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101/106

101.(書籍発売お礼SS・2)

「そういえば殿下。ああいうの見ても、嫉妬とかしないんですか?」

「おまっ……! エイダ、馬鹿、黙れ!」

「馬鹿という奴が馬鹿なんですよ、フェリクス先輩」


 マーカスは、目の前で繰り広げられる部下達の会話に、翡翠色の瞳を瞬いた。



 公務の合間に、セシアと共に二課に様子見に訪ねてたら、当然のように書類仕事を手伝わさせられているところだ。

 そして、目の前で言い争いをするフェリクスとエイダ。彼らはセシアがいなくなった後の二課でコンビを組んでいて、仕事上の関係は良好だ。

 セシアは魔法の調節が上手でフィジカルが弱い為、力仕事はフェリクス、魔法はセシア、とハッキリと分担が分かれていたが、エイダはセシアほど魔法の精度が高くない。

 その為、フェリクスの方にも魔法を使うシーンが増えたようで、よく二人で訓練している姿を目にする。

 性格的な相性も良く、こうして丁々発止に言い合う姿も微笑ましい。

 マーカス自ら人選した二課の面々は、何をやっていても微笑ましい気分になる。それは妻のセシアに対しても例外ではなく、彼らと一緒に笑い合っているセシアを見ると、マーカスは心が温まるような心地になるのだ。

「だって、嫉妬しないってことは、誰のことも好きじゃないってことに似てませんか? 私、博愛主義とか信じられないんです」

「殿下、無視してください。こいつ、ちょっと考え方が極端なんです」

「嫉妬、なぁ……?」

 向こうでロイと盛り上がっているセシアを見ながら、マーカスは首を傾げた。


 あれからマーカスは、仕事の合間にもずっとエイダに言われたことが引っ掛かっていた。

 セシアのことは好きだ。愛している。自分の何を代わりに差し出しても守りたいと思うほどに。

 王子として、国民には等しく幸せになって欲しいと思っている。

 家族や、仲間、マーカスにとって特別な人達には、幸せになって欲しいし、何でも手助けしたいと思っている。その幸せがマーカスの傍にないのならば、遠くに行ってしまっても構わない。離れていても、その誰かの幸せを願う気持ちは、変わらない。

 だが、自分の手で幸せにしたいと願った人はセシアだけだ。それほどに愛している相手なのに、彼女の関心が自分以外に向いていたところで、嫉妬は感じない。

「……一般的ではないのか?」

 うーん、とマーカスは小さく呟いた。後ろを付き従うクリスには聞こえなかったらしく静々と付いてくるだけだった。

 今は夜の帳の落ち切った遅い時間で、廊下には警備の者の姿しかない。

 マーカスは今夜の夕食は、大臣の一人と今後の貿易についてざっくばらんに話しながら摂った。

 王太子である兄は、家族と食卓を囲むことが多いが、マーカスは軽い食事会のような体で要職に就いている者と話す機会を多く設けている。

 正式な場ではなく、料理とアルコールを楽しみつつお喋りしていると、砕けた話が出来るのだ。勿論相手だって手練れの政治家なので本心を全て話しているわけではないが、情報交換と意思表示を受けたり、全く政治に関係のない年長者としての意見を聞かせてくれたりもする。

 マーカスにとっては貴重な時間だが、結果新妻を遅くまで放っていることは事実だった。

 セシアはセシアで、メイヴィスや王太子妃と交流したり、授業を延長してもらったりと何かと忙しくしてはいるようなのだが。


 第二王子のプライベートスペースへと続く扉の前で、クリスがぴたりと立ち止まる。

「では殿下、ここで」

「ああ、ご苦労だったな」

 マーカスが労いの言葉を掛けると、クリスが就寝の挨拶をして廊下を戻っていく。続く廊下への扉を衛兵が開き、マーカスは更に奥へと向かった。

 小さな中庭は明かりが最小限に灯されていているだけだが、それでもわずかな花の芳香と手入れされた庭木のシルエットに心が解けていく。

 と、廊下の向こうからティーセットの乗ったワゴンを押したメイドがやってきた。マーカスを見て、優雅に礼を執る。

「セシアに頼まれたのか?」

「はい。そろそろ殿下がお戻りになる頃だから、と」

 メイドの言葉を聞いて、マーカスはセシアの気遣いが嬉しくて目元を綻ばす。

 自分の仕事と望みの所為で二人での時間を削ってしまっているのに、セシアはいつもマーカスを労わってくれるのだ。

「ありがとう。もう遅いし、後は俺が引き受けよう」

「いえ、そんな。私の仕事ですので」

 建前として気遣うような言い方をした所為か、職務に忠実なメイドが食い下がってくる。

 お茶をメイドに淹れてもらっていたら、ますます二人きりの時間が短くなることが気になって、せっかちだと自覚しつつマーカスはワゴンの取っ手に触れる。

 それから、意識してとびきり優しく微笑んだ。

「大丈夫、任せてくれ」

 すると、


「殿下」

 ひんやりとした声が背後から聞こえ、マーカスは振り向いた。私室の扉が開いていて、寝支度の整ったセシアが分厚いローブを羽織りしっかりとショールを巻いた姿で顔を覗かせている。

