【同人誌1巻再販記念】夫の提案
ご無沙汰しております。
黒幕さん同人誌1巻の再販が始まりましたので、再販記念の番外編をお届けです!
それは、帰り道での出来事だった。
ノエルと二人で学園の中にある庭園を通っていると、二匹の猫が仲良く毛づくろいし合っているのを見つけた。
「あの二匹を見ていると心が和むわね」
「そうだね。番なのかな?」
猫を見つめているノエルの肩が、とんと軽く触れる。
先程よりも距離が近づき、ノエルがつけている香水の匂いがすると、胸の奥をくすぐられたようなむずむずとした感覚が生まれる。
一方でノエルはいつも通りの穏やかな微笑みを浮かべていて、私だけがドキドキとしているようでなんだか悔しい。
(不意打ちで抱きついてみたらどうなるのかしら?)
そんないたずら心が芽生える。
思えばいつも、急に抱きしめてくるノエルに驚かされるばかりな気がする。
やられてばかりなのだから、一度くらいは意趣返しをしても許されるだろう。
「ノエル、覚悟!」
「レティ?!」
繋いでいた手を引き寄せ、反対側の手をノエルの背中に回して抱きしめてみる。
私の腕力ではノエルを引き寄せることなんてできなくて、ふらつかせるのがやっとだ。
急な攻撃に驚いたノエルが無防備な状態になったのを見計らって飛び込み、身動きを封じた。
ノエルの胸元にくっつけた耳には、どくどくと心臓が脈打つ音が聞こえてくる。
「……っ、不意打ちは卑怯じゃない?」
「ふふふ、いつもの意趣返しよ。降参する?」
「ああ、レティには無条件降伏するよ」
両手を上げるノエルを見て勝利に酔いしれていた私は、この後馬車の中で元・黒幕(予備軍)の逆襲に遭うなんて、思ってもみなかった。
「さっきの猫たち、かわいかったな~」
「うん、そうだね。あの猫たちみたいに仲睦まじくしていたいな」
いつものようにファビウス邸へ向かう馬車に乗り込むと、ノエルが真剣な眼差しを向けてくる。
「レティ、相談があるんだけど……」
「なあに?」
はて、何のことかしらと頭を捻っても何も思い当たるものがない。
「私たちは夫婦になったのだから、これまでとは違った習慣を生活の中に取り入れていきたいと思っている」
「うん? まあ、立場が変わって生活も変わったものね」
お義父様から爵位を譲り受けたノエルは当主としての仕事も忙しそうだし、私も侯爵夫人としてサロンなどには極力参加して務めを果たすつもりだからそれなりに外出することがある。
(これを機に生活を見直したいということよね?)
「そうね。生活の変化に会わせていろいろと試してみましょう」
「い、色々……」
なぜかノエルは片手で口元を覆い、顔を逸らしてしまった。
一体どうしたんだ、と覗き込むと反対側を向いてしまう。
「ノエル?」
「……うん、いろいろと試そう」
そう言ってノエルは顔をこちらに向けると、危険なまでに艶っぽい笑みを見せる。
これまでの経験で培われた第六感が、「逃げろ」と訴えかけているのだけれど、悲しいことに馬車は動き出してしまう。
「ここで本題なんだけど、朝起きた時と夜眠る前にキスをするのはどうかな?」
「キ、キス……?!」
「そう、キス。朝起きた時と夜眠る前にキスをするのはどうかな?」
ノエルは丁寧にも、もう一度言ってくれた。笑顔の圧を強めて。
挨拶代わりにキスをしたい、ということなのだろう。
そのお願いを聞いて思い出すのは前世で見た洋画に出てくるラブラブな夫婦たちで、いざ自分が実践するとなると気恥ずかしい。
「そ、そういうのは決まりごとにしたくないナー……」
「……なるほど、確かに決まりごとにするのはよくないね。義務のようになってしまうのは私も本望ではない」
眉尻を下げて困り顔をするノエルを見ると心が痛むが、挨拶のキスを回避できて胸を撫で下ろす。
よしよし、角が立たないように円満にそれとなくお断りできたぞ、と内心ほくそ笑んだ。
しかし夫はまだ、お願いを諦めていなかった。
「それなら、慣らしていくのはどうだろうか?」
「……はい?」
「自然とできるようになれば、決まりごとや義務のようにはならないだろう?」
「ひえっ……そ、そうね」
有無を言わさぬような気迫に押され、こくこくと首を縦に振ってしまう。
(ううっ、さすがは元・黒幕(予備軍)……)
前世でプレイしていたゲームでは人の心につけ入る悪役だったが、この世界で巡り会った彼は紳士的で思いやりのある人柄だ。
……だけどたまに、容赦がない。
こうして私たちは、朝起きてからと夜寝る前にキスをするようになった。
この後ノエルは、出勤前と帰宅後のキスもしれっと追加しています。
毎日幸せいっぱいのノエルなのでした(*´艸`*)
黒幕さん同人誌1巻の再販は3月31日までBOOTHにて販売しておりますので、よろしければ購入をご検討ください……!
※受注生産ではございませんので、なくなり次第終了させていただきます




