れる? 新しいお店も開拓したいけど、以前連れて行ってくれた東地方の郷土料理のお店もまた行きたいなぁ」
「ああ、あそこ美味かったな」
「ねっ」
セシアがご機嫌だと、マーカスの機嫌も自動的に上がる。やはり愛する者の笑顔は良い、と彼は内心で頷いた。
ここで口に出してしまうと、可愛い妻に照れ隠しでまた叱られるハメになるので、学習能力の高い第二王子は賢明に口を噤むのだった。
休暇のお出掛け計画のおかげでその後は和やかに過ごし、夜も遅かった上にワインの度数が高かった為、セシアはこくりこくりと舟をこぎ始める。
いとけない子供のような姿も愛らしく、しばし眺めていたマーカスだったが、さすがにベッドに運んでやらなくては、と席を立った。
彼女を揺らさないようにそっと抱き上げると、ごく自然な動作で首に腕が回される。すっかりマーカスに抱き上げられることに慣れたセシアが可愛いし、リラックスしてくれていることが嬉しい。
続き部屋の寝室に移動しベッドにゆっくりと降ろすと、何故かぎゅう、とより抱き着かれてマーカスは首を傾げた。
「セシア? 起きたのか?」
視線を向けると、彼女はふにゃりと笑う。
「うん?」
「ふふ。私のだんなさんは、可愛くない」
「そうか、俺の奥さんは可愛いぞ」
目元にキスをすると、彼女は肩を竦めてきゃらきゃらと笑う。酔っていても、我が妻は可愛い。酔っている分は、加点要素だ。
「うん……あのね、かわいくないの」
「何度も言われるとさすがに傷つくぞ」
こら、と言うようにセシアの鼻を摘まむと、セシアはまたくすくすと笑った。
「かわいいじゃないのよ、私の旦那さんは、とってもカッコイイの」
「え」
微笑んだままセシアが伸びあがり、ちゅっ、と音をたててマーカスの唇にキスをした。そしてそのまま深い眠りに落ちていく。
「ええ?」
ぐんにゃりと力の抜けた彼女がベッドに撃沈するのを掬いあげて支え、マーカスは改めてセシアの体をベッドに横たえる。
「えええ?」
履物を脱がせ、てきぱきと上掛けをかけてやりながらも、彼は唸った。
「素面の時は絶対言わないくせに……しかも言い逃げ……ああ、クソ、明日になったら覚えていようと忘れていようと、絶対に揶揄ってやる」
しかし、マーカスはこの件でセシアを揶揄うことは絶対に出来ないだろう。
何せ王子様の秀麗なお顔は、酒精とは違う理由で真っ赤になっていたのだから。