「妃殿下」

 メイドが慌てて、再び礼を執る。セシアはマーカスとワゴン、それから最後にメイドに視線を巡らせて、優雅に微笑んだ。

「ありがとう、ここまでで結構よ」

「はい。では、おやすみなさいませ。殿下、妃殿下」

 セシアがお茶の支度だけを頼むことには慣れているらしく、メイドがあっさりと引き下がると挨拶を述べて静々と下がっていく。

 マーカスがワゴンを押すと、セシアが扉を支えて部屋の中に入る。

 セシアは僅かに唇を笑みの形にキープして、目元を細めた優雅な笑顔を湛えている。だけど一度も目が合わないので、マーカスは不思議だった。

 ぱたんと扉が閉じマーカスがワゴンをソファの横に移動させると、セシアの顔からするりと落ちて行くように笑みが消え、なんとも言えないげんなりとした表情に変わった。

「お?」

「サイッアク。私、めちゃくちゃカンジ悪い……!」

 言って、セシアは顔で両手を覆ってしまう。

 意味が分からなくて、とりあえずマーカスは彼女をソファに座らせて自分もその隣に並んで座った。

「なんだなんだ、どうした?」

「やだ、もうー……今の私、めちゃくちゃ嫌な女だった。でもマーカスも悪い」

「突然飛び火したな」

 目を丸くしてマーカスがセシアの腕に触れると、ゆっくりと彼女の顔から手が離れて表情が見えた。


「……なんでそんな可愛い顔してるんだ?」

 セシアは顔を赤くして、眉を寄せ、唇は悔しそうに噛みしめているのだ。

「いや、今、絶対ブスな自覚ある」

「可愛いさ」

 恥じらう想い人というものは、どんな不細工な表情をしていても可愛いものだ。

 マーカスはほぼ反射のようにセシアに顔を寄せ、そっとキスをした。抵抗するかとも思ったが、セシアはそれを受け入れリップ音をたてて唇を離す。

「……で、一体何だったんだ?」

 抱き寄せたままマーカスが聞くと、セシアは肩の辺りに懐いてウンウン唸る。

「……あなたが」

「俺が?」

「メリルに」

「誰だ?」

「……さっきの、メイド」

「ああ、メリルっていうのか」

 王族としては、使用人の名前をかなり憶えているマーカスだが、お茶を運んできたメイドの名前までは把握出来ていない。

 マーカスの瞳を覗き込むようにして睨みながら、セシアはまた唸る。機嫌の悪い猫か?


「…………めちゃくちゃいい笑顔を向けてた」

「ん?」

 マーカスが、メリルに、笑顔を向けていたから、セシアは嫌な女になった。

「……ああ! 嫉妬か!」

「うわぁぁぁぁ」

「それであんな淑女っぽい笑顔を向けたのか、つまり牽制?」

「ううううううう、全部言わないで……!!」

 へなへなと丸くなったセシアは、マーカスの脇の下にでも埋まろうというのか、ぐいぐいと頭を押し付けてくる。

「可愛いな、セシア!」

「可愛くないぃぃ……」

 頭を抱えるセシアは、本当に可愛い。マーカスは子供のようにはしゃいだ気持ちになって、セシアの旋毛に音をたてて何度もキスをする。

 ようやく丸まるのを止めたセシアは、きちんとソファに座りなおすと唇を尖らせた。

「どうせあなたはこんなヤキモチ、焼かないんでしょうね」

「ん? うん、そうだな……」

「まったく、私の愛情に胡坐をかいているんだから!」

 溜息をついて、セシアはお茶を淹れ始める。

 テキパキと茶器を操る様子を見ながら、なるほど、とマーカスは頷いた。


「そうか、俺は嫉妬しないんじゃなくて、セシアの愛情を信頼しているのか」

「言っておくけど、私だってマーカスの愛を疑ってるわけじゃないからね」

「それは分かっているが……」

 マーカスは自分の頬を手の平で擦って、首を傾ける。

「その内嫉妬する日も、来るのか……?」

「マーカスのヤキモチ、絶対すごいよ。あなたは実はかなり独占欲が強いもの」

 セシアは面白そうに笑って、お茶のカップをマーカスの前に置いてくれる。

 肩を竦めて笑う可愛い妻を見て、それはそうだろうな、とマーカスは苦笑を浮かべるのだった。

どこかでちゃんとマーカスの嫉妬話を書きたいな、と思ってます。

おかげさまで2巻発売です!!ありがとうございます!!

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