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物語の向こう側にあるもの

作者: 城壁

天井の見えないぐらい高い壁に積まれた本の数々。右を見ても左を見てもそこかしこは本だらけ。だがこの部屋に扉はない。出口はないのだ。そこに少年が一人。彼はずっとここで本を読んでいる。読む以外にできることはない。どれぐらいここにいたのか彼にはわからない。だけど、それは短い時間ではなく、果てしなく長い時間だろうということだけは何となく分かっていたのかもしれない。彼は幾度とみた冒険譚を開く。そこには魔王と勇者が戦うすがたが描かれていた。彼もまた勇者に憧れる少年の一人だった。

「僕もいつかこんなふうに魔王と戦って英雄になりたい。」

 彼もまた例に漏れず勇者に憧れる少年の一人だった。

「僕も世界を探検してみたい。」

 ーーーーそして、仲間と冒険の旅をするんだ

 だが残酷なもので、寝て起きてを何千回と繰り返し、気の遠くなるような時間が過ぎる。そしてまた数千回の時を数える。普通の人ならばここで精神が崩れていたかもしれない。本はあるといっても、人は彼以外にいないのだ。日に浴びることなくただ本とともに過ごすだけ。彼がいたってまともにいられたのは『外』が存在するかもしれない希望と過去の記憶を極端に薄れさせる魔法が何者かによってこの空間全体にかけられていたからだ。そしてまた何回もの起床を繰り返す。幾万年、幾億、そんな悠久とも感じられる月日が過ぎたことだろうか。ある日、この部屋に無いはずの扉が開いた。そしてその扉から一人の少女が現れる。彼女は少年を見ると不思議そうに尋ねた。

「どうしてここに人がいるの?」

 彼は生まれて初めて相対した人に困惑するも、言葉を繰り出す。

「あなたは誰?」

 少女は自らのことをローザと名乗った。彼女は冒険者ギルドに依頼されてこの辺りの調査をしていたらしい。

「じゃあ、あなたの名前は?」

 そう少年は問われて困惑する。名前なんて今まで呼ばれた事がなかったからだ。

「名前は、・・・無いかもしれない。」

「え、そんなことってあるの?もしかして孤児なのかしら。いいわ、じゃあ私が名付け親になってあげる。」

 そう言われて数秒考えるそぶりをしてはっと思いついたように顔を上げる。

「ユウキ。ユウキなんてどうかしら。」

「ユウキ?変わった響きの名前だね。」

 ここにある書物は殆どが物語からなる小説ばかり。それでもあまり聞かなかったような名前だっだ。男の子で言ったらレオンとかギルバートとかそんな名前が多かった。それに対してこの名前はどちらかというと異国情緒のある響きといううか。そもそも彼はどこの国にも属しているか分からないので異国も何も無いのだが。

「初代勇者からちなんでとった名前なんだけど。ダメだった?」

「ううん、凄くいい。大事にするね。」

 少年、もといユウキは嬉しそうに微笑んだ。

 ユウキはローザをこの大図書館を案内した。殆どが物語からなる書物ばかりだが、それどれもが非常に面白く、ユウキだけでなくローザも大変楽しませた。そしてまた幾刻かした時彼女の帰る時間がやってくる。

「帰るの?」

 ユウキはそう尋ねる。ここ数時間でわかったことだが、ローザはどうやらここに冒険者ギルドという組合からの依頼で調査をしに来ていたらしい。だが、その調査もあらかた終わったらしくてそろそろ報告しに行かなくてはならないのだという。

「ユウキ、あなたも私と一緒に来る?」

 この扉を潜って。

 ユウキにとってはこの大図書館の中と物語に登場する世界が彼の今までの人生の全てだと思っていた。本を読むのは楽しい。ドラゴンや勇者が出てくる冒険譚はわくわくする。だが出来ればそれを自分で探検してみたい。触れてみたい。そんな夢がユウキにはあった。だから一歩先へ、この壁の外へ。そこに待っているはずの外の世界へ踏み出そうと思った。

「行きたい。ローザ、僕も冒険者になるよ。」

 そう言ってこの扉を潜り除ける時の感動はきっと今までの人生で一番思い出深いものだったかもしれない。

 

