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1(1章)

短編「ワケあって、変装して学園に潜入しています」の続きです。前作を読んでいないと分からない点があると思いますので、お手数ですが先に前作の方をお読みください。

どうぞよろしくお願いします!

 



「あなた、生意気なのよ!!!」




「生意気……とは……?」

 自分よりも明らかに幼い少女に指を差して言われて、セシアは胡乱な表情を浮かべた。




 エメロード王国。

 大きな港を擁する王都エスメラルダは、世界屈指の海運都市だ。国土の半分は海に面していて、国自体が大きな港とも称される。


 各国から様々な物資が届くのは勿論、芸術や文化の入り口でもあり、陽気で華やかな都として観光地としても人気が高い。その一方で、他国からの密入国者も多く近年問題になっていた。




 その王城の一室。

 煌びやかな装飾の施された壁や天井、しかし調度は淡いピンクやオレンジといった暖色が配されていて、いかにも少女の好みそうなインテリアになっている。


「何よその顔!不細工ね!!これだから庶民には、品ってものがないのね!!」

 次いで、二の矢、三の矢が飛んできて、慣れた感覚にセシアは懐かしささえ覚える。これが所謂、実家のような安心感。


 などと実家のないセシアは考えつつ、このお子ちゃまを最少の労力で最も凹ませる方法は何だろうか、と模索する。


 セシア・カトリンは18歳。王立学園を卒業し、王城で働き始めたばかりの新人だ。

 紫色の少し吊り上がって猫のような瞳に長い黒髪をきっちりと結い、文官の制服に身を包んでいる。


 初任給さえまだ受け取っていないような、新人も新人、ド新人なのに、何故か、なんと、王女殿下のお召しを受けて彼女の私室に連行されてきていた。

 そう、連行である。まだ仕事があるのに。


 そして冒頭に戻る。

 つまり、セシアにどんどこ悪態をついているのは、このエメロード王国の王女・メイヴィス殿下なのだ。

 ちなみにセシアに縁のある王子・マーカス殿下と同母の妹君で、大層仲がよろしいことでも有名だ。


 あれの妹。


「なんだブラコンか」

「聞こえてるわよ庶民!」


 絶好調に悪態をついていた割に、メイヴィスは耳聡い。

 セシアは姿勢を正して、使用人としての礼を執った。

「王女殿下、私は勤務中の身です。恐れながら、ご用件をお聞きしてもよろしいでしょうか」

「フン、その仕事とやらは、わたくしの呼び出しよりも重要だとでも?」

 メイヴィスが美しく燃えるような赤毛を肩に流して、鼻を鳴らす。


 まだ幼いながら、将来は誰もが見惚れるような美女に育つだろう、と想像出来る整った容姿の少女が、大人のような仕草をするといかにも生意気で愛らしい。


「それは、殿下が私をお召しになった用件によります。ですが、私はまだ勤め出したばかりの新人文官。己に与えられた仕事さえこなせないとあっては、早々にお役を解かれてしまいます」


 しおらしくセシアがそう言うと、単純に彼女を見てみたい、というだけの理由でセシアを呼び出したメイヴィスはうぐっ、と罪悪感を刺激される。

「……王女に呼び出されたと、上司に言えばいいじゃない」

「……新人がそのようなことを言って、信じていただけると思いますか?」

「…………無理があるわね」


 平民出身のド新人文官が、王女とお話していたので仕事に遅れました、だなんて偶然産気づいた妊婦を助けていました、という言い訳よりも苦しい。


 メイヴィスは扇の向こうでうんうん唸る。

 ちょろい。そして、可愛い。あの兄の妹だというのに、非常に善良な気性のようだ。是非このまま育って欲しい。


「仕方がないわ。侍女長!」

「はい、殿下」

 メイヴィスの呼び声に応じて、一人の女性が進み出る。

 周囲にいるのはセシアと同じぐらいの年頃の侍女やメイドが多かったが、侍女長はもう少し年上だ。しかし母親ほどには離れていないことは一目瞭然で、侍女長という役に就くには若い。それだけで、彼女がかなり優秀であろうことが窺えた。


「わたくしの侍女長のアニタよ。こちらはセシア、マーカスお兄様のお気に入りの泥棒猫」

「泥棒猫……どこで覚えてきたんですか、その単語……」

 お姫様なのに。

 あと何を泥棒したというのだ。まだ窃盗する程落ちぶれてないぞ!

 セシアがメイヴィスをじろじろと無言で睨んでいると、アニタが注意を引くように僅かに咳払いをした。


 危ない。

 相手のクソガキが失礼だからといっても、そのクソガキは王女様。失礼が許される身なのだ。

 対してセシアはド平民のド新人。言葉にも視線一つにも気をつけなくては、不敬になりかねない。


「ええと、アニタ。セシアの職場に言って、わたくしが呼びだした旨を伝えてきなさい」

「殿下、さして用がないようでしたら、セシアさんのことは今は解放なさるべきかと。勤めだしてすぐに王女に目を掛けられていると周囲に思われては、セシアさんが仕事をやりにくくなります」

「おお……」


 すごいマトモな人だ。

 さすが、あの兄の、この世間知らずな妹の、侍女長!こうでなくては務まらない!


 セシアが内心で喝采を送っていると、素直で世間知らずなメイヴィスはまた唇を尖らせて唸った。

 顔は可愛い。


「じゃあどうしろと言うのよ!まともに話も出来ないじゃない!」

「では、セシアさんのお休みの日に、お約束なさってはいかがでしょうか?」

 アニタの提案に、メイヴィスは兄と同じ翡翠色の瞳を輝かせた。

「いいアイデアだわ!」


 何がいいアイデアなものか。休みは休ませてください。




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