【電子書籍1巻配信記念】ジルが使い魔になった理由
「番外編:ファビウス侯爵ノエルの複雑な心境」と「番外編:月の婚礼」の間の期間にあった出来事です。
放課後になり、ノエルが魔法薬学準備室に迎えに来てくれた。
「レティ、お疲れ様」
「ノエルもお疲れ様。少しだけ待っていてもらえる? この書類だけは片付けておきたいの」
「わかった。本を読んで待っているから、私の事は気にせず仕事を続けてくれ」
「ありがとう」
ちょうど私たちの会話が終わるタイミングを見計らって、ジルとミカがノエルに駆け寄って出迎えた。
ミカはふさふさの尻尾を大きく振ってノエルを見上げる。
「ご主人様、なにかご用命はありますか?」
「今のところはないから、ゆっくり休んでいてくれ」
「御意」
まるで従者のようにノエルの補佐をしているから、時々ミカは使い魔と言うより執事のようだと思う。
(ジルの方は――甘えん坊の飼い猫に見えるわ……)
なんせジルは、先ほどからノエルの脚に尻尾を巻きつけてゴロゴロと鳴いて甘えているのだ。
「ご主人様、聞いてください! 今日は小型の火鳥を捕まえたんですよ! だけど小娘が野生に返せとうるさいから逃してやりました」
火鳥とは、その名の通り体中に炎を纏っている鳥だ。
俊敏なうえに火魔法を使って攻撃してくるから、見かけてもむやみに近寄ってはいけない。
今日の二限目の最中に、ジルがその火鳥を咥えて教室に入ってきたのだ。
私は慌てて防火魔法を自分の手にかけて、ジルから火鳥を取り上げた。
幸にも気絶しているだけだったから、窓辺にそっと寝かせていると、意識を取り戻してすぐに飛び去った。
「そうか。よくやった。腕を上げたな」
「ふふん、そうですとも。毎日鍛えていますからね!」
得意気な顔でノエルに獲物捕獲の報告をするジルの姿は、さながら飼い主に仕留めた獲物を見せている時の猫のようだ。
(同じ使い魔でも全く違うわね。ミカはノエルの役に立とうとしているように見えるけど、ジルはノエルに構ってほしそうに見えるわ)
そう言えば、こんなにも長い間一緒にいるのに、ジルがノエルの使い魔になった経緯をまだ聞いていなかった。
「ねえ、ジルはどうしてノエルの使い魔になったの?」
「ご主人様が強いから、使い魔になってこのお方のもとで修業しようと決めたのだ」
ジルはキリリと引き締まった顔で答えてくれる。
「初めて出会った時に、ご主人様から漂う強者のオーラに惹かれて――ご主人様に勝負を仕掛けたんだ」
「いきなり勝負?!」
「それで負けたから使い魔になることにした」
「使い魔との契約って、一度戦ってから結ぶものなの?!」
戦いに負けたら使い魔になるなんて、まるで前世にあったモンスター育成ゲームのような形式だ。
思わず、ノエルが戦いに負けたジルをゲットしている様子を想像してしまった。
「普通がどうかはわからないが、俺様は自分より何万倍も強い者にしか従うつもりがないから勝負しただけだ。最強の猫妖精になるためには、力が必要だからな」
「最強の猫妖精ねぇ……。猫妖精には強者を決める大会でもあるの?」
「大会はないが、王はいる。一番強い猫妖精が王になれるんだ」
「まさかの王政だったのね」
「人間の王とは違って実力主義だ。王の没後、猫妖精集会でこれまでの功績をもとに選定される。その後、妖精の女王ティターニアにも功績を認められて任命されないと王になれないのだぞ!」
意外としっかりしたシステムだった。
猫妖精たちが集まって真剣に会議している様子は絶対に可愛いはずだから、是非見てみたい。
「だから俺様は、ご主人様の後をつけて何度も頼み込んで、ようやく使い魔にしてもらったんだ!」
「後をつけて何度もって……まさか、ずっとノエルを探し回っては頼み込んでいたの?」
「そうだとも。いつもミカに邪魔されて、その度にミカと戦っていたな」
話を聞いていたミカは当時を思い出したのか、遠い目になってふうと溜息をついた。
「朝夕問わず、隙あればご主人様に頼み込みに来るので追い払うのが大変でした……」
当時のミカの苦労が偲ばれる。
奔放なジルのことだから、所かまわずノエルに突撃したのだろう。
「当時のやり取りが想像できるわ。最終的にノエルが折れて、ジルを使い魔にしたのね?」