 大図書館の外は森であった。大図書館は天井が見えないほど壁が高かったが、外から見るとこじんまりとした古屋だった。ローザいわく、ここは低級の魔物がでる森で危険度は高く無いのだが、なかなか厄介な結界魔法が張っており、ここら付近の冒険者じゃ中に入れなかったということ。そこでB級冒険者であるローザがここの調査を依頼されたらしい。冒険者にはランクがあって、最低がE級、最高がA級らしいが、過去にはS級というランクが存在していたらしいのだとか。結界をくぐり外に出た。彼女に連ついて森を歩くこと2時間ほど。魔物も何匹か出たが、ローザの持ち前の腕で一瞬のうちに葬り去られた。そしてたどり着いたのがバームシティ。この辺りじゃなかなかに大きい都市だが、王都出身の彼女が言うにはバームシティも王都に比べると全然なんだとか。彼女に連れたって町へと入る。中心街にギルドの建物はあった。

「いらっしゃいませ、冒険者ギルドへ。」 

 カウンターの窓口で受付嬢が応対してくれる。

「こんにちは。いつもお世話になっていばるいるわ。今回の要件は二つあって一つは依頼の報告よ。これがレポートね。そしてもう一つは彼の冒険者手続よ。」

 ローザは要件を受付嬢に伝える。

「冒険者希望の方ですね。ではまずこの水晶玉に手を触れてください。」

 受付嬢が出した水晶玉を手で触る。そこにいくつかの項目が水晶玉の上に浮かんだ。

 氏名『ユウキ』種族『人間』年齢『14』性別『男』犯罪指数『0』所属ギルド『無し』

 受付嬢が以下の情報を1枚目の用紙に記していく。2ページ目のギルド加入誓約書に同意した証としてサインする様に促される。内容は犯罪をしないといった至って当たり前のことから保険のような内容まであった。受付嬢はさらに次のページを開いたところで案内を続ける。

「では次にこちらの水晶玉に触れてください」

 そう言って、先ほどより大きめの水晶玉に触れさせられる。

 触れた瞬間水晶玉がブブンと振動をさせた後にゼロと表示された。そのあと受付嬢の手元にあった資料に先程の項目が自動的に記録されていく。魔法でも使っているのだろうか。

「あの、今のゼロって何ですか?」

「魔力値です。上限は無いですが、一番小さい値が0ですね。でも気を落とさなくても魔力がなくても冒険者をうまくこなしている方もいますよ。」

 どうやらさっきのは魔法を使うための原動力になる魔力量の測定だったらしい。大図書館では本を読んでそういうものを字でしか聞いたことなかったため自分の数値なんて知らなかった。勇者に憧れていたりするのだが、勇者は魔力がなくてもなれるのだろうか。もちろん物語上の登場人物でしか無いので実際いるのかまでは知らないが。

「ユウキ、魔力だけが力の全てを左右するわけじゃ無いわ。他にも代わりとなるものはあるよ。」

 ローザは優しく慰めるような言葉をかけてくれる。落ちかけていた気持ちが少し元に戻る。仲間とはいいものだ。

 そんな事を思っていると後方のテーブルイスに座っていた男が大きめの声で揶揄ってきた。

「はん!今の聞いたか?魔力値0だってよ!このご時世、5歳の赤ん坊でも50は超えるってのに0とはとんだお笑いぐさだぜ!勇者の名前だってのに魔力値0っっ。やべー、だっせえええ。笑い止まらねえぜ、がははははは!!」

 後ろから嘲笑が聞こえてきた。どうやら魔力値0というのは相当珍しいことらしい。勇者というのもユウキが憧れていた称号の一つだ。自分の憧れを否定されて落胆を覚える。だが、それよりも自分の名前を馬鹿にされたことでローザも馬鹿にされたような気がして腹の奥が煮えるような感情に襲われた。

 受付嬢も同じことを思っていたらしく最初は笑いを堪えていたみたいだが受付嬢もついに堪えきれなくなったのかブフォというなんとも言えない変な音を出して笑っていた。

「ああ、すいません。あまりにも珍しいものでつい。では次は適正試験を受けてもらいますので奥の扉へどうぞ。」

 平成を装っている受付嬢の顔は至って真面目だが、声の端端が変な調子になっている。笑いを噛み殺しているが噛み殺せていないぞ。

 そして一階の廊下に並ぶ一番奥の扉まで案内される。扉を潜り抜けた先は訓練場になっていた。受付嬢は「まあ、魔力も無いようですから訓練場保護の結界魔法も不要ですよね。」と言いながら彼女の持ち場に戻って行く。どうやら受付嬢は案内した新人冒険者のために保護結界を張る役割があったらしい。

