【同人誌4巻発売記念】最後に微笑むのは
黒幕さん同人誌版の最終巻を発売いたしましたので記念SSを投稿します!
同人誌の販売期間は2025年5月16日(金)23:59までです。
※商品がなくなり次第終了となりますのでご了承ください
学園の仕事を終えてノエルと一緒に帰宅し、夜を迎えた。
湯あみを終えて寝室のソファに腰かけて本を読んでいると、私の後にお風呂へ行ったノエルが部屋に戻ってきて私の隣に座る。
ノエルはごく自然に私の腰に腕を回すと、ぴったりとくっつく。
風呂上がりでほかほかのノエルの体温が伝わり、それがとても心地よい。
「その本、だいぶん読み進めたね。もう残り半分もなさそうだ」
「ええ、この著者の文は読みやすいから他の本より早く読めるのよ」
耳元に落ちてくるノエルの優しい声に相槌を打ちながら、私は本に栞を挟んで閉じた。
本をソファの前にあるテーブルに置いて振り向くと、ノエルがこてんと首を傾げる。
「今日はもう読まないのかい?」
「ええ、たまには寝る前に別のことをしてみたいと思ったのよ」
「別のこと?」
私を見つめるノエルの頭の上にはてなマークの幻影が見えた。
いつもの私は寝る前に本を読み、その間ノエルは私の隣に座ってのんびりとするか、彼もまた本を読んでいるのだ。
結婚してからずっとそのようにして過ごしてきたから、私の言う「別のこと」が何なのか見当がつかないようだ。
「ええ、二人でチェスをしましょう?」
「……いいよ。それにしても、レティがチェスをしたいと言うなんて珍しいね」
「そうね。実は今日、学園でチェス大会の案内を見たのよ。その時、私たちはまだ一度も二人でチェスをしたことがないから、やってみたら楽しそうだと思ったの」
ノエルと屋内で二人きりで過ごす時は、たいていお喋りをしているか各々の好きな本を読んでいるかだ。
それだけでも楽しいからチェスのようなゲームをしようとは思いつきさえしなかったが、やってみると楽しそうな気がする。
(まあ、ノエルならチェスも強いだろうし、私は秒で負けそうだけど……)
とはいえ何事もやってみないとわからない。
それに勝敗なんてどうでもいい。楽しい思い出ができたらそれでいいのだ。
「言われてみるとたしかに、これまでレティとチェスをしたことはなかったな。レティと新しい思い出ができて嬉しいよ」
ノエルの声はやや弾んでおり、乗り気になってくれたようだ。
「チェスなら屋敷のどこかにあるだろう。使用人に持ってこさせるよ」
そう言い、ノエルは魔法でベッドサイドテーブルの上にある鐘を鳴らして使用人を呼ぶと、チェスを持ってくるよう言いつけた。
◇
ほどなくして、使用人がチェスを持ってきてくれた。
私たちはさっそくソファの前にあるテーブルにチェス盤と駒を置いて始めた。
私が白色の駒で、ノエルが黒色の駒を選んだ。
「まずはレティからどうぞ」
「ありがとう、それならノエルのご厚意に甘えて先手にさせてもらうわ」
私は白のポーンを動かす。その後すぐにノエルも自分の駒を動かした。
しばらく駒を動かしていると、私の駒たちがノエルのキングに迫った。
「私の勝ちね!」
私は迷わず駒を動かしてノエルのキングを倒す。
「ああ、負けてしまった。レティの完全勝利だね」
ノエルは悔しがりも残念がることもなく、にこにこしているではないか。
むしろ私が勝って喜んでいるようにも見えるその表情に、どうしても思ってしまうことがある。
「……ねえ、私に手加減してくれているでしょう?」
「まさか。レティが強いから負けたんだよ」
ノエルは眉尻を下げて軽く肩を竦めるけれど、少しも残念がっているようには見えない。
「本当に?」
「ああ、本当だ」
釈然としない私は、とある提案をすることにした。
「じゃあ、負けた者が勝った者のお願いを聞くのはどう?」
「……いいね。なにがなんでもレティに勝とう」
急にノエルが不穏な空気を纏い始めたような気がしたのは気のせいだろうか。
それにノエルの紫水晶のような瞳に不穏な光が宿ったような気がした。
「そ、それなら、二回戦を始めるわよ」
ノエルの様子になんだか嫌な予感を覚えた私はややドキドキしながらも駒を進める。
しかし先ほどのゲームと同じように順調に進む。
(ノエルがガンガン攻めてくるかと思ったけど、気のせいだったみたいね)
拍子抜けするほど順調だったため私は勝利を予感した。
それなのに――。
「ああっ、私の駒が!」
あともう少しでチェックメイトと思ったところでノエルが操る黒い駒がどんどん私の駒を盤の上から退けていく。
それからあっという間にノエルに追い詰められて、負けてしまった。どんでん返しとは、まさにこの事なのかもしれない。
このままノエルに勝てると思って油断したのが悪かった。
「完全に油断したわ……ノエル、あなたわざと劣勢になっていたわね?」
「まさか。途中まで本当にレティに追い詰められていたんだよ?」
ノエルはきらきらとした笑顔を私に向けてそう自己申告する。
隙の無い微笑みを浮かべているから、きっと嘘だ。私を油断させる作戦をとったのだろう。
特典が絡むと本気を出すなんて現金にもほどがある。
「勝負に勝ったことだし、願いを聞いてもらおうか」
「わ、わかったわ。どんな願いな――ひゃっ!」
ノエルは私をお姫様抱っこして立ち上がると、そのままベッドに歩み寄る。
まさかと思い、恐る恐る振り向いてノエルの顔を見ると、息を呑むほど妖艶な笑みを浮かべている。
「明日は休みだから、朝までじっくり私からレティへの愛を受けとめてもらおうか」
「あ、朝まで?!」
「本当は毎日朝までレティを愛したいのだけど、レティの仕事に支障が出てはいけないから我慢しているんだよ?」
「あれで我慢……?」
まさかのカミングアウトに私は言葉を失った。
ノエルはそんな私の唇に何度も小さくキスをしながら、優しくベッドの上に寝かせてくれる。
「レティのおかげでまた一つ楽しい思い出ができたよ。ぜひ他のゲームもしてみよう」
ノエルは幸せそうに瞳を蕩けさせて私に顔を寄せると、また唇同士を柔く触れ合わせる。
そして、甘くて長い夜が始まるのだった。
最終巻発売まで約4年間もかかってしまいましたが、なんとか発売できたのは皆様に応援いただきましたおかげです。本当にありがとうございました。
電子書籍版と続編は継続して制作しておりますので、引き続きレティシアとノエルをよろしくお願いいたします。




