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「やい小娘! ご主人様に取り入ってなにをしようと企んでいる?!」

「なにも企んでないよ~」


 ふんふんと鼻息を荒くして可愛い尋問をしてくるのは、ノエルがつけてきた使い魔のジル。翼の生えた雄の黒猫で、紫水晶のような目はノエルそっくりだ。

 あんまりにも可愛い見張りを召喚してくれたものだから思わず前世の癖で頭の毛を吸引してしまい、ノエルに苦笑されてしまった。


「ほいっ、ジルのベッドはここね」

「ふむ、小娘にしてはなかなかやるではないか」


 バスケットの中にクッションを詰めただけのベッドだけど、見張り役の猫様は気に入ってくれたみたいだ。

 さっきまでの剣幕はどこへ行ったのやら。ご機嫌になってバスケットの中で丸くなる。


「おやすみなさい」

「おい! 俺様は愛玩動物じゃないんだから馴れ馴れしくキスするな!」

「ケチ」


 この愛らしい毛玉を見てなにもしないでいられるわけがない。

 ジルは尻尾をぱたぱたとさせて怒っているが、顎の下を撫でると本能に負けてうっとりとし始めた。


「……はっ! 小娘、調子に乗ってるとただではすまないからな!」

「はいはい、申し訳ございませんでした」


 ぱちんと指を鳴らして明かりを消すと、この賑やかな見張り役は寝つきが良いようで、すぐにすやすやと寝息を立て始める。


 いろんなことがあって疲れていた私はその寝息につられて夢の中に誘われてしまった。


   ◇


 お父様からはすぐに連絡があった。


 よもや自分の娘が候爵家の令息から求婚されるとは思っていなかったようで、焦っているのが文面からも伝わってきた。

 しかもさらに驚くことに、ノエルは今週末にさっそく話し合いたいと言ってきたらしく、そのため私は今、グリフォンが引っ張る空駆ける馬車に乗っている。ノエルと一緒に。


「ここでおさらいしましょう。あなたと私の出会いは学園。生徒たちに真摯に向き合うあなたに惹かれたと言います」

「わかりました」


 ここ数日で彼は台本を用意してくれた。

 意外と乗り気で驚いたし、もしかしたらそれほど闇落ちの心配をしなくてもいいのかも、なんて思う。


 向かい合って座る彼は今日は紺色の上下を着ていて、髪は撫でつけている。この姿もまた色気があって目のやり場に困る。

 そういえば、ノエル推しも一定数いたっけな、なんて思っていると不意に視線を感じた。


「ロアエク先生のことは、伯爵はご存知ではないですよね?」

「もちろんです。私が妖精たちから聞いただけですもの」

「今後も他言無用にしてくださいね?」

「はい」


 前言撤回。


 ただならぬ殺気を放たれて思わずたじろいでしまった。

 お父様も知っていたらここで殺すつもりだったのかしら。改めて、とんでもないことをしようとしているのを実感した。


 この国を陥れて混乱をもたらせようとする人を夫にするって、生徒たちのためとはいえ正気ではないよ、ね。


 お父様たちに心の中で謝罪を唱えているうちに、私たちを乗せた馬車はベルクール家のお屋敷(マナーハウス)に到着した。


「ようこそお越しくださいました。ささ、どうぞ入ってください」


 お父様を筆頭に使用人たちまで出てきて迎えてくれる。

 応接室で話す時にお父様ったら緊張してかみかみだった。お母様が、「あなた?(圧)」って言わなかったら始終その調子だっただろう。


 拍子抜けするほど呆気なく、両親からは承認をもらえた。


「レティ、早く嫁に行けと言っていたけど、いざお前が出ていくとなると寂しいよ。結婚しても教師を続けさせてくれる人に出逢えて良かったな。お前の幸せを願っているよ」


 お父様はちょっと目を潤ませながらそう言うと、ぎゅっと抱きしめてくれた。


 ごめんなさい、お父様、お母様。

 本当は愛のない結婚なんです。でも、大切な生徒たちを、それに、この国を救う大切なことだから。

 そう思っても言葉にすることはできなくて。


「ありがとう。我儘を聞いてくれる人に出逢えて幸せ者だわ」


 と、返すのがやっとだった。


   ◇


「良いご両親ですね。あなたの幸せを考えてくれている」


 帰りの馬車の中、ノエルがぽつりとこぼした。

 彼の顔を見てみたが、ぼんやりと窓の外を見ていて、その表情には何の感情も込められていない。


「それなのになぜこんなことをしようとしているのか、やはり分かりません。あなたの本当の目的は何ですか?」

「この先も教師であり続けることです」

「頑なですね」


 ノエルは皮肉を込めた微笑みを向けてくる。それはかすかな敵意さえ込められている表情で。

 彼はまだ、私のことを信用してくれているわけではないようだ。


「あなたが不利益を被ることはしないと、約束します」

「もちろんです。約束を破った時はどうなるか、覚えていてください」


 それでも彼が私の提案に乗ってくれたのは、バッドエンド回避に向けた大きな一歩だと信じている。

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