 教官らしきものが挨拶する。

「はじめまして。君たちが今回の受験生かね?私はアレイン・ガイン。さて、受験項目は実践のみ。どうやら先の水晶玉の結果で魔力が無いと判断されたみたいだから魔術試験は不要かな。」

 どうやら試験通知についてはすでに通っているらしかった。

「マイルのやつ結界を張らなかったみたいだが、まあ、今回は君が受験者なら問題無いだろう。剣はそこに差してあるのを使って。剣術スキルも制限無しだから自由に使っていいよ。まあ、剣術スキル持ってたらの話だけど。はは。」

 そういって教官は持ち前の剣術スキルで自信満々げに何度か剣を振るう。教官のもつ訓練用の木刀に風が纏う。あれは剣術スキル『ウィンドソード』だろうか。なかなかに厄介で風に纏われたその剣先は残像を生み出し本体の位置を相手に誤認させる。冒険譚で勇者の仲間の剣士が愛用していた剣術スキルだ。

「剣術スキルですか?初めて見ました。僕も使ってみたいな。」

「君みたいな魔力無しが剣術スキルを使う?馬鹿にするな。この私はあの名門アッシュ学園で学んだのだからな。君に教えるようなことは何もない!」

 教官とは別に教育係がいるのだろうか。それにしてもそんな言い方することないだろうに。この人は教官に見えなくなったので試験官と命名し直そう。

 試験官は見せびらかすように剣術スキルを見せつけたあと、ローザの方へ自信満々げに視線を向けた。ローザはかなり美人なので試験官が彼女にいい格好したかったようだ。心なしか視線がメロンのようなローザの胸元に行ってる気がしなくても無い。

「君、ローザちゃんといったかね?ずいぶん可愛らしい顔しているじゃ無いか。」

 試験官が唐突にローザを口説き始めた。そして顔をじろじろと至近距離で見る。

「貴族は普通平民と結婚することは許されない。」

 試験官はそこで大袈裟に手を広げる。

「だが私は君を私の76番目の愛人に迎え入れようじゃないか。平民からすれば貴族に嫁げるのはこの上ない幸せであろう。誇るがいい、この私に認められた自身の顔を!」

 どんだけ愛人がいるんだってツッコミそうになったユウキは悪くない。

 ローザは嫌そうにしてただ一言言った。

「え、あんたみたいなやつとなんて嫌なんですけど。あなたより断然ユウキの方がずうーーーとかっこいいし好きだわ。」

 しばし沈黙が流れる。自分の言ったことに気づいたローザは恥ずかしそうにしながら慌てふためく。

「ち、違うのユウキ!すすすきっていうのは友達?としてだからねっ!ああいう好きじゃ無いから!といううか私たちまだ出会ったばかりでそんないきなりすすすすきとかないからっ!!」

 なぜかローザが一人でに悶絶している。噛みすぎじゃ無いのだろうか。照れ屋さんかな。

 何を言われたか理解した試験官がわなわなと震えながらユウキを見る。

「貴様、私の愛人を横取りしようとは愚かな。このガイン家の名誉にかけて罰を下そうでは無いか!この名門アッシュの剣技を身をもって知るがいい!」

 横取りした覚えもなければ、むしろ後から来たのは試験官の方では無いだろうか。試験官はギルド登録試験という名の決闘を申し込んできた。

「いいか。もし貴様が勝てばギルド登録を許そう。それに私の愛人も君に譲ろうでは無いか。」

 依然としてローザが試験官の愛人だと言うことで話を進める。最後に私に勝てればだがな!と付け足すことも忘れない。

「だがもし私が勝てば貴様には全国のギルド全てに立ち入り禁止の命を下す!出来ないと思ったか?残念だったな!魔力値0の新人一人ぐらい永久追放するのは貴族である私にとって造作もないことなのだよ!ハハハ!」

 高らかにガインはユウキを嘲笑った。

 この決闘に挑むのはユウキ側が完全に不利。だが仲間を蔑ろにされて今まで人と交流する機会の無かったユウキに踏みとどまる力は無かった。彼は腹の奥が焼けるような思いに身を焦がすがその気持ちが何か分からない。物語で喜んだり悲しんだりすることはあっても、人に対してこのような激しい感情をらもつことは今までなかったのだから。

 ガインは魔法を行使する。盟約の魔法だ。この魔法は約束事や決闘前に誓いを破らないようにするために精霊と約束を取り交わす魔法だ。効果は絶大でかの勇者ですら破ることはできない。