「そうだね。ジルの熱意に押されたんだ」
ノエルはくすりと笑うと、ジルを抱き上げた。
「夢を叶えるために無我夢中になれるジルが羨ましくて、眩しく見えて――気になったから、見守りたくなったんだよ」
「なるほど、ジルが|猫妖精の王様になるという夢を叶えるために使い魔の契約をしたのね」
「いや、俺様の夢は王になることではないぞ」
ジルはノエルに抱っこされた状態で、キリリと眉を上げた。
「それなら、本当の夢は何なの?」
「猫妖精の王に与えられる特権を使って――子分だった人間と再会するつもりだ。王になると、死に際に女神に願うと次の一生で自分の好きなものになり好きな場所に生まれ変われるらしいからな。俺はその子分と再会できるよう願うつもりなんだ」
「ジルに人間の子分がいたなんて意外ね」
「五十年ほど前のことだったがな。人間の子どもで、俺様より大きな体の癖に軟弱な小娘だった。だから俺様はいつも、そいつのために木の実や花を採ってきた。花は栄養にはならないが、あいつが花を見たいとよく言っていたんだ」
ジルの話によると、もともとジルはノックス王国の片田舎の町にある平民の一軒家で生まれた。その場所がちょうど、子分の少女が住む家の庭先だった。
「あいつは俺様を猫扱いして触ろうとしたから、威嚇して追い払ったんだ。それなのに、毎日庭に出て来ては俺様に話しかけてきたんだ」
「もうっ、撫でるくらい許してあげたらよかったのに……」
「俺様を猫扱いする無礼者に、なんで撫でさせてやらなければならない?」
しかしそれ以来、その家を寝床としていたジルは毎日庭で日向ぼっこをしていると、少女と会うようになった。
彼らは、近くにいるが触れないほどの一定の距離を保ったまま、同じ時を過ごした。
雨が降ると決まって少女はジルに傘を差してあげ、毛布が敷かれた箱と温いミルクを用意してジルを雨宿りさせてくれたのだという。
妖精は魔法で雨を避けられるというのに、少女はジルを気遣ってくれた。その優しさがジルの心を動かした。
「出会ってまだ半年も経っていない時に、あいつは急に外に出てこなくなった。最初はすぐにまた外に出てくると思ったのだが、三日経っても一週間経っても出てこないから――魔法で窓を開けてあいつの家の中に入って会いに行ったんだ」
少女の魔力を辿って小さな部屋に入ると、ベッドの上で退屈そうにしている少女と再会した。
『ジル、私に会いに来てくれたの?』
『フン。うるさい子分が急に会いに来なくなったから、気になって見に来ただけだ』
『ふふっ、私を子分にしてくれるの? 会いに行けなくてごめんね。病気のせいで、寝ていないといけないの』
もとより持病を抱えており、体が弱いのだと、その時初めて聞かされた。
ショックを受けたジルはその日以来、町の近くにある森の中に入って、少女のために木の実や花を採っては贈るようになった。
初めは栄養をつけるためにと小鳥をプレゼントしていたが、泣いて受け取り拒否されたから木の実に変えたらしい。
それからリクエストされて、花も彼女のもとに運んだ。
約一年間続いた交流は、少女が長い眠りについたことで終わりを告げた。
遺されたジルは、少女がいないその家にいることが辛くなって、生まれ故郷を離れたのだった。
その後出会った猫妖精たちから、王になると死に際に女神に願うと次の一生で自分の好きなものになり好きな場所に生まれ変われると聞いて、少女と再会するために王になると決意したのだった。
「猫妖精はだいたい二百年生きるから、あと百五十年しか猶予がない。それまでに仲間たちから認められる最強の猫妖精になるんだ!」
「ジル……大切な人のために頑張っているのね」
いつもは猫らしく自由気ままに振舞っているジルだけど、本当は何十年もの間大切な人のために努力していたなんて……。
たしかにこの話を聞くと、ジルに協力したいと思ってしまう。
「私もジルを応援しているわ」
いつか、ジルが大切な人と再会できますように。
そう心の中で祈った。
キュートなもふもふ使い魔で高潔なケット・シーのジルの過去についてのお話はいかがでしたでしょうか?
お楽しみいただけましたら嬉しいです!
これからも黒幕さんをよろしくお願いいたします(*ᴗˬᴗ)⁾⁾




