閑話:あなたに捧げよう(※ノエル視点)
もう剣を握ることはない。
その決意は彼女の言葉でいとも簡単に覆された。
幼い頃、まだ希望を持っていたあの頃は、両親に認められたい一心でひたむきに剣術に打ち込んでいた。
歴代の当主が騎士として活躍してきたファビウス家に養子として迎えられた以上、家名に泥を塗ることのないように立派な騎士になろうと健気にも考えていた。そうすればいつかきっと、二人とも家族として受け入れてくれるだろうと。
しかしどれだけ強くなろうと、周囲から一目置かれるようになろうと、両親は剣術についてなにも触れてこなかった。
そんなある日、父上に呼び出されて執務室に行くと、父上は王宮から届いた手紙を持っていた。
ノックス王室を象徴する月とドラゴンが描かれた封蝋が見えると嫌な予感に襲われて、父上の顔色を窺ったのを覚えている。
王宮から届いた手紙を持っている時は決まって、父上はいつも以上に厳しくなるのがわかっていたから。
あの黒い封蝋が父上の手の中にあるだけで恐怖に支配されるようになっていた。
――『ノエル、お前はもう剣を握るな。お前が騎士になればファビウス家の恥になる』
――『なぜですか? 僕はファビウス家の恥にならぬよう剣の腕を磨いてきました。将来は立派な騎士になるだろうとみな言ってくださっていますのに!』
いつかは認めてくれる。
そう信じて積み重ねてきた日々は、あの血塗られた玉座に座る老いぼれが出した一枚の紙のせいで、いともあっけなく砕かれた。
――『お前の存在自体がファビウス家の恥だ。勘当されたくないのなら陛下の言葉に従って剣を捨てろ』
父上はそう言うと、家令に命令して僕を部屋から追い出して、それっきり、目も合わせなくなった。
その日から剣を捨てた。見るのも嫌になっていた。期待が憎しみに変わり、憎しみに心臓が握りつぶされそうでしかたがなかった。
父上から言い渡された言葉を思い出させる剣が、父上を象徴する騎士が、憎かった。
それなのに、レティシアの望みならばと剣を握った。すると、剣を見ても、不思議と憎しみを感じない。触りたくもなかったというのにすっかり変わってしまった自分に笑いそうになった。
剣を握ってみて、悪くはなかった。頼みを承諾するとレティシアは、怪我をしないようにと、いたわる眼差しとともに言葉をかけてくれたのが愛おしくて。心の中にあった黒く澱んだ剣への恨みを洗い流してくれた。
久しぶりに触れた剣は手に馴染み、体の一部のように感じた。
ひたすらに剣術に打ち込んでいたあの頃と変わりない感覚だが、剣を握る状況はすっかり違っていた。
レティシアがいるということ、だ。
ただ彼女のために剣を握る。そして彼女はそんな僕を見守ってくれるということが、たまらなく嬉しかった。
――『おめでとう! ノエルの強さに見惚れちゃったわ! お母さんがご褒美をあげるからなんでも言いなさい!』
勝てば自分のことのように喜んでくれるレティシアが眩しい。
いつもの母親ごっこの延長線で頭を撫でるその手を、心のどこかで待ち望んでいた。彼女の手が触れる度に心が満たされる。温かくて優しくて愛情を惜しみなく与えてくれるレティシアをもっと身近に感じていたいと欲が出る。
この人を、独り占めできたらいいのに。
柔らかな栗色の瞳を見つめると、たまらなく心が疼いた。
これからもまた剣を握ることがあるのなら、それは彼女のためだけだ。
剣だけではない。忌まわしくも授けられた月の力もまた彼女のためになるのなら、喜んで捧げよう。
大切な、唯一無二の存在である、あなたのために。
次話からあとがきに『このモブ』の世界の小話を載せます(*´˘`*)♡
生徒とか先生たちの設定とか書くのでレティシアたちの世界を一緒に覗いていただけると嬉しいです。