 ユウキと試験官はそれぞれ盟約を誓い相対する。

 相手は仮にも名門校の出身。経験値ゼロでローザの魔物を払う軽い戦闘しか見ていないユウキの方が圧倒的に不利。大図書館での知識があるとしても所詮ただの知識。いきなり実戦に持ち込むのは無理があったが他に選択肢が今のユウキには無かった。

 試験官は腰をかがめて抜刀の構えを見せる。そこで起きる空気の揺らめき。それは『気』だとユウキにはすぐに分かった。試験官はそのまま抜刀して斬撃をユウキの方へと飛ばしてくる。その斬撃は本来視認できないはずだが、見えてしまったそれを視覚認知によって素早く躱す。もし試験官が身体強化を使っていたら躱せなかったが、相手が油断していたことが幸いした。

「な、なんだと?冒険者にもなってないものがあれを躱すだと?!舐めるな魔力無し風情が!名門アッシュ学園で学んだ私の力を思い知るがいい!」

 試験官はユウキが斬撃を素で交わしたことに驚きを隠せない。ローザの方はというと、ユウキが切られるのではないかと不安げだ。

「アッシュ学園ってそんなすごい技術を教えてくれるの?でもおじさんのやってることってなんだか簡単そうだね。僕にもできるかな?」

 ユウキは表情とは裏腹に冷静を心がける。さっき試験官がしたことをなぞるように訓練用の剣を振るう。試験官が見せた体内での『気』の流れ。本来は見えないそれを丁寧に真似るようになぞっていく。すると抜刀する瞬間、試験官ほどではないが似たり寄ったりの小さな斬撃が飛んだ。

「な、ななんだと!さっきのは私の剣術スキル。名門アッシュ学園でしか教えてもらえないのになぜ貴様が使える!ま、まままさかさっき私がたった一回放った斬撃を見様見真似でやったとでも言うのか?!」

「でもやっぱりおじさんのとはちょっと違うね。ならもう一回っと。」

 二回目の抜刀。それは先ほどよりも二回りほど大きな斬撃となる。それから試験官の身体強化による接近を斬撃で牽制をかけ、ぶんぶんと何回か抜刀していくうちに風を切るほどだった斬撃が床を抉るような大きなものへと変化し、試験官の斬撃を相殺する以上となる。そして10回ほど打った頃には試験官のスキルを、軽く吹き飛ばすほどになり、大きくダメージが入る。

「ぐかああああああ!!」

 試験官は信じられ無いような目でこちらを見ながら絶叫を上げる。

「殺す殺す殺す!」

 それは試験官としては言ってはならないセリフではないのだろうか。彼はユウキの斬撃でボロボロになった体をあげて呪文を唱えた。

「火の中精霊マーベよ。我が一族ガイン家に加護を強めよ。この時を持って誓約を果たせ、我に力を授けよ。火炎の伊吹ミドルファイヤーアロー!」

 そうやって半径が人の腕ほどの大きさで3メートルほどの大きさの矢が頭上目掛けて5本ほど飛んでくる。一般の冒険者でもまともに食らえば命にかかわる威力で試験官の放つそれでは無い。射出速度がかなり速く一度目で真似ることは出来ない。だからユウキは中途半端に魔力操作を行なってしまった。本来なら試験官が使った魔力程度の現象しか起こらないはずが、ユウキが起こした魔法現象は試験官の30倍はゆうに越すような魔力量による規模だ。その現象は炎を生み出すことは無かったものの魔力波となり魔法矢を相殺し、さらに本来穴が開くはずのない天井に風穴を開けた。試験官は魔力波に吹き飛ばされて壁に減り込んで気絶した。離れていたローザには強烈な魔力風となり結界魔法を張っていたローザは結界が壊れるだけに済んだ。

「名門て言ってもこんなものなのか。直接教えてもらわなくても見様見真似で案外できるものなんだね。」

 ユウキの中でアッシュ学園=独学レベルと変換された。それでふと思う。自分は魔力が無いと言われたはずなのになんで魔法が使えたんだろう。一通り考えを巡らしたが分からなかったのでまあいいかと考えるのを放棄した。そして決闘という名のギルド登録試験は終わったのだった。

 距離を置いたところで張り直した結界を解いたローザがユウキの方へ駆け寄ってくる。その顔には心配と安堵の入り混じった表情をしていてお疲れとでも声をかけてくれるのかと思ったらそのまま拳骨が降りてきた。

「あぎゃっ」

 ユウキからカエルが踏み潰されたような声が出る。

「なんで?!」

「ユウキの馬鹿馬鹿馬鹿!」

 ローザは何度もユウキの胸をポカポカと叩きやがて落ち着いたのか俯きながら呟く。

「死じゃうかもしれないって本気で心配したんだから・・・。」

 どうやらローザはユウキのことを心配して怒ってくれていたようだ。ローザがギュッとユウキの両側に腕を回す。その時に大きめの胸がむぎゅっとユウキの体にあたるが、出来るだけ意識しないように心がける。少し視線を下に向けると露わになる胸元から大きなふくらみが強調される形で目に入ってくるがやはり無視する。すごく気になるけど。

「ユウキを汚された気がして抑えられなかった。でも心配してくれてありがとう。嬉しいよ。」

 これが怒りという感情なのだろうか。それはとても激しくて大図書館にいた時一人では感じることのできなかった誰かに対する憤怒の感情。知らなかった方が幸せだったかもしれない。だけど彼女がいるから、あの大図書館から連れ出してくれた彼女がいたから、今の自分にとっては無くてはならないものの一つなのだとも思えた。

 ギルド受付に戻ると一帯の雰囲気がガラッと変わっていた。テーブルで駄弁っていた冒険者もみんな焦ったような顔をしている。所々からはドラゴンだのスタンピードだのという言葉が聞こえてくる。近くで受付していた見知った受付嬢に声をかける。彼女もかなり焦ったように狼狽えていた。

「なにしているの?速く避難しなさい。もうすぐスタンピードが来るわ。巻き込まれたらいくら街中とはいえ危険よ!」

 ダンジョンとはと呼ばれるモンスターの巣で地下にあり、内側は絶えずモンスターが生まれる空間だ。このモンスターを一般に魔物と呼ぶ。そしてその魔物が一斉に地上に押し寄せる現象をスタンピードという。

「スタンピードですか?そんな予兆無かったような気がしますけど。」

 焦っているせいか少し怒り口調になる先程の受付嬢。

「あぁ、もう!さっきの高威力の波を感じなかったとでもいうの?!スタンピードの予兆に高威力の魔力圧が出るのよ!あの魔力圧の大きさからしてきっと上層部の魔物どころか最下層あたりのドラゴンだって押し寄せてくるかもしれ無い。そしたらこの町の半分は壊滅するわ!」

 本で読んだ通りならドラゴン討伐するにはかつていたとされるSランク冒険者レベルでないと勝てない。それこそAランクが10人、20人いても無理なぐらいに。そしてこの世界ではBランクとされるローザ級の冒険者でさえ王都から連れてこ無いといけないぐらいにこの街にはいない。ならばAランクとは全国をかき集めてもおそらく指で数えるほどしかい無いだろう。なるほど、故郷が半壊するほどの災害だ。これほどのパニックになるというのも頷ける。だがおかしい。先程の戦いで魔力の流れを見極めることが出来たのだから、ユウキが大きな魔力波を感知出来ないはずがない。

「あっ。なんか思い辺りがあるような。」

 そしてポンと手をついてユウキはニコッと笑う。

「受付嬢さん、先に謝っておこうと思うんですけど、天井壊してしまってすいません!」

 どこかの異国文化書物にあったDOGEZAというものを滑り込みしながらという超絶技巧を絡めて披露したのだった。

 

「は、はぁ?さっきの魔力波があなたのですって?」

 受付嬢にさっきの魔力波は自分が放ったものだと告げる。だが受付嬢はそれを信じない。

「こんな大事な時に何を言ってるの!命の危機なのよ!!魔法っていうのはちょっとやそっとじゃ習得できるものじゃないの!あまり冒険者職舐めるのは許さないわ!」

 受付嬢としてはあるまじき態度ではあるが、まあまあと受付嬢の肩を押して訓練室にまで連れて行く。そこで天井に空いた穴を見た受付嬢はびっくりするような顔で固まった。その情景を眺めながら彼女はこの騒動の責任はどこにあるのかとしばし頭を巡らせる。冒険者登録試験を受けた彼もまたただ戦闘をしたに過ぎない。それに試験において彼の責任の一切は無いとギルド契約同意書にもサインはしてもらっている。故にこれはどうせ魔法が使えないからと、素人だからと、弱そうだからとそう思って結界を張る必要はない考えに至った受付嬢自身の責任だ。これから先に訪れるであろう暗い未来が彼女に重ーーーーくのしかかるのであった。

 

 試験結果を報告してくれたのは先ほどとは違う受付嬢だ。髪の毛は肩あたりに切りそろえられ、くりっとした目が特徴的。

「先程の担当されていた受付係は体調を崩されたらしく交代させていただきました。今回ユウキ様を担当させていただくロザリアです。こちらが私の名刺です。」

 そう名刺が渡される。先程の受付嬢には無かった対応で感動する。

「では試験結果の報告ですが、ユウキ様おめでとうございます。合格ですよ。こちらがその資料になります。」

 そう渡された紙に何項目かが記されている。

 冒険者ランクB(−) 適職 剣士 魔術師 魔力値推定1万以上 特別資格 無し

「本当は冒険者ランクB(+)でも通用するのですが、ユウキ様がまだ経験の浅い冒険者だということを考慮してB(−)にさせていただきました。実力と経験に大きな隔たりがあるので依頼受注の際にそれ相応の対応もいたします。」

 分からないことも多いのでローザがいるとはいえやはりサポートがあると安心する。にしても先程初めて剣術スキルと魔法を使ったのだがいきなりBランクと評価されてしまった。ローザはBランクになるのにかかった時間は結構早い方で3年だと言ったがユウキはたったの一時間だ。いきなり高ランク待遇されてうまくやっていけるか心配になる。ローザもまさかギルド登録試験でいきなりランクが追いつかれるとは思っていなかったらしく悔しそうにしている。

「さっきまで魔法すら使えなかった年下の男の子にいきなりランクを抜かされた・・・、私の存在意義とはいったい・・・。」

 少し涙目になっている。よほどショックだったのだろうがそれでも経験は雲泥の差だ。これからもいろいろ頼りにしなくてはならない。少し慰めるようにして頼りにしてるよと言ったらすぐに機嫌を取り直してとても嬉しそうにしてくれた。

「適職については大まかに『剣士』『魔術師』『シーフ』『聖職者』になります。魔力値については水晶玉での測定時はゼロと表示されたようですが、あくまでも人間レベルでの限界までしか測定出来ないようになっていますのでそれで誤表記が出たのでしょう。ユウキ様はそれを上回る1万以上の魔力値を審査結果とさせていただきました。」

 暗にユウキが人間では無いと言われてしまったような気がしてショックを受けるが、魔力量が多いことはいいことであると思い直して立ち直る。そして受付嬢が奥から銀のカードを取り出す。

「こちらがギルドカードになります。」

 ギルドカードはギルドに所属する冒険者全員に配られるものだ。そこにランク、氏名、種族、年齢、性別、適正職と書かれていた。色は銀色だ。ランクは窓口の立て札にも書いてあるが一番上がAランク(金色)Bランク(銀色)Cランク(茶色)Dランク(黄色)Eランク(緑色)なんだそうで、聞く所によると駆け出しの冒険者はEランクから始まるのがほとんどでCランクが一人前と言われるレベル、Bランクが一流、Aランクにもなると二つ名を持つレベルで国内でも20人もいなくて国からの特注依頼を受けることもあるという。ならば冒険者登録でいきなり(−)とはいえBランクを任せられた今回の待遇は破格なのでは無いのだろうか。このまま依頼を受注してもいいがユウキはまだ冒険者になったばかりだ。依頼を受注するにもそれ相応の準備がいるのでまだ後ほどとなる。

 

 ユウキは大図書館から出てまだ数時間だ。殆どの知識は文字の文面でしか読んだことなくてその知識の大部分が物語という現実とはかけ離れたもの。故にユウキはこれから多くを学んで行かなくてはならない。そのためには一人で世界を回るより誰かと一緒というのがもっといいだろう。ユウキはローザに問う。

「ローザ、僕はこの世界のことをもっと知りたい。でもそのためには一人じゃつまらないよ。だからローザ、君と一緒に世界を旅して僕に教えて欲しいんだ。この世界と君のことを。いいかい?ローザ。」

 ローザはニコッと太陽のような微笑みを浮かべる。

「もちろんよ。」

 そして僕たちはこれから向かう未来のために手を取り合う。もしかしたらこの先に本に書いてあった宇宙戦艦というのがあるのかもしれない。アニメという特殊文化を持った国もこの世界のどこかにあるのだろうか。物語上でしか無かった『理想』を追いかけて彼らは旅立つのだった。

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